第8話「鍛冶屋の目とスライムの兆し」
早朝のギルド支部は、まだ静かだった。
昨日の戦闘の疲れが残る中、レイルは足を運ぶ。
カウンターの奥で立ち働いていた受付嬢が、レイルに気づいて顔を上げた。
「おはようございます、レイルさん。昨日の報告、確認いたしました」
そう答えたのは、受付嬢のカティア・レイルフォード。
栗色の髪を一つにまとめ、真面目で物腰の柔らかな女性だ。
普段は誰にでも公平に接するが、不遇職には内心の距離を置いていた。
だが今朝は――少し様子が違った。
「こちら、調査依頼の報酬です。300ルム。そして、素材についてなのですが……」
カティアは差し出された“変異牙犬”の素材を見て眉をひそめた。
「……こちら、通常の牙犬のものではありませんね。毛皮の色も質も明らかに違う。
ギルドでは評価が難しいため、鍛冶屋のドロックさんに査定をご依頼ください」
「了解です。報酬、助かります」
レイルは短く礼を述べると、少しだけ口元を緩めて出ていった。
カティアは見送るレイルの背をじっと見つめながら、ふっと息をついた。
「――見間違い、じゃないと思う。あの人、変わってきてる」
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◆ 鍛冶屋《ドロック工房》
重たい扉を押し開けると、金属音とともに熱気が迎える。
「ん? おう、レイルか。珍しい時間だな」
鍛冶屋は分厚い腕でハンマーを振るっていたが、顔を見るなり工具を置いた。
「変異個体の素材を持ってきました」
レイルが毛皮と牙を並べると、ドロックの目が鋭く光る。
「……こいつは……ただの牙犬じゃねぇな」
ドロックは毛皮を指先でなぞりながら唸った。
「魔力の濃度が違う。質感も上等。これは“変異体”だ。
他の素材に混ぜても劣化しねぇ、純度が高ぇ。……前にお前が持ってきた牙犬の牙は1本15ルムだったが、こいつぁ別格だ」
ドロックは一つずつ吟味しながら言った。
「毛皮が1枚で100ルム。牙2本で合計80ルム。合わせて180ルムでどうだ?」
「……ありがとうございます。助かります」
「ウチは正直な素材には正直に答える。お前はそういう奴だ。覚えておくぜ」
⸻
◆ 村のギルド支部にて ― 空気の変化
レイルが再び支部に戻ると、周囲の視線に微かな変化があった。
「変異個体って、本当だったのか……」
「テイマーのくせに、よくやるじゃねえか」
囁き声はまだ冷ややかだが、含まれる“驚き”と“見直し”の色は否定できなかった。
「レイルさん、お戻りですね」
カティアが微笑を見せた。
レイルに向ける声色が、どこかやわらかくなっていた。
「ギルドとしても、今後の活躍を期待しています。また依頼が入ったらご案内しますね」
「……ありがとう、カティアさん」
受付嬢の名前を呼ぶのは初めてだった。
その瞬間、カティアの頬がほんのり赤く染まったのを、レイルは見逃さなかった。
そして――その背後、柱の陰から睨むような視線。
Dランク冒険者・ベルトンが、唇を噛み締めてレイルの背を見ていた。
(あいつ、最近調子に乗ってるな……)
⸻
◆ 宿屋の部屋にて ― 兆し
「ぷにっ……」
部屋に戻ると、モモンが元気に跳ねていた。
だが、レイルはすぐに異変に気づいた。
「色……少し紫がかってる。……体の表面、少し固くなってるな」
モモンの体には、きらりと硬質な結晶のような斑点がいくつか見える。
「……でも、まだ進化ってほどじゃない。兆し……だな」
ミルが横からのぞき込む。
「それって、危ないの?」
「まだ大丈夫。ただ、変異個体の魔力を吸ったせいで、何か変化が始まったのかもしれない」
レイルは、鞄から包帯と薬草の残量を確認しながら呟いた。
「――そろそろ、装備も整えなきゃな」
レイルの財布事情(第8話終了時点)
前回残高
398ルム
収入:調査報酬
+300ルム
収入:素材売却(変異牙犬)
+180ルム
支出:宿代・朝食・薬草・包帯補充
-55ルム
残高合計
823ルム
レイルの財布と心が少しあったかくなりました。
現時点でep34まで書いています。本ノベルにまずは注力していきます。一日3回更新予定です。