第15話 帰省
車に乗り込んでいるのは五人――前部座席にリボルとスラン、後部座席にセリーナ、ミア、そしてソフィア。
エンジン音だけが一定のリズムで響き、誰もが戦いの疲労を身体の奥に沈めていた。
後部座席のセリーナはシートにもたれ、すでに眠りに落ちている。小さく上下する胸が、かろうじて彼女が疲労困憊であることを示していた。
ミアがフロントガラス越しの闇を見つめたまま、深く溜め息をつく。
「……ソフィア」
その声音は、優しさよりも現実の重さを含んでいた。
「親友として、はっきり言っておくわ。
私たちが戦っているものは――成果にも加算されない。
死んでも訃報すら出ない。感謝も、自己満足すら得られない」
一瞬、言葉を切り、続ける。
「やりがいのない戦いよ。
……それでも、あなた本当に分かってる?」
車内の空気が、わずかに張り詰める。
「僕はいいと思うけどな」
割って入ったのはスランだった。ハンドル越しに軽く肩をすくめる。
「ちょうどアタッカーが一人じゃ心細かったところだし」
「それでもでしょ」
ミアは即座に返す。
「この銃バカについていけたらの話でしょう?」
「せめて隊長って言ってくれよ」
リボルは前を見たまま、ぼやくように言った。
ミアは視線をソフィアに向ける。
「ねえ、ソフィア。
あなたはこの人について行って、何がしたいの?」
その問いは、試すようでもあり、守るようでもあった。
ソフィアは一度、ぎゅっと拳を握る。
震えそうになる心を押さえ込み、はっきりと口を開いた。
「……私、リボル先輩と一緒に肩を並べて戦いたいんです」
声はまっすぐだった。
「そのために、今日まで第一部隊で実戦を重ねてきました。
成果も、ちゃんと上げてきました」
その様子を、リボルはバックミラー越しに静かに見ていた。
「……ソフィア嬢」
少しだけ低い声。
「一つ、聞いておく。
君は――人を殺したことはあるかね」
一瞬の沈黙。
「……人、は……殺していません」
言い切るまでに、ほんのわずかな間があった。
だが、その目には迷いよりも覚悟が宿っていた。
リボルは、その目を見て――ほんの少しだけ、嬉しそうに口角を上げた。
「そうか」
小さく息を吐く。
「……君も、こっち側に来てしまったか」
それは歓迎とも、警告とも取れる声音だった。
「いいだろう。次の任務、お前を連れていく」
車内の温度が、わずかに下がる。
「精一杯、現実ってやつを叩き込んでやろう」
ソフィアは即座に答えた。
「望むところです」
やがて車は停車し、スランとミアがドアを開ける。
「じゃ、私たちはここで」
「また連絡くれよ」
ドアが閉まり、再び静寂が戻る。
――数時間後。
東の空が淡く染まり始め、日の出の光が無人の道路を照らしていた。
街の気配はなく、ただ車だけが一定の速度で進んでいる。
後部座席では、ソフィアがセリーナの肩に頭を預け、静かに眠っていた。
戦場で張り詰めていた神経が、ようやく緩んだのだろう。
リボルが前を見たまま、短く告げる。
「……もうすぐ着くぞ。お前ら」
朝焼けの光が、車内に差し込み始めていた。
「……とりあえず、もう朝だしな。泊まっていくか、ソフィア嬢」
リボルはエンジンを切りながら、どこか投げやりにそう言った。
「はい。そうさせていただきます」
ソフィアは背筋を伸ばして即答する。その声音には、緊張と期待が入り混じっていた。
「起きろ、セリナ。家に着いたぞ」
後部座席で丸まっていたセリナが、もぞもぞと身じろぎする。
「ん〜……先生、もう着いたの……?」
眠たげに目をこすり、ふとソフィアに視線を向ける。
「……この人、だれ?」
ソフィアは一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「はじめまして、セリナさん。
私はソフィア・アスペイン。しばらくの間、リボル先輩とご一緒に行動することになりました」
「ソフィアさん……」
セリナは一瞬きょとんとし、それからはっとしたように目を見開く。
「え、一緒に……この家に住むの?」
セリナは不安そうにリボルのほうを振り返る。
リボルは腕を組み、少し考え込むような顔をしてから答えた。
「……一応な」
「やった!」
空気が一転する。
「ソフィアお姉ちゃん、家案内するね!」
セリナは一気に元気を取り戻し、ソフィアの手を引こうとする。
その様子を見ながら、リボルは小さく口ずさむ。
「……こんな小さな家、案内する必要あるのか?」
「あるの」
「……そうか」
納得したのかしていないのか分からないまま、リボルは車を降り、無言でトランクのほうへ歩いていく。
「さてと……もういいぞ、レオーネ」
勢いよくトランクを開けと、中には頭に包帯を巻いたレオーネが、器用に寝転んでいた。どうやって自分で巻いたのかは謎だ。
「あら」
レオーネは片目を細め、苦笑する。
「てっきり忘れられてるのかと思って、ヒヤヒヤしてたわ。
……会話は全部聞いてたけどね」
トランクから軽やかに降りると、ソフィアに向き直る。
「よろしくね、ソフィアちゃん。
私はレオーネ・ラプンツェル。個人で居酒屋とヴァンパイアハンターをやってる者よ」
冗談めかした口調だが、その眼差しは鋭い。
「時々世話になるかもしれないけど、よろしくね」
「……は、はい!」
ソフィアは反射的に頭を下げた。
「さて」
レオーネは軽く伸びをする。
「私は今夜の仕込みがあるから、ここで失礼するわ。
次に会う時は――せいぜい立派になっておくのよ」
そう言い残し、朝の街へと歩き去っていった。
その背中が角を曲がって消えた直後だった。
――影が、動く。
家の塀の陰から、ぬるりと黒い人影が現れる。
「……やあ」
影から姿を現したのは、黒いコウモリのウォズだった。
その瞬間。
「――吸血鬼!」
ソフィアは一切の躊躇なく武器を抜き、即座に構える。
「待て待て待て!」
リボルが慌てて割って入る。
「こいつは……ええと……」
言葉を探すリボルを、ウォズが面白そうに遮る。
「考えるなよ、盟友。俺たちの仲じゃないか」
「ウォズちゃん!」
セリナが安心したように声を上げる。
「お、セリナか。元気そうだな」
「え……?」
ソフィアは武器を構えたまま、リボルを見る。
「リボル先輩って……吸血鬼、飼ってるんですか?」
「飼ってるっていうか……」
リボルは頭をかく。
「ただ勝手についてきてるというか……」
「処分しても、いいですよね?」
「それは待ってくれ」
リボルは即座に否定する。
「こいつには……利用価値がある」
ウォズは肩をすくめ、薄く笑った。
「……だそうですよ、お嬢さん」
朝の静けさの中、妙に騒がしい共同生活の幕が、こうして上がった。
ここまでが一区切りです。
この先、少しずつ世界の裏側が見えてきます。




