表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼児から始めるゆるゆる無双学園生活  作者: 夜凪レン
第3章 アステル魔術学園編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/56

第56話 番外編 成長ログ、平和を持て余す

 朝の光が、薄いカーテン越しに部屋へ差し込んでいた。


 小さな街の外れ。簡素な家の、簡素な寝床。

 俺は天井の木目を数えながら、ぼんやりと目を覚ます。


(……よく寝た)


 特別な魔力も、世界を揺らす力もない。

 欠片を手放してから、俺はただの「少し体力があって、少し要領がいいだけの青年」になった。それでも、朝はちゃんと来る。腹は減るし、寝坊もする。


 台所から、とんとん、と小気味いい音が聞こえてくる。


「起きてる?」


「……起きてる」


 リリアの声に、俺は身体を起こした。金色の髪を後ろで束ねた彼女が、鍋の前で振り返る。昔は何でも視えていた未来視の天才も、いまは朝食の塩加減ひとつで「うーん」と悩む、ただのひとりの人だ。


 その横顔が、悪くない。むしろ、ずいぶん好きだと思う。


 ――と、そのときだった。


 ふっ、と。

 頭の奥に、懐かしい板が浮かんだ。


 ◆ 成長ログ ◆


「……は?」


 思わず声が出た。

 欠片を切り離されたあの夜から、ぱたりと黙り込んでいたはずの相棒だ。村の赤ん坊だった頃から、毎日律儀にポップしてきた、あの板。それが――今ごろ。


 ▼今日の一歩

 ・寝坊しないこと(達成・えらい)

 ・リリアが昨日こぼした「靴の底が薄い」を、忘れないこと

 ・東通りのカミルに、約束の荷の段取りを返すこと


(タスクが、完全に、家事と用事じゃねぇか)


 俺は布団の上で頭を抱えた。


 世界を救うでもなく、敵を倒すでもなく。「寝坊しないこと(達成・えらい)」。えらい、じゃないんだよ。誰だこのログ書いてんの。


(……いや、俺か)


 でも、不思議と腹は立たなかった。

 むしろ、ちょっと笑ってしまった。久しぶりすぎて、再会した旧友みたいだ。派手なことは何ひとつ起きない。それでも、ちゃんと「次の一歩」を教えてくれる。


「どうしたの、にやにやして」


「……いや。昔の知り合いが、ひょっこり顔出した」


「ふうん」


 リリアは深く聞かない。皿を二枚、ことりと並べる。聞かないでいてくれるのが、いまの俺たちのちょうどいい距離だ。


***


 朝飯のあと、俺は東通りへ向かった。


 カミルというのは、街の小さな荷主だ。気のいい中年で、口癖は「いやあ困った困った」。今日もその顔をしていた。


「ユウトさん、ちょうどよかった。困った困った」


「どうしました」


「霜月の市が近いだろう。注文がいっぺんに来てな。荷馬車の手配が間に合わん。空荷で街を出て、向こうで積んで戻る――それを三往復もせにゃならんのだ」


 俺は荷札の束を借りて、ざっと並べ替えた。

 力なんて要らない。これは、段取りの話だ。


「カミルさん。出ていく荷と、戻ってくる荷を別々に考えるから三往復になるんですよ。これとこれは行き先が途中まで同じだ。だったら、行きに東の村へ落として、帰りにそこの作物を積んで戻ればいい。空で走る車を、一台も出さない」


「……む」


「順番をこう組めば、二往復で足ります。残りは市の前日にまとめてひとつ」


 カミルはしばらく荷札を見つめ、それから、ぽん、と膝を打った。


「なんでこんな簡単なことに気づかんかったかなぁ、わしは」


「簡単に見えるように並べ替えただけです」


 ほんとうに、それだけだ。

 剣を振れば山が消える、みたいな力は、もう俺にはない。でも――荷の流れを読んで、無駄を一本抜く。それで誰かの「困った困った」がひとつ減る。

 昔から、俺がいちばん得意だったのは、たぶんこっちだった。


(……今日の一歩、二つ目クリア)


 頭の中で、勝手にログが小さく頷いた気がした。


***


 帰り道、靴屋に寄った。


 リリアの靴の底が薄い、と、ログがわざわざ書いていた。本人は一言「すり減ったな」と漏らしただけで、自分じゃ買い替えそうにない。昔の彼女なら、買い替えた先の未来まで視えていたから迷わなかった。いまは、迷う。だから、後回しにする。


 俺は丈夫そうな底の一足を選んで、抱えて帰った。


「……これ」


「え?」


「底、薄くなってたろ。冬になる前に」


 リリアは、しばらくその靴を見ていた。

 それから、ふいに、ちょっとだけ目を伏せて笑った。


「……覚えてたんだ、そんなこと」


「忘れないように、書いてあったからな」


「どこに」


「……まあ、ここに」


 俺は自分のこめかみを指でつついた。リリアは「変なの」と笑って、靴をそっと受け取った。

 それ以上は言わない。言わなくても、たぶん伝わっている。それでいい。


***


 夜。


 窓の外に星が見える。

 昔のように世界の構造は見えないし、明日の天気も読めない。


 俺は、今日のことをぼんやり振り返る。

 欠片を失った日、俺は「普通になった」と思った。力もない、違和感もない、ただ普通だ、と。

 でも――この相棒だけは、いつのまにか戻ってきていた。村の赤ん坊だった頃、いちばん最初に「今日の一歩」をくれた、地味だけど最強の相棒。


(これは、欠片の残りなのか。ただの、俺の昔からの特典なのか)


 考えても、答えは出ない。

 まあ、いい。どっちでも。


 ◆ 成長ログ ◆

 ▼今日の一歩(達成)

 ・寝坊しないこと

 ・リリアの靴

 ・カミルの荷


 ▼明日の一歩

 ・霜月の市に、リリアを誘ってみること


(……おい)


 俺は思わず板を二度見した。


(誘ってみること、って。タスクにすんなよ、そういうのは)


 でも――まあ。

 背中を押されるくらいが、俺にはちょうどいいのかもしれない。


「リリア」


「ん?」


「今度の市、一緒に行くか」


 彼女は少し目を丸くして、それから、いつかの天才少女の顔で、まっすぐに笑った。


「うん。行く」


 何も起きない夜だった。

 奇跡もない。世界も変わらない。


 でも、確かに俺は、ひとつ選んだ。

 明日の一歩は、明日になればまた出る。たぶん、それくらいの平和が、いまの俺にはいちばんいい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ