第九話 王宮訪問(3)武道場
先ほどの試合を見届けていた騎士団の面々は、「え、まだもう一試合するの?」とでも言いたげな様子である。先ほど壮絶な打ち合いの試合を見て満足したのに、ここでもう一試合するのは蛇足でないか? という心配が、口には出さないが彼らの顔の表情から滲み出ていた。
だが、レインたちは、妹サラが兄ランドリーと同等の剣術の実力者であることを知っている。兄が大きな活躍を見せたからといって、妹の活躍の機会が飛ばされて良い道理はない。それに結局のところ、ランドリーはアレクを倒せていないのだ。ひょっとしたら、サラこそがアレクに打ち勝って、その鼻を明かすかもしれない。レインは一縷の望みをサラに託す。兄ランドリーの表情はやや複雑だったが、ここは純粋に妹サラの活躍を願っているように見える。
二人が相対して、礼を交わす。
ニーアスは、今回は試合を仕切る準備も万端といった様子で、二人の間に立つ。
「構え!」
ニーアスの威勢の良い声が武道場に響き渡る。
アレクの眼差しは鋭い。
だが、それとまったく同等の強さで、サラの瞳もまた、真っ直ぐに彼を射抜いていた。
アレクは、サラのただ者ではない気配を感じ取り、自分が武者震いしていることに気づく。
まだ『始め』の合図が掛かる前だが、目の前に立つ少女が、あのランドリーに並ぶか、それ以上の相手であることを、理屈ではなく直感が告げていた。
彼女の眼は、何かを狙っている──。
アレクは本能的にサラを警戒し、その狙いを見定めようとするが、読み取れない。
自分は初手でどう動くか? アレクには一瞬の迷いが生じた。
その刹那、ニーアスの号令がかかった。
「始め!」
合図と同時に飛び出したのは、サラだった。
一瞬で間合いを詰め、アレクの脳天めがけて剣を振り下ろす──。
それは、先ほどの試合のアレクの初動を完全に模倣する動きだった。
……いや、模倣ではない。
むしろ、アレクを上回る速度だった。
彼女は見ていたのだ。先ほどの試合展開。
勝てるとすれば、一瞬で勝負を決めるしかないと──。
アレクは反射的に木刀を頭上に掲げ、かろうじてその一撃を弾き返す。
だが、その動きが後手に回ったのは、誰の目にも明らかだった。
アレクの額を、一筋の汗が伝う。
アレクはサラの初手を読み切れなかった。
身体が咄嗟に動いたからこそ、間一髪で防げただけだ。
早く立て直さねば。気を抜いた瞬間、敗北は決まる──。
しかし、一度流れを奪われた者が、主導権を取り戻すのは容易ではない。
サラの猛攻は止まらない。鋭く正確な剣が、次々とアレクの急所を狙ってきた。
アレクは守りに追われ、じりじりと後退し、壁際に追い詰められていく。
──この展開は、先ほどの試合では見られなかったものだ。
サラがアレクを追い込む姿に、応援するレインたちの拳にも自然と力がこもる。
騎士団の面々も、「まさかアレクが……」という思いを抱きながら、固唾を飲んで試合の行方を見守っていた。
もはや、蛇足と呼ぶような試合ではない。
一人の少女が、確実に王国騎士団の剣士を追い詰めていた。
だが、アレクもここで負けるわけにはいかない。
「……落ち着け」アレクは自分に言い聞かせる。
徐々に呼吸が整い、視界が澄んでくる。
サラの動き。初手に比べて、わずかに速さが鈍っている──。
チャンスは、今。
気づけは、その思いが口をついていた。
「王国騎士団を──舐めるなああああああッ!!」
咆哮とともに、剣に込めた圧倒的な力が、衝撃波のようにサラへと伝わる。
彼女の身体が後方へ弾き飛ばされる。その瞬間、アレクは一気に距離を詰めた。
攻守は完全に逆転した。
アレクの剣が上下左右あらゆる角度からサラへと迫る。
今度はサラが防戦一方になった。
それでも彼女は粘った。簡単には崩れない。
だが──その瞬間は訪れた。
サラの剣が振り上げられた刹那、その動きが生んだ一瞬の隙を、アレクは逃さなかった。
アレクの一撃が、彼女の胴を正確に捉える。
寸前で止め切れずにそのまま剣は直撃し、サラはその衝撃で床に倒れた。
「一本……。あ、すまない。止めるつもりだったけど当たってしまった……」
アレクは心配そうな表情で、倒れたサラに手を伸ばし、彼女を起こそうとした。
「だ、大丈夫です。自分で立てます」
木刀の当たった部分を手で押さえながらサラは立ち上がり、姿勢を正して真っ直ぐにアレクを見つめてから一礼した。
「手合わせしていただき、ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
アレクが礼を返す。
武道場はまたもや一瞬余韻で静寂に包まれたが、その後、割れんばかりの拍手が両者に向けられた。
サラはその拍手に照れる様子や感動する様子も見せず、ただ静かにアレクに向き合っていた。
「私の致命的なミスは初手であなたを仕留めきれなかったことですね」
アレクはサラの問いかけに静かに答える。
「あなたの初手の一撃は、私を仕留めていても全くおかしくなかったです。確かに初手で仕留めきれなかったことをあなたは悔やむでしょうが、私から見ると、むしろあなたの課題は、初手が失敗したとしても必ず最後には仕留める、という後半の追い込みではないでしょうか?」
その言葉を聞くと、サラは目から鱗が落ちたように、すっきりとした表情を浮かべた。
アレクは、その表情を確認すると、ランドリーにも再び目線を配った。
「あなた方お二人は本当に末恐ろしい剣士だ。どちらも見事でしたよ」
こうして、武道場の見学はようやく幕を閉じた。
◆◆◆
あれれ? まだ大広間と武道場を案内しただけでは? ちょっと予定が押しているな、とニーアスは苦笑した。
この試合、蛇足ではないですよね。
サラが活躍を見せてくれて良かった。
というよりも、兄の試合の方が前座になってしまった気もしますが……。
一応、アレクから見た二人の評価は五分(微差で妹>兄)のようです。