第4話「ギルドの冷たい視線と、少女の依頼」
朝、ギルドの扉を開けた瞬間、空気がぴたりと止まった。
レイルが足を踏み入れると、数人のギルド職員と冒険者たちがちらりと視線を向け、
すぐにそらす。ある者は嘲笑い、ある者は「また来たか」といった顔。
「おい、あれ見ろよ。スライムの奴、また来てるぞ」
「依頼板の下段がお似合いだな、Fランクの哀れなペット使いさん」
「ハハッ……あいつ、昨日も森でなにかやってたってよ。夜中にこっそり素材拾い?」
ひそひそと聞こえる陰口に、モモンが「ぷにぃ……(ちょっとムカッ)」と唸る。
レイルは無言で掲示板の前に立ち、視線を移した。
⸻
その時だった。
受付の脇――職員カウンターの下から、ひょこっと少女の顔が出た。
「……あのっ、すみません! この依頼、受けてもらえませんか?」
ギルド薬師見習いのエマ。手に小さな紙片を握りしめ、カウンター越しに懸命に訴える。
「昨日から、自宅の裏に……へんな魔物が出るんです。動いてる木箱みたいで……怖くて……」
ギルド職員が鼻を鳴らした。
「またくだらない家のゴミか。第一、こんな内容、正式依頼にはできん。報酬も払えんだろうが」
「で、でも! 焼きたてパンは用意できます! あと……50ルム、少しだけ……!」
その場にいた冒険者たちが一斉に失笑した。
「ははっ、出たな子どものおままごと依頼」
「50ルムとパンで討伐依頼とか、舐めてんのか?」
「受けるバカいるわけねーよな、な? スライム使いくん?」
まるでわざと聞かせるように、声を強める者もいた。
それでも、レイルは静かにその場に歩み寄る。
「その依頼、俺が受ける」
エマが目を見開く。
職員たちは驚きもせず、苦笑混じりに肩をすくめた。
「……本当に受けるのか?」
「報酬がパンでも、仕事は仕事だろ。……夕方、行く」
レイルがそう言って立ち去ると、エマの目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「ありがとう……ありがとう、レイルさん!」
その笑顔だけが、このギルドのなかで、レイルを“まっすぐ見てくれる”存在だった。
⸻
◆ 夕刻 ― エマ宅裏手
「……これか」
古びた木箱が、植木の陰にぽつんと置かれていた。
音も気配もない。だが、わずかに魔力の残滓が残っている。
中からにゅるっと出てきたのは――木屑まみれの、ゲル状の魔物。
丸く、ふるふると震える透明なスライムだった。
「……モモンの、親戚みたいなもんか」
モモンが近寄ると、スライムは縮こまり、周囲の木片を吸い込み始めた。
「……成長途中の“木食スライム”か。人畜無害だな。栄養源がなくて隠れてただけか」
レイルはスライムにそっと声をかける。
「森に戻れ。ここにいても、誰も気づいてくれない」
スライムは、しばらくレイルを見つめたのち、きゅる、と小さな音を立てて地面へと溶け込んだ。
モモンが「ぷにっ!(行ったな)」と軽く手を振る。
⸻
「ありがと、レイルさん!」
玄関先でエマが待っていた。手には紙袋と、少しだけの硬貨。
「本当は正式依頼にしたかったんだけど、ギルドじゃ無理って……。でも、助けてくれて、ありがとう!」
レイルは袋を受け取り、中の焼きたてパンの湯気に目を細める。
「50ルムと……このパン、うまそうだな」
「おまけでレーズンも入れたよ」
「そいつは豪華だ」
レイルが笑うと、エマもくすっと笑って見送ってくれた。
⸻
◆ 夜 ― ギルド宿
モモンが布の上でレーズンパンを抱えながら転がる。
「ぷにぃ~……(うまいもん)」
「お前ばっか食ってるな……こっちも寄越せ」
レイルはパンの端をちぎって口に放り込み、ふと独り言のように呟いた。
「この程度の依頼でも、受けてくれる奴がいるって思ってくれたなら、それでいい」
ギルドからは認められず、報酬は雀の涙。
けれど、信頼の種は確かに芽吹き始めていた。
所持金(前話繰越)
370
収入(エマ依頼)
50
支出(本話)
0(パンは物品支給扱い)
残額
420ルム(+レーズンパン1袋)
第4話では、「依頼とは何か」というテーマを描きました。
たとえ報酬がパンと50ルムでも、“困っている人がいる”なら、それに応えるのがレイルの流儀です。
ギルド職員や冒険者たちの嘲りにさらされながらも、彼は見返すことより、信頼を少しずつ集める道を選びます。