第1話 「勇者と腐った商売のご紹介」
第1話 「勇者と腐った商売のご紹介」
辺境の村から三時間ほど歩いた森の野営地、まだ昼時だってのに、ここらじゃ焚火なしでは身体が冷える。俺は生木を燃やした煙に眉をしかめながら、中身から血が匂う麻袋を受け取っていた。
「ほれ、さっき仕留めたばっかの火猪だ。魔血もそんなには溢れてない、牙も無傷だ」
「へぇ、上出来上出来。……で、いくらだ?」
相手は村の猟師。つまり非資格者だ。こいつが自分で火猪、つまりフレイムボアをギルドに持ち込んだところで、即座に門前払いで銅貨1枚にもならん。
だがこの俺、勇者ライル・グレイモンドが名義貸し、じゃない立派な勇者資格者としてギルドに持ち込めば、ほれっ金貨5枚になるって魔法みたいな算段だ。
「銀貨12枚でどうだい」
「安いな!あんたは何もやってないだろ、田舎者だと思って俺を舐めてんのか!!」
山賊みたいなご面相の猟師はたちどころに声を大きくした。嫌だねぇこう言う粗雑な連中は。
「運搬費と危険手当込みだ。ほら、後ろ見てみろ」
俺の背後にはすでにセリアが立っていた。背筋をすっと伸ばした長身、黒い髪は短く刈り込まれ、辺りの冷気に首筋を晒している。つやのない灰色の軽鎧の着こみには寸分の緩みもなく、腰の片手剣の柄には触れもしていないが、重心はわずかに前、いつでも抜ける構えだ。
これを見れば、たいていの取引相手は黙る。今回も例外じゃなかった。
「……わかった、持ってけよ、ろくでなし勇者めっ」
「まいどあり!」
仏頂面の猟師から受け取った袋をそのままセリアに渡すと、彼女は無言のまま剣を使わない方の片手だけを使って肩に担いだ。力仕事は全部あいつだ。俺は口を動かす方。
そして離れて待機していた男女二人が焚火で身体を温める、というより俺のビジネスに茶々を入れるために寄って来た。
「しっかしライルさん、また横流しっすか」
最初に声をかけてきたのは法服を着た筋肉質の大男、僧侶のダリオだ。
セリアの麻袋に神聖魔法をかけながら、飄々とした声で酷いことを言ってやがる。
「これは横流しじゃない。合法的な魔族証拠品の回収代行だ」
こいつの肩幅で焚き火の向こうが見えないほどのごつい体格には、修道院の見習いみたいなおかっぱ頭が乗っている。背中の背負子には聖印や聖水、分厚い聖典や謎の壺まで詰め込まれ、歩くたびにがしゃがしゃと音を立てている。
セリアの肩を借りずとも荷物を運べる腕力はあるはずだが、教団の教えを言い訳にして重いものは持たない。俺からすれば怠け癖だ。
「世間ではそれを横流しとか転売と言うんすよ」
「言い方ひとつで世間さまの印象は変わるんだよ、ダリオ。第一たった今お前の使った魔法は何だ?」
「知ってるでしょ、死体が腐ると臭いから、いつも使ってる防腐魔法っすよ」
「僧侶が言うなら【死者の尊厳を守るための女神への祈り】とか《死者清浄》だろ、言い方に気をつけろよ」
「ねえねえライルさん」
おっとりした口調で、魔石職人のミルフィも近づいてくる。垂れた目は愛嬌があるが、その奥、瞳の光は鈍く笑ってはいない。腰まで届く栗色のウェーブヘアが焚き火の光を受けて揺れている。その下で立派な曲線を描くあたりに吊られた魔石ケースを叩く指先は落ち着きなく、せわしない。あれは、魔物を解体する手順を考えている時のクセだ。
「最近「暁の四剣」ってパーティーがすごく評判らしいんですよ。大型魔物を次々討伐してて、獲得賞金も破格なんですって」
「お、噂は聞いたことある。まあ、俺らとやってることは違うからな」
「もし私もあっちに入れたら、素材の質で勝負できるのになぁ……」
「おいおい、移籍希望か?」
「だって、うちって魔物倒すより仕入れるほうが多いじゃないですか、分け前も少ないし、レアな魔血とか一生見られないですよ、「暁の四剣」クラスでなくても、せめて……」
「ミルフィ、お前さんはまともなパーティーで務まるタマじゃないっすよ」
横からダリオが突っ込みを入れる。
「そんなこと言うなら、むしろダリオやライルさんこそ、まともな社会生活が務まらないでしょ」
「……心温まる会話だな」
生木の煙より質の悪い火の粉二人分が俺に飛んでくる前に与太話をやめさせた方が良い。
そんなやり取りをしていたときだ。
森の奥から、かすかな摩擦音が伝わってきた。落ち葉を踏む音、枝が折れる音。
一人黙っていたセリアが一瞬で剣を抜く。
「……来る」
次の瞬間、木陰から黒い影が現れた。
全身に棘を生やした大トカゲ、スパイクリザード。
しかも二体。
「おいおい、今日は仕入れだけで帰るはずだったんだぜ……」
「ライル、下がれ」
俺の愚痴を遮ったセリアの声は短く、冷たい。
俺は慌てて後退しつつ、金勘定を始める。
(……トカゲ二体か。あれなら棘と皮も多少は売れるな)
結局、勇者の頭の中なんてそんなもんだ。