第6話「特別依頼と、ミルの寝息」
ギルド裏手、待機室の奥。
朝の雑談に混じる、嫌な空気が漂っていた。
「特別依頼……? あのFランクのテイマーが?」
Dランク冒険者・ベルトンが、椅子にふんぞり返って呟いた。
この村で最上位に近い位置にある男。その傲慢さは、過去の栄光の裏返しでもあった。
「昔、都市じゃCランクだったんだぜ、俺は。……まあ、大失敗して降格されたけどよ」
彼の言葉に、周囲の冒険者たちも同調する。
「牙犬の件、たまたま遭遇したって話だけどよ――
あいつ、自分で魔物をけしかけたんじゃねえのか?」
「テイマーだもんな。仲魔で魔物誘導して、わざと“手柄”に見せかけたって疑われてもおかしくねえぜ?」
「ギルドもよ、あんなのを甘やかしたら、真面目にやってる俺たちが馬鹿みてぇじゃん」
空気は完全に冷え切っていた。
その時、カツン、と固い靴音が会話を遮った。
「農産業組合長――バロック様からの正式依頼よ。ご指名でね」
ギルド職員アルナが、封書を掲げて言った。
「指名? あんな無名のFランクをか?」
「それだけじゃないわ。……推薦もある」
支部の奥から、エマが静かに現れた。
「私が推薦しました。レイルくんなら、できるって思ったから」
彼女の声は小さかったが、確かな信念を宿していた。
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◆ 支部長室
「……特別依頼?」
レイルが渡された書類を読み込む。
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◆ 特別依頼内容
•依頼名:山道の獣道点検と魔物痕跡調査
•報酬額:300ルム(通常報酬の3倍)
•発注者:農産業組合長 バロック・ドンメル
•内容:野獣・魔物の行動異常の調査と簡易報告。物流路の安全確保。
•備考:中級ランク以上想定依頼につき、特例扱い。ギルド推薦対象。
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「……なぜ俺なんですか?」
「バロックさんはね、“誰が言ったか”より“何をしたか”を見てるのよ」
支部長が言う。
「頑固者だけど、見る目はある。
……そして、君を推薦した者がいる」
「私が推薦しました」
エマが一歩踏み出した。
「草摘み依頼も、野犬の追い払いも、みんな嫌がってたのに、
レイルくんはずっとやってきた。文句も言わずに」
レイルは視線を落とした。
「……ありがとな」
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◆ 村外れ ― 出発前
「レイル、森のにおい……ちがう」
ミルが小さく鼻をひくつかせる。
「やっぱりか。最近、野生獣の行動が変だって話は多いしな」
彼女の首には、昨日仕立てた“牙犬皮の首輪”。
鍛冶屋ドロック製のそれは、見た目以上に頑丈で、彼女の自信にもなっていた。
「ミル、危なくなったら逃げろよ。お前が無事じゃなきゃ意味がない」
「わたし、逃げない。レイルの仲魔だもん」
「ぷに!(ボクもいるぞ!)」
モモンも元気よく声を上げ、レイルの肩に乗る。
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◆ 山道 ― 調査1日目 夜
焚き火の炎がゆらめき、静かな夜が訪れる。
「今日は……足跡3ヶ所、爪痕1ヶ所。接触はなかったが……嫌な気配だったな」
レイルはノートに記録をつけながら、ふとミルを見る。
「……よかった」
「ん?」
「ここにいて、よかったって。……レイルが、仲魔でよかったって思ってくれてるなら」
「……もちろん。俺が言っただろ、ミルが仲魔で良かったって」
ミルは安心したように、ふにゃりと微笑む。
「……ん……くぅ……」
そのまま、彼女はレイルの膝を枕にして寝息を立てた。
「ぷに……」
モモンも、安心したように丸くなって眠っていた。
焚き火のあたたかさが、妙に心に沁みた。
農産業組合長「バロック・ドンメル」
名前
バロック・ドンメル
年齢
62歳
肩書き
農産業組合長(≒村の実質的な経済の柱)
外見
丸眼鏡をかけた大柄な老人。声は低く、威圧感あり。
性格
実利主義だが、働く者の誠実さを見抜く眼を持つ。
評判
村では“気難しい頑固者”だが、裏では面倒見が良く隠れた人格者。
特記事項
「誰が言ったかより、誰がやったか」で判断する主義。特に“職人気質”を好む。
Dランク冒険者 「ベルトン=ガリスト」
•名前:ベルトン=ガリスト
•年齢:31歳
•現在ランク:Dランク(降格扱い)
•出身地:都市部・バルトレア
•元ランク:Cランク
•降格理由:隊長任務での失敗。部下を守れず全滅。責任を負って降格し、自ら辺境の村に逃げ込む。
•性格:虚勢・皮肉屋。自分が落ちぶれたと感じており、村の若手に対して高圧的。
•実力:村内では“最上位”だが、油断・慢心の傾向あり
•レイルに対して:嫉妬・見下し・警戒が入り混じる複雑な態度
タイトルを変更しました
一日3話更新で進行させていきます