第7話 偽物
――次の瞬間。
轟音とともに、コンクリートの壁が内側から粉砕された。
瓦礫と粉塵を巻き上げながら、巨大な男が一直線に突進してくる。
「――うおっ!」
反射的に身構えるより早く、リボルの体は滑るように横へ逃れた。
突進は空を切り、背後の壁をさらに抉る。
(速い……だが、単調だ)
着地と同時に銃を構え、距離を取る。
「これは……吸血鬼っていうより、グールに近いな」
男の顔は異様だった。
皮膚は赤黒く腫れ上がり、裂けた箇所からは血が止めどなく流れている。
呼吸のたびに、腐臭と血の匂いが混じった吐息が漏れた。
そのとき、影が揺れた。
「……っ」
ミニウォズが姿を現し、吸血鬼を見た瞬間、明らかに怒気を孕んだ表情を浮かべる。
「おい、貴様……これは吸血鬼に対する冒涜だ」
低く、憎悪を込めた声。
「我の言う通りにすれば、楽に殺してやる。
このリボルさんがな」
「いいから、あんたは隠れてろ」
リボルは即座にミニウォズの頭を軽く叩き、そのまま影の中へ押し戻した。
「今は仕事中だ」
影が静まるのと同時に、低い声が響く。
「……お前、侵入者だな」
「そうだ」
リボルは冷たい笑みを浮かべる。
「悪いが――今から死んでくれないか、クソ野郎」
言い終わる前に、ハンドガンを引き抜いた。
――銃声。
銀弾は正確に吸血鬼の頭部を貫き、風穴を空ける。
「……やったか?」
一瞬の静寂。
だが、次の瞬間、肉が蠢き、砕けた頭部が再生を始めた。
「……なに?」
リボルの喉が、わずかに鳴る。
「ハハハ……驚くのも無理はない」
吸血鬼は歪んだ笑みを浮かべる。
「従来の吸血鬼なら、今ので死んでいた。
だが私は少々特殊な方法で吸血鬼になっていてな……この程度では死なん」
(厄介だな……)
だが、表情は変えない。
「おい、ミア。こいつの弱点、洗い出してくれ」
『オッケー。……一分で終わらせる』
「おい、ウォズ。手を貸せ」
影から不満げな声が響く。
「もう……まったく。リボル、お前は人使いが荒いぞ」
「今はどうでもいい」
ウォズは短く息を吐き、吸血鬼を睨む。
「奴は、頭に銀弾を撃ち込んでも死ななかった。
だが、上位吸血鬼ほどの力はない……回復特化の、紛い物だ」
そう言って、ウォズは赤く脈打つ弾丸を差し出した。
「これを使え」
「……これは?」
「私の血から作ったブラッドバレット。いわば、特殊弾だ」
「サンキュー」
リボルは即座にもう一本の銃魔改造ジングルピストルへ装填し、銃口を吸血鬼へ向ける。
「狙いは心臓部だ」
「させるか!」
吸血鬼の背中から、触手のような肉塊が生え広がる。
それらは刃のように鋭く、周囲の壁や床を易々と切り裂いた。
リボルは跳び退きながら叫ぶ。
「ほら、かかってこいよ!
俺はまだ、こんなもんじゃねぇ!」
引き金を引く。
「当たれ……当たれ……当たれ!」
――命中。
ブラッドバレットは吸血鬼の心臓を貫き、内部から赤い棘を爆発的に生やした。
「ぐっ……!? クソ、動かん……!」
吸血鬼の身体が拘束され、地に縫い止められる。
そのとき、通信が入った。
『リボル、弱点が分かった。腹部内部にコアがある』
「了解」
迷いはなかった。
リボルは銃口を腹部へ向け、引き金を引く。
「……あばよ、クソ野郎」
弾丸は正確にコアを撃ち抜いた。
「クソが……!」
吸血鬼は絶叫する。
「俺は……家族を犠牲にしてまで、この力を手に入れたのに……!
クソが……クソがぁ……!」
その声は、やがて崩れ落ちる肉塊とともに、地下の闇へと消えていった。
リボルは銃を下ろし、静かに息を吐く。
(……地獄だな。だが、それでも――)
「……残り、十八発。
耐えられるか……」
呟きは自嘲に近かった。
リボルは銃を握り直し、南西へ向かって走り出す。
だが、数十メートルも進まないうちに――急停止した。
足が、自然と止まったのだ。
「……っ」
喉が、ひくりと鳴る。
視界に飛び込んできた光景が、脳の処理を拒んだ。
通路の奥。
薄暗い空間いっぱいに、蠢く影。
人の形を保っているものもいれば、もはや肉の塊としか言えないものもいる。
数は――数える意味を失うほど。
(……嘘だろ)
胸の奥が、冷たく締めつけられる。
リボルは即座に通信を開いた。
その顔は、普段の皮肉や軽口を完全に失っていた。
「……おい、スラン」
声が、低く震える。
「ボスに伝えろ。
軍とクライドを即時派遣しろ。今すぐだ」
『……了解。でも、何が――』
「説明してる暇はねぇ」
視線は、目の前の惨状から一瞬たりとも離れない。
そこに、ミニウォズが現れた。
普段の軽口は消え、声は重く沈んでいる。
「……これは……」
言葉が、続かない。
「……まさか」
リボルの口から、苦い推測が零れ落ちる。
「行方不明者の多くは……」
「……だろうな」
ウォズが静かに肯定する。
沈黙が、数秒落ちた。
怒りでも悲しみでもない――どうしようもない現実が、胸を圧迫する。
「……今は後回しだ」
ミニウォズが言った。
その声は、感情を押し殺した冷酷さを帯びている。
「今は、とにかく先を急ぐぞ、リボル」
「ああ……わかってる」
リボルは視線を切り、踵を返した。
(今は……生きてる奴を救う)
そう自分に言い聞かせなければ、足が止まりそうだった。
再び、南西へ。
地下施設の闇の奥へ、銃声と血の匂いを引き連れながら、
リボルは走り出した。




