第6話 侵入作戦当日
三日後深夜三時
街は眠りきり、風の音さえ遠慮がちに響いていた。
路肩に停めた車のエンジン音だけが、わずかに現実を主張している。
「準備はいいか、セリナ」
運転席から低く問いかけるリボルの声は、いつもより少しだけ硬い。
「もし具合が悪くなったら、すぐミアに言え。
万が一、襲われたら――」
バックミラー越しに、後部を一瞥する。
「トランクにいるオカマに助けを呼べ。
……いいな?」
「……わかりました、先生」
セリナは小さく息を吸い、そう答えた。
胸の奥では不安が渦巻いている。それでも、ここまで来て引き返す選択肢はない。
「よし。行くぞ」
「ちょっと、ここ狭くない?」
トランクの中から、不満たっぷりの声が響く。
「うるせぇ。そのまま落とすぞ」
「冗談よ冗談。
頼りにしてちょうだい、セリナちゃん」
「……はい」
その軽やかな声に、セリナはほんの少しだけ救われた気がした。
◆◆◆
十分後。
予定地点に到着すると、すでに一台の車が待っていた。
ボスは腕を組み、街灯の下でこちらを睨んでいる。
「ギリギリだ、リボル」
「すいません」
「まぁいいわ」
ボスは即座に切り替え、淡々と告げる。
「これから作戦を伝える」
ミア、スラン、リボル。
三人は同時に短く答えた。
「「「イエスマム」」」
「作戦といっても単純よ」
ボスは肩をすくめる。
「リボルが敵の本拠地に突っ込む。
ミアとスランは後方支援。以上」
「……いつものだな」
「そう」
ボスは踵を返しながら付け加える。
「私は少し用事があるから、先に帰る。
敵が想定以上に多かった場合は――必ず報告しなさい。
軍とクライドたちを呼ぶから」
「はいよ」
リボルは即座に答え、続けてぼやく。
「クライドには死んでも言えねぇな。
正直、頼りたくねぇ」
「だったら、せいぜい奮起することね」
それだけ言い残し、ボスの車は闇に消えた。
静寂が戻る。
セリナは周囲を見回し、不安を押し殺すように問いかけた。
「……皆さん、これからどうするんですか?」
「僕とミアはここで待機だよ」
スランが車内のモニターを起動しながら答える。
「車内から敵のアジトにハッキングを仕掛ける。
外の状況も全部拾うから」
「しんどくなったら、いつでも言ってね」
ミアの声は柔らかい。
だが、その奥には戦場に慣れた者の覚悟があった。
「……わかりました」
セリナはうなずく。
心臓の鼓動が、はっきりと自分でもわかるほど大きい。
リボルが車のドアに手をかける。
「それじゃ、行きますか」
「……先生」
セリナが呼び止める。
「死なないで、くださいね」
一瞬、リボルは言葉に詰まった。
そして、いつもの皮肉混じりの笑みを浮かべる。
「ああ。
俺はな、最後まで惨めに生きるって決めてる」
ドアを開け、闇の方へ踏み出しながら言った。
「――そう簡単には、死なねぇよ」
その背中を、セリナは強く目に焼き付けた。
夜の中心へ向かう影を、ただ祈るように見送りながら。
◆◆◆
「……よし、始めるか」
リボルは小さく息を吐き、敵の本拠地へと足を踏み入れた。
橋梁ターミナルの地下――
コンクリートに囲まれた空間は湿気を帯び、天井の配管からは水滴が不規則に落ちている。蛍光灯はところどころ点滅し、視界は悪い。
(今のところ、吸血鬼の反応はなし……)
耳元の通信機に意識を集中させながら、周囲を警戒する。
「まずは行方不明者の捜索だな」
『リボル、聞こえてる?』
「ああ、聞こえてるさ」
『今どこにいるの?』
「敵の本拠地だ。橋ターミナル地下」
短く答えると、ミアの声が少し緊張を帯びる。
『そこから……右方向に進んで。左に微細な生命反応が多数あるわ。すぐ向かって』
「はいよ」
リボルは歩調を速めた。
足音を殺しながら、しかし迷いなく進む。ここでは躊躇が死に直結する。
やがて、薄暗い通路の先に人影が見えた。
「……なんだ、お前は」
警戒心むき出しの声。
リボルは肩をすくめ、乾いた笑みを浮かべる。
「悪いねぇ。
一人残して全員殺す予定なんだわ(✳主人公)」
静かに、だが有無を言わせぬ口調で続ける。
「とりあえず、あんたらが隠してる人質の場所――教えてもらおうか」
返答を待つより早く、リボルはリボルバーを抜いた。
――乾いた銃声が四度。
五人のうち、四人の頭がほぼ同時に撃ち抜かれ、床に崩れ落ちる。
最後の一人には、悲鳴を上げる暇も与えず脚を撃ち抜いた。
「ひっ……!」
男は床を這い、血を引きずりながら後ずさる。
リボルは淡々と銃口を向けたまま、問いかける。
「あのさぁ。
君、人質の居場所……知ってる?」
「み、南西……右方向です……!」
「わかった」
一瞬だけ、銃口が揺れる。
「……じゃあな」
次の瞬間、男の頭部に一発。
反響音が地下通路に虚しく響いた。
リボルは死体に背を向け、南西方向へ走り出す。
「おい、ミア。もうすぐか?」
『……待って』
ミアの声が切迫する。
『今、あなたの位置に――急速に何かが接近してる』
「なに?」
『これは……吸血鬼よ!』
次の瞬間だった。
リボルの足元――
彼の影が、不自然に蠢いた。
闇が盛り上がり、形を成し、黒い獣のような存在が姿を現す。
「……ミニウォズ、か」
リボルは舌打ちすることなく、むしろ薄く笑った。
「そうか、吸血鬼か。
絶好のチャンスだな、盟友」
影の存在が低く唸る。
「……やってしまえ」
だが、同時に状況を冷静に計算する。
(銀弾は残り二十発……多くはない)
「とりあえず、あんたは隠れてろ」
銃を構えながら、独り言のように呟く。
「さて……どうするもんかね」
鼓動が早まる。
恐怖ではない。
狩りが始まる、その直前の高揚だ。
地下の闇が、確実にこちらへ牙を剥いていた。




