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世界が見捨てた職業で、僕は抗う  作者: KAZAMI Reo(風見レオ)
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第2話「夜の森と、一人の狩人」

村の広場は、すっかり夜の帳に包まれていた。

日暮れの鐘が鳴り終え、屋台は引き払われ、民家の明かりも一つ、また一つと落ちていく。


「ぷにぃ~……(眠いもん)」

「すまん。けど、行くぞ」


肩の上でスライム――モモンがぷにっと鳴いた。

レイルは背に小さな袋を背負い、ギルド宿の裏口からそっと出る。


くたびれた麻のシャツに、古布を重ねただけのマント。

腹部を覆うのは、ドロックの端材から作った“硬化樹皮の胸当て”。

腰には刃こぼれのナイフ一本。足元のブーツは片方が破れ、もう片方にはお手製の布を巻いてある。


──これが、“不遇職”の現実。


それでも、今夜もまた歩き出す。


「昨日の牙狼……あれは、斥候だった。群れが近くにいる」


村の防壁は低く、夜間の警戒は甘い。

もし群れがそのまま入り込めば、被害は免れない。


だが、誰に話しても信じてもらえないだろう。

なぜなら、レイルは“Fランクの不遇職”で、“スライム使い”で、“誰とも組んでいない”から。


──だから、自分で行く。


「誰にも気づかれず、誰も傷つけずに片付ける。……それが一番だ」


「ぷにっ♪」


モモンが跳ねながら頷いた。




森は闇に満ちていた。

だがレイルの目は、月のわずかな明かりと、空気の揺らぎを捉えていた。


(いた。前方15メル。複数。……5体、いや、6体)


──牙狼の群れ。

斥候とは違い、これは“本隊”だ。


「モモン、いくぞ。第二形態」


「ぷに~っ!」


モモンの身体が闇に溶け、輪郭がぼやけ、影のようなスライム――「モモネグラ」へと変化する。


牙狼の一体が気配を察して吠えるが、それが合図だった。


「っ……来る!」


一体が右から飛びかかってきた――モモンが脚を巻き、木に激突させる。

二体目の牙狼に向かって、レイルのナイフが喉元に突き立つ。


三、四体目が挟撃に回り込むが、モモンが体を膨張させて突き飛ばし、バランスを崩させる。


レイルは駆け、跳ね、間合いを見極めて一撃を加える。


「……残り、二体!」


モモンの触手が一体を絡め取り、もう一体をぶつけてまとめて気絶させる。


──所要時間、90秒。



(……誰かに褒められるわけでもない)

(評価も上がらない。ランクも、報酬も、何も変わらない)


それでも、レイルは牙狼の死体の処理を手伝うモモンを見下ろしながら、自分に問いかけた。


──じゃあ、なぜ俺は戦っている?


かつては分からなかった。

ただ“なんとなく”、そうしなければならない気がしていた。


けれど最近、少しだけ答えが見えかけている。


思い返すのは、薬草を届けた時の、エマの笑顔。

「レイルさんの薬草、きれいで好き」――あの言葉を、嬉しいと思った自分がいた。


報酬が少ないことに気づいて、こっそりパンを一つ余計に包んでくれた。

「内緒だよ?」と笑って去っていく、あの背中。


無口な鍛冶屋・ドロックもそうだ。

名も告げずに素材を渡しても、質問一つせず、値段をつけてくれる。

誰かの“狩りの成果”を買い叩くこともせず、適正価格で受け取ってくれる。


言葉はなくても、あの目が――

「分かっている」と伝えてくれていたような気がする。


誰からも認められなくてもいい。

それでも、俺の“成果”を受け取ってくれる人たちが、この村にはいる。


(だから……この村だけは、守りたい)



「ぷに……」


モモンが、ひとつの影の前で立ち止まる。


他の個体と違う、小さい。震えている。

毛並みはボロボロで、体に傷も多い。


「……牙狼の子か」


通常ならとどめを刺す。それが“依頼”のルールだ。

だが――その目が、違った。


レイルと視線が合った瞬間。


『……たすけて』


声にならない“声”が、心に直接響いた。


「お前……言葉を持ってるのか」


牙狼の子は、ぐったりした体を引きずりながら、そっとレイルに近づいた。


そのとき、何かが脳裏をよぎる。

“この子は、契約できる”――それも、普通じゃない方法で。


レイルはそっとポーチから魔石を取り出し、目を閉じた。


「……俺の仲間になれ。今すぐじゃなくていい。

でも、誰かに命を握られるより、俺の隣で眠ってほしい」


魔石が光る。

牙狼の子の体が淡い白い膜に包まれていく。


次の瞬間、小さな少女の声が――


「……わたし、ミル。ミルって、よんで……」


「……ああ。よろしくな、ミル」


牙狼の子――ミルは、足元に身体を預けて、そっと頭を擦り寄せてきた。


モモンがぷに~っと嫉妬気味にくっついてくる。


「はいはい、お前もだ」


レイルはふたりの仲魔を交互に撫で、静かに夜の森をあとにした。



この夜の戦いも、

この村の誰にも知られることはない。


だが、それでも構わない。


──自分には、守る理由があるのだから。


メルはメートルです。よろしくお願いします。

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