第5話「牙狼の少女、吠える」
朝のギルド。
扉をくぐった瞬間、ざわつきが走った。
「……また来たぜ、Fテイマーさん」
掲示板前には見慣れない冒険者。
隣町オルテ村のDランク――腕利きを自称する戦斧使いだ。
「テメェがレイルか? スライムと狼もどき連れて、ずいぶん可愛いパーティだな」
からかいの言葉に、周囲の冒険者たちが笑う。
「昨日の柵修繕、奪ったって話だぜ?」
「女の子使ってギルドの職員に取り入ったとか」
レイルは無言のまま掲示板の端に目を向ける。
モモンは「ぷにっ」と小さく鳴いた。
ミルはその背後に立ち、じっと男を睨んでいる。
「なんだ? お前の魔物、睨んでるつもりか?」
「……すまないな。お前には聞こえないんだ、こいつらの“声”は」
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◆ 補足:テイマー職と《心話共鳴》
テイマーは、生まれつき仲魔と心を通わせる「心話共鳴」というスキルを持つ。
仲魔の声は“音”ではなく、心に直接届く“感情の言葉”。
だがこれは、他人には通じない。
他者からはただの鳴き声や幻聴に見える――
それが「不気味」「信用できない」と忌避される大きな理由だった。
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「俺は、柵修繕の依頼を受けた。文句があるならギルドに言ってくれ」
「ハッ……おとなしく素材拾いでもしてりゃいいもんを。調子に乗んなよ、F風情が」
言葉を受け流しながら、レイルはギルドを後にした。
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◆ 村外れ ― 動物避けの柵
午前中の作業は単調な修繕作業。
腐った木を削り、新しい杭を打ち込む。
「ねえレイル。首輪、ありがとう」
「効いてくれればいいけどな。ドロック親父が“最低限の命綱”って言ってた」
ミルの首には、小さな革製の首輪。
村の鍛冶屋ドロックが、牙犬の皮で作ってくれた特製だ。
「これ、ちょっとあったかい。落ち着く」
「そりゃ良かった」
モモンは近くで丸くなって寝ている。
(誰にも認められなくても……俺にとっては、こいつらが“仲間”だ)
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その時だった。
「……におう。牙の匂い」
ミルが姿勢を低くした。
直後――茂みを割って、2体の牙犬が飛び出してくる。
「ミル、下がれ!」
「やだ、レイル守る!」
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【スキル発動:牙狼の咆哮(Lv.1)】
「わおおおおおんっ!!」
ミルの咆哮が空気を裂き、牙犬たちの動きが鈍った。
モモンが飛びかかり、一体の脚を拘束する。
ミルはもう一体の突撃を受け止める――
牙が喉元を狙う。
だが、牙犬革で作られた首輪がその牙を受け止め、弾いた。
「くっ……!」
かすり傷は負ったが、致命傷には至らない。
「レイル! わたし、いける!」
「分かった、右を任せた!」
レイルがナイフを構え、モモンの拘束する個体を仕留める。
残った一体もミルの猛攻に怯え、森の奥へと逃げていった。
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◆ 夕方 ― ギルド前
「あんたら、あの音……まさか牙犬相手に?」
「ミルが撃退した。モモンもな」
「あのスライムも? まじで?」
ざわつく冒険者たち。
先ほどの戦斧使いも、少しだけ視線を逸らした。
ギルド職員がレイルに報告書を渡す。
「……よく、やったな。報酬だ」
「どうも」
レイルは短く礼を述べ、報酬を受け取ってギルドを後にした。
背後で、モモンが「ぷにーっ!」と誇らしげに鳴いた。
レイルの財布事情(第5話終了時点)
所持金(前話繰越)
420ルム
支出①:ミルの首輪代(素材支給+加工費)
-60ルム
支出②:1日分の食費(レイル+モモン+ミル)
-30ルム
収入:柵修繕依頼報酬
+100ルム
残額
430ルム
食費内訳(1日分)
•レイル:パンとスープ(15ルム)
•モモン:スライム餌(5ルム)
•ミル:干し肉・水(10ルム)
第5話では、テイマー特有の《心話共鳴》という“魔物の声を理解する力”が、
周囲の人々に理解されず忌避される「不遇の本質」として描かれました。
しかし、レイルはそれでも仲魔と信頼を結び、ミルには首輪、モモンには連携の指示と、
「仲間と共に生き抜く」スタイルを貫いています。
ミルの咆哮スキルと、ドロック作の“牙革の首輪”が生きた一戦。
でもやっぱりお金厳し〜