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第2話 「勇者と腐った商売、その実務」

第2話 「勇者と腐った商売、その実務」


スパイクリザードが唸り声を上げた、長い口の中にずらりと並んだ鋭く小さな牙が見える。

だが本当にヤバいのはそっちじゃない。体全体を鞭のようにしならせて叩きつけてくる棘の付いた尾、こっちが本命だ。スパイクリザードの牙は大抵おまけ、尾で獲物を殺してから最後に細かく引き裂いて食べるためにある。

セリアは一歩も引かない。腰を落とし、片手剣の切っ先を一見無造作に下げ、そこから踏み込んだ。《合わせ》だ。今の連中なら勇者機関での訓練中に何度も目にする技だろうが、実戦の流れで使うには反射神経とそれ以上の胆力がいる。

セリアの右手に握られた剣は硬い鱗と衝突した後、反らされることなく肉に食い入り、スパイクリザードの尾を半ばから断ち切った。おびただしい魔血が傷口から流れ出す。


「あっ!!」

よだれを垂らしそうな顔でミルフィがトカゲの血の色に染まった地面を凝視している。この変態め。

痛みに暴れる一体目を尻目に二体目が突進してくる。こっちはセリアの足にかじりつき地面に引きずり倒す勢いだ。

ずいっとダリオが前に進み出る。

「神聖なる女神の名にかけて魔物よ、下がりなさい!!」

二体目のスパイクリザードの突進の勢いが止まったのは、女神アルサリアの名前やその威光の為なんかじゃあない。

ダリオのごつい手に握られた女神の聖杖の先端が自分に向いているからだ。女神の上半身をかたどった先端はやたらとディティールが細かくて、アレで殴られると痛そうだもんなぁ。

ダリオを横目で見ながら、セリアは尾を失ってのたうち回る一体目のスパイクリザードに集中し、その喉を貫いてケリをつけた。


俺もその隙に後ろから指示を出す。たかがスパイクリザードと侮る奴は死ぬ。

「おいっ、ミルフィ!!」

「はーい、目潰しっと」

 おっとり声とは裏腹にミルフィの指先は素早く腰の魔石ケースに伸びて中から一つを引き出す。と同時に、白い閃光が森を裂く。

 小規模閃光魔法ルミナ・ブリンク

 目を焼かれた二体目のスパイクリザードのもとにセリアは素早く駆け寄るとそのまま横から剣で棘の少ない脇腹を抉った。

 あっという間に、森の野営地は血の匂いで満ちる。


「はいはい、ここからは俺の仕事っすよ」

 ダリオがゆるく詠唱を始める。この男に自分が前衛に出ていたという意識はないらしい。

死者清浄サンクタ・ピュリファイっと」

 死体の匂いが薄れ、血溜まりの端に早くもたかっていた羽虫たちが消える。

「便利だよなぁ、それ」俺は感心して見せる。

「僧侶ですから。死者の尊厳と衛生管理はセットっすよ」

「お前、また言い方を変えやがったな」




「さっきの子は外れでしたけど、こっちの魔石は……結構育ってますね」

 辺りがすっかり暗くなったころ、ミルフィが二体目のスパイクリザードから取り出した魔石をランタンの光にかざした。

魔物の身体の中には例外なく、魔血が流れているが、より価値の高い魔石が体内にあるかどうかは半ば運任せだ。だから魔物の討伐後はちょっとした肉屋の作業みたいになる。

魔物の知識もない素人がやるよりは効率がいいが、それでもダリオの神聖魔法がなければその臭気で吐き気を催したかもしれない。現に解体風景を見物していた例の猟師は俺たち全員、特に解体を喜々として行うミルフィを怯えた目で見た挙句、猛烈な勢いで村へと逃げ帰って行った。おいおいお前は本職だろ。


「荷物にゆとりがあるから頭はもちろん、皮や棘も捨てずに運べるし、魔血もね、体内にあった分はあらかた回収して一次濃縮できたよ」

ミルフィがフラスコに溜まった魔血を揺する。それはさっき地面に滴ったものより更に濃くどろりとした粘液へと変わっている。

「それなら結構儲けが出るっすね」

ダリオが期待した目つきでこっちを見ているので、勇者としては釘をさしておく必要がある。

「喜べるほど儲けはないぞ、《ルミナ・ブリンク》で古い魔石はあらかた溶けちまっただろう、今回の魔石は古いのと置き換える、儲けはこいつが溶けるまでにどれだけ働いてくれるか次第だ」


ダリオに偉そうに言った通り、言い方ってのは本当に大事だ。

焚火の周りだというのに周りの連中から俺に向けられる視線の温度がだいぶ下がった。

「みんな、そんなに悲しい顔をするな。厳しい中でも多少の儲けは出るぞ」

「頭はギルドに渡すが、魔血はより欲しがっている人たちのために使おう、棘や牙もな」

「要するに横流しするのね」

無表情で空気を読まないセリアの言葉が今はありがたい。

「そうだ、それでみんな多少の儲けが出るぞ」


辺境都市ダモカ。

油ランプの明かりの下、闇商人が俺の渡した袋の中身を確認し金貨の枚数を数え始めた

「品質は上等だ。……だが次は魔血だけじゃなく魔石も揃えてくれ、俺のルートで加工すれば高く売れる」

「任せとけ。俺たちは仕入れのプロだからな、ただし魔石を持ってくるバカがいるなんて宣伝してもらっちゃ困るぜ」


 小さいがずしりと来る袋を受け取りながら、俺は三人を見渡す。

「ほら、お疲れさん。今夜は肉でも食うか」

「やった!」とミルフィがかわいらしく両手を上げ、ダリオは涼しい顔で聞き返してきやがった。

「それって経費で落ちますよね?」

「もちろんだ」


 セリアはだいぶ砥ぎ減らした剣を改めてから鞘に納め、短く言った。

「……次は、もう少し軽い獲物の仕入れがいい」

おまえ、一人で荷物を担がされたのを実は恨んでいたのか。それとも魔石だけじゃない、剣だって消耗品だぞと暗に主張したいのか。


俺たち勇者パーティーの仕事なんて、所詮こんなもんだ。

魔王討伐よりも、金貨の重みのほうがずっと現実的なんだから。



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