第41話「静かに忍び寄る視線」
リュードの街は、今日も変わらず人通りが多かった。
石畳の路地には屋台の香りが漂い、子どもたちの笑い声と、露店の呼び込みが重なる。
数多の冒険者と旅人が行き交うこの中都市に、レイルたちの姿はもうすっかり馴染んでいた。
「ほらレイル、これ買ってきた! “焼きニンシア団子”、やっぱりこれ食べなきゃ落ち着かないよね!」
カレンが紙包みを手にして戻ってきた。ほんのりと甘辛い香りが立ち昇る。
屋台の娘でもある彼女は、こういった地元料理に目がない。
「ありがとう。……いつもの匂いだな」
レイルは小さく笑いながら団子を一つ受け取り、視線を街路の向こうに向けた。
今日のリュードは賑やかだったが、どこかいつもとは違う気配があった。
「うん……やっぱり、見られてる」
ミルが肩の上で耳をぴくりと動かす。人の姿に近い幼女型のまま、周囲を見回していた。
「視線、さっきからずっと。……屋台の奥の方から」
「俺も気づいてた」
レイルは団子を口に運びつつ、気づかれぬようにギルドの建物を見やった。
そして、肩に乗ったスライム――モモンが、ふるりと震えた。
「ぷしゅ……」
小さな身体が、まるで空気の異変に反応するように、微細に波打っていた。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルド・リュード支部。
報告カウンターでのやり取りは、いつもどおりのように見えた。
だが受付嬢のサリナは、どこかいつもより言葉が少なかった。
「……討伐記録と素材の登録、終わりました。今回も丁寧な報告、ありがとうございます」
「こちらこそ。あの、サリナさん……」
レイルは声を潜め、慎重に尋ねた。
「……僕たちのこと、どういう理由で気にしてるんでしょうか? ただの噂……じゃなさそうな気がして」
サリナは少し黙った後、視線を落として答えた。
「はっきりしたことは分かりません。でも……素材帳や日誌をじっと見ている人たちがいます。普通の興味には、見えませんでした」
その言葉と共に、彼女はそっと袋を手渡してきた。
中には小さな紙片が紛れていた。
——“君たちの動きは記録されている。気を抜くな”。
震えた文字。それでも、冗談とは思えなかった。
素材提出が終わった後、ギルドを出ようとしたその時だった。
モモンが肩の上で再び震えた。
「……モモン?」
レイルが静かに訊ねると、スライムは目もない顔で、ロビーの一角をじっと見つめていた。
通りすがりの男が、素材記録棚を一瞥し、何事もなかったように立ち去っていく。
「……スキャンとは違う反応。何かを察してるのか」
レイルは言葉にはしなかったが、その異変は、確かに胸に残った。
◇ ◇ ◇
「ミル、今日も何か作るの?」
リシェルが薬草整理をしている傍らで、ミルが小さな木片と魔獣の爪の欠片を並べていた。
「うん、お兄に新しい“お守り”を作ろうと思って!」
ミルの手が器用に動く。以前の鉤爪クラフトで得た経験をもとに、小さな防具飾りのようなものが形になっていく。
だがそのとき、不意にミルが振り返った。
「……誰か、見てる」
窓の外に人影はなかった。けれど、感覚は確かだった。
◇ ◇ ◇
その夜、カレンはひとりで夜市の広場を歩いていた。
賑わいの中、ふと背後から穏やかな声がかけられる。
「最近、君たちの名前を耳にすることが増えた」
振り返れば、灰の外套を羽織った中年の男。眼差しは優しいが、目の奥に何か鋭いものが潜んでいた。
「冒険者で、あれだけのことをやれば……当然目立つ。でも、目立ちすぎるのは……ね」
「何の話ですか?」
「いずれわかるさ。……これを渡すよう、頼まれている」
男は小さな包みを残し、群衆に紛れて消えていった。
開くと、中には古びた通行証と、切り取られた地図の一部が入っていた。
◇ ◇ ◇
夜。ギルド宿舎の屋上。
レイルはモモンとミルと共に、静かな夜風の中、星空を見上げていた。
「……視線の正体はまだわからないけど、確かに“何か”が動いてる」
そう呟いたそのとき、モモンがぷるりと震えた。
「ぷしゅ……ぷ、ぷしゅ……」
スライムの体が、まるで空気のざわめきに反応するかのように、わずかに発光する。
「モモン……感じてるの?」
レイルが問いかけると、モモンは一拍置いて、レイルの足元へ静かに滑り降りた。
そのまま屋根の端へ進み、闇の先をじっと見つめる。
「お兄……やっぱり、変だよ。この空気。ずっと、前と違う」
ミルの声が、重なるように言葉を紡いだ。
これは、ただの偶然じゃない。
冒険者としての名声が、別の世界とつながりはじめている。
そして、それはきっと——逃れられない次の運命を運んでくる。
レイルの財布事情(第41話終了時点)
前回繰越(第40話終了時点)
1020ルム
今回の収入 なし(滞在中)
支出 屋台代・宿泊費・素材整理・道具修理など:約80ルム消費
現在の所持金 約940ルム




