第14話 誰が悪い
地下から、ずるずるという引きずる音が響いてきた。
次の瞬間、リボルがクライドの襟首を掴み、そのまま締め上げるようにして地上へ戻ってくる。
「――だから言っただろ」
低く、氷のように冷えた声。
「俺はお前に頼みたくなかったんだよ、クライド」
「ぐっ……わ、悪かったって……!」
クライドは苦しそうに喉を鳴らしながら、必死に言い訳を絞り出す。
「つい、熱くなっちまって……逃がしちまったんだ。
すまない、ほんとに……許してくれ……」
リボルの手は緩まない。
ただ、目だけが静かにクライドを見下ろしていた。
「……ま、許すかどうかを決めるのは、俺じゃねぇけどな」
「……へ?」
その一言に、クライドの背筋が凍りつく。
ゆっくりと、視線を前に移す。
そこにいたのは――
鬼の形相でこちらを睨み据える、ボスの姿だった。
怒りを通り越し、もはや感情が沈殿したような、静かな怒気。
その視線を浴びただけで、空気が一段冷えた気がする。
「……逃がした、とはどういうことか」
声は低く、淡々としている。
だが、それが逆に恐ろしかった。
「説明してもらおうか」
「……」
クライドの顔から、血の気が引く。
「い、嫌だ……」
喉が震え、情けない声が漏れる。
「行きたくない……引き返してくれ、リボル……頼む……」
縋るような視線が、リボルに向けられる。
だが、返ってきたのは容赦のない言葉だった。
「それは無理な案件だ、クライド」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
子どものように首を振り、必死に抵抗する。
リボルは短く息を吐いた。
「……ほらな」
次の瞬間、ボスの視線が、今度はリボルに向けられる。
「――お前もだ」
「……へ?」
一瞬、理解が追いつかない。
「待ってくれ頼む心の準備ができてないから」
言いかけた言葉は、喉の奥で消えた。
ボスの目は、すでに答えを求めてはいなかった。
そこにあったのはただ一つ。
逃げ場のない詰問だけだった。
◆◆◆
「……まったく、なんで俺まで呼び出される羽目になるんだか」
夜明け前の拠点前。
戦闘の熱がまだ地面に残っているというのに、リボルの声だけはひどく乾いていた。
「あ、あの……リボル先輩」
控えめな声に、リボルがちらりと視線を向ける。
「ソフィア嬢か。どうかしましたか?」
「そ、その……」
(や、やばい……話しかけたはいいものの、何を言えばいいのかわからない……!)
数秒の沈黙。
ソフィアの脳内だけが騒がしく回転している。
「……なんか喋ってくださいよ。俺、悲しくなりますよ」
半ば投げやりなリボルの一言に、ソフィアははっと我に返る。
(と、とりあえず無難に……!)
「て、敵は……強かったですか?」
リボルは一瞬だけ目を細め、吐き捨てるように答えた。
「敵?
ああ……猿以下の畜生どもだったよ」
その声音には、嫌悪と疲労が濃く滲んでいる。
「……おかげで、気分が悪い」
「そ、そうなんですか……」
それ以上、言葉が続かない。
「もういいか?
俺、早く帰って寝たい」
背を向けかけたその瞬間――
ソフィアは胸の奥をぎゅっと掴まれる感覚に耐えきれず、一歩踏み出した。
(勇気を出すのよ……私はいける女、ソフィア・アスペイン。
……私なら、行ける)
「あ、あのっ!」
振り返るリボル。
「次の任務……ご一緒に、ご同行願えますか!」
一瞬で、空気が冷えた。
リボルは小さく息を吐き、低い声で返す。
「……それ、本気で言ってるのか?」
言葉以上に、その視線が厳しい。
戦場で何度も“終わり”を見てきた男の目だった。
その重さに耐えきれず、割って入ったのはミアだった。
「やめときなさい、ソフィア」
「で、でも……!」
ソフィアは唇を噛みしめ、必死に言葉を絞り出す。
「私……リボル先輩と、肩を並べて戦いたいんです」
そこへ、場違いなほど軽い調子でクライドが現れる。
「俺からも頼むよ、リボル。
このバカに現実ってやつを教えてやってほしい」
「……お前が言うな」
リボルは頭を掻きながら、深いため息をついた。
「はぁ……。
いいだろう。ただし――」
視線をソフィアに戻す。
「俺と肩を並べて戦うなら、命の保証はしない」
冗談ではない。
それを、ソフィアも理解していた。
クライドが、少しだけ真面目な声で問いかける。
「ソフィア。
一時的とはいえ第一部隊を離れて、裏稼業の現実を見ることになる。
……どうしたい?」
その問いに、迷いはなかった。
「はい」
ソフィアはまっすぐ顔を上げる。
「行きます。
リボル先輩についていきます」
「決まりだな」
クライドは肩をすくめ、背を向ける。
「ってわけだ。あとはよろしく、リボル。
行くぞ、メガネ。帰って飯だ」
「誰がメガネだ!」
即座にクリッドが噛みつく。
「メガネじゃねぇ!」
そのやり取りを横目に、ソフィアは改めて頭を下げた。
「よろしくお願いします、リボル先輩」
リボルは少しだけ視線を逸らし、ぶっきらぼうに言う。
「……その代わりだ」
「?」
「お前、セリナと仲良くしろ。
それができないなら、無理やり第一部隊に戻す」
「……わかりました!」
即答だった。
夜風が、静かに吹き抜ける。
その風は、ソフィアにとって後戻りできない一歩を告げる合図のようだった。




