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シルバーバレット  作者: 顔のない人間
第二章 腐敗都市リベリオン

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第16話 日常

朝焼けの日


朝焼けが、古い一軒家のリビングを静かに満たしていた。

夜の冷気をまだ残した空気の中、カーテン越しの光が床に長い影を落とし、時間がゆっくりと流れているように感じられる。


リボルはリビングの机に腰を下ろし、片手にマグカップを持っていた。

湯気の立つコーヒーは、安物の豆だが、鼻腔をくすぐる苦い香りが確かに朝を告げている。


「……朝焼け、か」


独り言のように呟き、窓の外を眺める。

昨夜までの銃声や悲鳴はここにはない。ただ、静寂と微かな生活音だけがある。


「娘二人分に、ペット一匹……」


マグを傾けながら、リボルは小さく息を吐いた。


「そりゃ疲れるわけだ」


セリナ。

ソフィア。

それから――ペット、という扱いにしているが、実態はかなり危険な存在であるミニウォズ。


戦場では孤独が常だった。

誰かを守るために引き金を引くことはあっても、生活を共にすることはなかった。


それなのに今はどうだ。

屋根の下に、自分以外の存在が眠っている。


「……悪くはない、か」


自分でも意外だった。

煩わしいはずなのに、胸の奥に妙な温度が残る。


時計を見る。

起こすには、ちょうどいい時間だ。


「さて……そろそろ起こしに行くか」


リボルはマグを置き、立ち上がった。


最初に向かったのはセリナの部屋だ。


「起きろ、朝だぞ」


ドア越しに声をかける。


「ん〜……先生、まだ眠い……」


布団の中から、くぐもった声が返ってくる。


「朝飯が冷めるぞ」


「……それは困る」


数秒後、もぞもぞと布団が動き、寝ぼけ眼のセリナが顔を出した。


「おはよ……」


「ああ。顔洗ってこい」


「はーい」


素直に返事をして、ふらふらと廊下へ向かう背中を見送りながら、リボルは無意識に眉を緩めていた。


――こういう無防備さが、少し怖い。

だが同時に、守る理由にもなる。


次はソフィアの部屋。


ノックをすると、即座に返事が返ってきた。


「はい、起きています!」


ドアを開けると、既に着替えを済ませたソフィアが、背筋を伸ばして立っていた。

軍で叩き込まれた習慣が、今も身体に染み付いている。


「早いな」


「第一部隊では、遅れることが命取りでしたから」


その言葉には誇りと、少しの緊張が混じっている。


「ここでは、そこまで気を張らなくていい」


「……はい」


返事はしたが、完全には抜けていない。

それを見て、リボルは内心で苦笑した。


――そのうち、嫌でも分かる。

ここは戦場とは違うが、決して安全でもない。


リビングに戻ると、セリナが椅子に座り、髪を結びながら待っていた。


「ソフィアお姉ちゃん、おはよう!」


「おはよう、セリナさん」


その会話の足元、影がゆらりと揺れる。


「……朝か」


低く、眠たげな声とともに、影からミニウォズが姿を現した。


「うわっ、急に出てこないで!」


「失礼な。これでも気を使っている」


「どこが!」


セリナの抗議を受け流しながら、ミニウォズはリボルを見る。


「盟友、今日も騒がしいな」


「お前が言うな」


リボルは即座に突っ込んだ。


ソフィアは一瞬身構えたが、セリナとリボルの態度を見て、警戒を解く。


「……本当に、普通にいるんですね」


「こいつは例外だ」


「例外とはひどいな」


そう言いながらも、ミニウォズはどこか楽しそうだった。


朝食の準備が進み、三人と一匹が同じ空間でそれぞれの朝を迎える。


戦場ではあり得なかった光景。

だが、確かにここには生活がある。


リボルはその様子を眺めながら、コーヒーを一口飲んだ。


「……今日も、無事に終わればいい」


そう願うのは、銃を握る者としては珍しいことだったが――

今は、それでいいと思えた。


 朝食の時間は、思いのほか穏やかに進んでいた。


古いダイニングテーブルの上には、焼き色のまばらなトーストと、簡素なスクランブルエッグ、そして即席のスープ。

決して豪華とは言えないが、湯気と匂いが「生活」を主張している。


「いただきます」


セリナが小さく手を合わせるのを見て、ソフィアもそれに倣った。


「……いただきます」


軍では形式的な食事しか経験してこなかった。

誰かと向かい合って、何気ない会話をしながら食べる――それだけのことが、どこか落ち着かない。


「ソフィアお姉ちゃん、卵好き?」


「え? あ、はい。好きです」


「よかった。先生のはたまに失敗するから」


「おい」


リボルの短いツッコミに、セリナがくすっと笑う。

ソフィアはその様子を見て、胸の奥が少しだけ緩むのを感じた。


――この距離感。

第一部隊ではありえない、無防備な近さ。


「……いい家ですね」


ふと、ソフィアが口にした。


「狭いし古いぞ」


「それでもです。帰る場所があるって、こういうことなんですね」


その言葉に、リボルは一瞬だけ視線を逸らした。


帰る場所。

その言葉は、彼にとって決して軽くない。


「……まあな」


それ以上は語らず、トーストをかじる。


ミニウォズはというと、椅子には座らず、天井近くの影に半身を預けていた。


「人間の朝食というのは、いつ見ても奇妙だな」


「見なくていい」


「だが興味深い。戦いの前に、こうして力を蓄える……合理的だ」


「お前、朝から物騒だな」


「我は常に物騒だが?」


悪びれもせず言い切るミニウォズに、セリナがため息をつく。


「もう……」


その様子を見て、リボルはふと気づく。

セリナが“普通の子供”として振る舞っていることに。


昨夜の地獄を知っているはずなのに、今は朝食に集中し、笑っている。

それが強さなのか、あるいは――壊れやすさなのか。


(……守るしかねぇな)


内心で呟き、コーヒーを飲み干す。



---


朝食後、セリナはソフィアを家の中に案内し始めた。


「ここが私の部屋で、あっちは先生の。あと、そこ開けるとたまに変なの出るから注意ね」


「変なのとは?」


「ミニウォズ」


「おい」


軽口を叩き合う二人を、廊下の端からリボルは眺めていた。


ソフィアは笑っている。

だがその笑顔は、まだどこか固い。


(無理もないか)


第一部隊で積み上げた価値観。

成果、評価、命令、結果。


それらが、ここではほとんど意味を持たない。


「……ソフィア」


呼び止めると、彼女は即座に姿勢を正した。


「はい!」


「肩の力抜け。ここじゃ命令は出さねぇ」


「……努力します」


その返答に、リボルは小さく鼻で笑った。


「努力するな。慣れろ」


「……はい」


返事は素直だった。

だが、その奥にある覚悟も、恐れも、リボルには手に取るように分かる。


――この女は、まだ“理想”を捨てていない。


それは悪いことではない。

ただ、これから叩き込む現実は、優しくはない。


昼前、家の外に出ると、街はいつも通りの顔をしていた。

昨日の惨劇など、どこにも痕跡はない。


人々は歩き、店は開き、子供の声が響く。


「……何もなかったみたいですね」


ソフィアが呟く。


「だから厄介なんだ」


リボルは煙草に火をつけ、吐き出した煙を眺める。


「夜に何が起きても、朝にはなかったことになる」


「それで……いいんですか」


問いかけは、静かだった。


「よくはねぇよ」


即答だった。


「だが、それでも回る。世界ってのは、そういうもんだ」


ソフィアは黙り込む。

理想と現実の狭間で、何かが軋む音がした。


セリナは二人の会話を少し離れた場所で聞きながら、空を見上げていた。


朝焼けはすでに消え、澄んだ青が広がっている。


(今日も……何も起きなければいいのに)


小さな願いは、誰にも届かず、風に溶けた。


ミニウォズは影の中で目を細める。


「……嵐の前というのは、決まって静かなものだ」


誰にも聞こえない声で、そう呟きながら。


――こうして、穏やかな日常は続いていく。

だがそれは、決して永遠ではない。


それぞれが胸に抱えるものを隠したまま、

次の夜が来るまで。

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