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6. 王宮訪問(2)大広間〜武道場

 案内人ニーアスに導かれて王宮殿に入ると、目の前には大広間が広がっていた。

 床は一面大理石が敷かれ、綺麗に白く輝いている。

 左右の壁は朱色で塗られており、黄金の龍やら鳳凰の装飾が施されている。

 頭上から遥か高い天井を見上げると、水龍が踊り狂う絵が見事に描かれている。

 そして、大広間の奥の上座には、黄金の椅子が置かれている。

 尋ねるまでもなく、それが国王陛下の座る玉座であることは誰にでも分かる。


 ランドリーは玉座を見て、ふと質問を投げかける。


「恐れながら国王陛下は今どこにいらっしゃるのでしょうか? 早くお会いしたく存じます」


 一応敬語は使えているが、今いきなり聞くことではないだろうと、レインは少し冷や汗をかく。下手をすれば、「早く国王に会わせろ」と催促しているように聞こえなくもない。

 ニーアスはそれを気にする様子はなく、穏やかに微笑みながら答えた。


「後でゆっくりお話もできると思いますから、慌てることはありません。今から私が王宮殿の中を順番にご案内し、最後にこの大広間に戻ってきます。その時に、国王陛下にきっとお会いになれるでしょう」


 まだ納得いかないのか、ランドリーは質問を重ねる。


「結局、国王陛下は今どこにいらっしゃるのですか?」


 レインの冷や汗は止まらない。もうその辺で質問をやめてくれ、と心の中では叫んでいて、度が過ぎた場合には強引に割って入ってでも発言を制止しないといけない、と警戒体制に入る。シトラスも落ち着かない様子であり、ランドリーの発言に肝を冷やしているようだ。サラは兄の発言を気にかける様子はなく、大広間の装飾を夢中で見入っていた。


 ランドリーからの立て続けの質問にニーアスは苦笑する。


「国王陛下は今大事なお客様の対応をしております。誠にすみません」


 他にもお客様がいるのか? とレインは少しばかり驚く。国王陛下はたいそうお忙しい方なのだろう。ひょっとして招待状は、自分たちだけでなく、もっと多くの人に配っていたのかもしれない。


 ランドリーはひとまず納得した様子で、それ以上質問を重ねることはなかった。

 ああ、質問が止んで良かった、とレインはほっと胸をなで下ろした。




 だが、それも束の間、ニーアスが次に案内してくれた場所は非常に不味かった。

 そこは、王国騎士団が稽古に励む武道場だった。その場所には騎士団に所属する100人ほどの剣士達が集まり、2人1組で打ち合い稽古に励んでいた最中だった。

 ランドリーとサラがそわそわ浮き足立っているのが、レインは(そば)から見ていて、よく分かった。自分たちも稽古に参加してみたいのだろう。剣士たちの稽古の様子を真剣な表情で凝視しながら、その実力を見定めているかのようだ。

 くれぐれも粗相のないようにしてくれよ、とレインは心の中で祈る。


 そこで不意に、騎士団の1人の青年が打ち合い稽古を切り上げて、こちらに近づいてきた。すらっと背が高く、高身長のサラよりもさらに一回り大きい。

 目の前まで来ると、その青年はただ背が高いだけでなく、腕や足腰の筋肉を(たくま)しく鍛え上げているのがよく分かった。

 爽やかに茶色の髪を揺らし、額の汗を拭いながら、青年は笑顔で尋ねてくる。


「見学の方ですか?」


 するとニーアスが咳払いをして、背筋を伸ばして説明する。


「こちらの方々は国王陛下がご招待したお客様です。武道場の見学というよりも、この宮殿全体をご案内しているところなのです」


「あら、国王陛下の大事な賓客でありましたか、それは失礼しました。私は、王国騎士団の一員アレク=サンダーと申します。そちらのお二人が木刀を(たずさ)えているのを見て、てっきり騎士団志望の見学かと思いました」


 アレクと名乗った青年は、ランドリーとサラの方を見ていた。

 するとランドリーが、(たかぶ)る感情を抑えきれなくなったのか、体を前にやや傾けて礼をする。これは、お願いごとをする時の姿勢だ。これからランドリーが何を言うかは、レインにもシトラスにもサラにも大体分かった。


「私は、隣の妹とともに剣術を学んでいる身です。恐れながらもしよろしければ、一度手合わせをお願いしたく存じます」


 単刀直入の申し入れである。よく王国騎士団の剣士に手合わせなんぞ申し込めるものだ、とレインはその勇気ある姿に今回は率直に感心していた。自分が仮にランドリーの立場であったとしても、自分にはとてもできないことだ。

 さて、この青年は何と答えるだろう? とレインはどきどきしながら成り行きを見守っていた。


 すると、アレクは悩むような素振りも見せず、すぐに笑顔で答えた。


「良いですよ。ぜひやりましょう。お手合わせ、よろしくお願いします」


 ランドリーの顔が見る見る紅潮する。こんなにすんなりと手合わせを受けてくれるとは思っていなかったのかもしれない。木刀に触れるランドリーの手が小刻みに震えているのを、レインの目ははっきり捉えていた。


 レインの緊張感も高まる。もしもランドリーがここで騎士団の青年アレクに勝ったら、正真正銘その名は国中に(とどろ)き、騎士団に加入する誘いがくるに違いない。ランドリー自身がそこまで気づいているかは分からないが、気づくかどうかによらずこれはもはやただの宮殿見学ではないのだ。ランドリーにとって将来を賭けた大勝負と言っても過言ではない。

 レインはランドリーの勝利を期待しながら、拳を握る。隣に立つシトラスとサラも手に汗を握りながらランドリーを見守っていた。


 2人が相対(あいたい)して、礼を交わす。

 アレクは笑顔を崩さないが、その目は獲物を狙う猛獣のように鋭く光っていた。


「さあ、始めようか、ランドリー君。もし君が私に勝ったならば、君を騎士団の一員に推薦することを約束する。私を殺すつもりで向かってくればいいよ」


「ずいぶん余裕な様子だな。あなたの階級がいくつかは知らないが、私はあなたに絶対に負けない」


 ランドリーの興奮は最高潮に達し、もはや敬語もすっかり忘れている。

 アレクは、にっと笑った。


「良い心意気だ。さて、ここはニーアス殿、あなたに『構え』と『始め』の合図をお願いしたい」


 案内人のニーアスは、突然自分に話が振られて驚いたように、体を一瞬ぴくっと動かし、緊張した面持ちで返事をした。


「分かりました。それでは私から合図を出します」


 それからニーアスは大きく息を吸い、太い声を発した。


「構え!」


 2人がサッと木刀を構える。いつの間にか、騎士団の他の面々も、各自の稽古をやめて、この2人の試合に注目していた。

 武道場にいる皆の視線が今2人に集まっている。


 そして異様な静寂が辺りを一瞬支配した。


「始め!」


 その合図と同時に、アレクが攻撃を仕掛けた。

 レインにはまるで見えなかったが、一瞬の間に、アレクが間合いを詰め、ランドリーの脳天めがけて剣を振り下ろしていた。

 だが、ランドリーはその動きを完全に見切っていた。

 すかさず木刀を頭上に掲げ、振り下ろされた剣を受け止め、跳ね返した。

 剣と剣のぶつかり合う、鋭くも重い音が空気を裂いた。

 激しい衝撃に、アレクは後方へと跳ね飛び、ランドリーの身体も後方に吹き飛ばされる。


 再び距離が生まれ、二人は睨み合いながら、互いの隙を探るように動きを止める。

 わずかな静寂のあと——先に仕掛けたのはランドリーだった。

 相手の左の小手を狙って右から鋭く剣を振るう。アレクは落ち着いてそれを外へ弾いた。

 そのままランドリーは動きを止めず、弾かれた剣の勢いを活かして、今度は左から脇腹を狙う。

 それも、アレクは軽く受け流してみせた。


 それでもなお、ランドリーの攻撃の手は止まらなかった。

 切先が滑らかに弧を描きながら宙を舞い、一瞬腰を落とした彼は、下から喉元を突き上げるように剣を振り上げる——。

 だが、アレクはそれすらも読み切って、鋭く剣をはじき返す。

 技と技の応酬は、なおも拮抗していた。


 二人の距離が再び開いた。

 ランドリーの息遣いが少し荒くなり、肩も少し揺れている。

 一方のアレクの息は整ったままだった。

 そろそろ決着の時か、と周りで見守っていた皆が察する。


 ここで強く踏み込んだのは、アレクの方だった。

 狙いはランドリーの左脇腹。鋭い踏み込みとともに、剣が一閃する。

 ランドリーはすかさず剣を左へ構え、防御に回った。

 剣と剣がぶつかり合い、一瞬、拮抗したかに見えた。

 だが、アレクの剣の勢いに押され、ランドリーの体勢が大きく横に崩れ、手にしていた剣が宙を舞った。

 次の瞬間、アレクの剣が美しい弧を描き、無防備になったランドリーの首元へ迫った。

 その切先が首元に触れる寸前、アレクは剣をぴたりと止めた。

 「一本」

 静かだが、芯のある声が武道場に響いた。


 ランドリーは「負けました」と認め、頭を下げる。

 アレクも穏やかな表情で一礼した。


 こうして、アレクの勝ち、ランドリーの負けという形で、勝敗は決した。

 壮絶な打ち合いの余韻でしばらく武道場は静寂に包まれた。


 ぱらぱらと2人の試合を讃える拍手が周りの騎士団の面々から送られた。

 ニーアスも和やかな表情で拍手に同調した。

 勝利したアレクも、ランドリーの健闘を讃えるように手を叩く。


「素晴らしい剣術だったよ。僕が勝ったけど、紙一重(かみひとえ)だった」


 ランドリーは悔しそうでもあり、どこか嬉しそうでもあり、気恥ずかしそうな、なんとも言えない表情で、皆からの拍手にもう一度頭を下げた。

 アレクからの言葉も嬉しかったが、「紙一重だった」というのはきっと彼のお世辞だろうと、ランドリーは思った。彼は試合の最後まで息の上がらないまま、常に的確に自分の急所を突いてきた。そして、その剣の動きは凄まじい速さであり、剣同士がぶつかるたびに圧倒的な力を感じた。

 試合を振り返ると、次第に悔しい気持ちが強くなっていく。アレクにいつか勝ちたい。もっと研鑽を積まなくては、と彼は強く心に誓った。


◆◆◆


 さて、ここで次の見学場所に移りましょう、とはまだならない。

 それは、兄の活躍を見て、奮起する妹がいるからだ。

 私だって挑戦したい。

 沸々と闘志を燃やす彼女は、勇気を振り絞って声を上げた。


「私も挑戦させてください」


 アレクはサラの方を見て、再びにっと笑った。


「よし。それじゃあやろうか」

 武道場のシーンはまだ続きそうです。

 よって、主人公レイン=オリバーの出番が来るのはもう少し後になりそうです。


 読者の皆さんは、小説のタイトルから、この王宮の地下にある迷宮の存在をすでに知っていますが、そんな場所をいきなり彼らが案内してもらえる訳ないですよね。物事には順序があります。

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