表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/62

第六十話 黄金の書棚の真実(2)

 マーガレットがレインに告げた言葉。 

 ──文書館員としてここで働き始めても、ひと月も持たずにいなくなる理由には、『王国創始記』が関係している。


 書棚の前に立つレインは、『王国創始記』に伸ばしかけていた手を思わず引っ込めた。指先が、わずかに震える。


「怖くなったかしら……。『王国創始記』という本の存在に」


 背後から、マーガレットの声が響く。

 レインは、振り返らずに尋ねた。


「マーガレットさんは……『王国創始記』を読みましたか?」


「いいえ。私は建国の歴史に興味ないもの。もしもシリウス殿下に命じられれば調べるけど──」


 マーガレットはわずかに肩をすくめて、続けた。


「今の私の任務とは関係ないわ」


 任務……。

 その言葉には、どこか含みがあった。


 彼女の任務とはカール陛下とマシュー館長の隠し事を暴くことだろうか。

 レインは書棚を見つめたまま、しばし思考を巡らせた。


 二人の隠し事。

 書棚の奥の隠し部屋。

 『王国創始記』の謎。

 そして、消えた史官たち。


 点のように散らばっていた出来事が、ゆっくりと線で結ばれていく。


「……ひょっとしたら」


 レインは静かに口を開いた。


「全部、繋がっているのかもしれません」


 マーガレットが眉を(ひそ)める。


「どういう意味?」


「シリウス殿下がおっしゃっていました。『王国創始記』の建国史には、嘘が混じっているかもしれないと」


 レインは言葉を選びながら続ける。


「もし史官たちが、その嘘に気づいたとしたら……」


 マーガレットの表情に影が差した。


「真相に辿り着いた者が、自ら去ったのか。あるいは──辞めさせられたのか」


 沈黙が広がる。


 やがてマーガレットがぽつりと呟いた。


「……まさか」


 レインは改めて書棚を見上げた。

 そこには五十四巻の『王国創始記』が整然と並んでいる。


(この先に、何がある……?)


 恐怖は、まだ消えていない。


 それでも、知りたい。

 真実を。


 レインは深く息を吸った。

 つま先を少し浮かせ、左上の本に手を伸ばす。


 第一巻。

 かつてここを訪れたとき、サラが覗いていた巻だ。


 だが──レイン自身は、まだ開いたことがない。


 革表紙を静かに引き抜く。

 初めて開く原典の第一巻。


 その冒頭には──王国建国の英雄、アルベルト・アステニアの幼少期が描かれていた。



 ◆◆◆



 アルベルト・アステニアは、南の大陸の最北に位置する、とある港町で生まれた。

 潮の匂いが絶えず漂うその町で、彼は二人の親友とともに育った。

 サントス・ガドリュー。

 カルナ・ストラート。


 後にサントスは剣の名手として、カルナは大魔法使いとして名を馳せることになる。だがこの頃の三人は、ただの少年少女にすぎない。毎日のように町中を駆け回り、海辺で遊び、夕暮れまで笑い合っていた。


 三人には、お気に入りの遊び場が二つあった。


 一つ目の遊び場は、アルベルトの家から、サントスの家(27番地)に向かって歩数を数えながらまっすぐ進み、辿り着いたら直角に右に曲がり同じ歩数だけ歩いた先にある。


 もう一つの遊び場は、アルベルトの家からカルナの家(51番地)に向かって、同じように歩数を数えながらまっすぐ歩き、辿り着いたら今度は左へ直角に曲がり同じ歩数だけ歩いた先だ。


 そして──。

 二つの遊び場のちょうど中間地点に、三人だけの秘密基地があった。


 親たちも知らない場所。

 三人だけが知る、その特別な場所からは、海が一望できた。


 アルベルトは、水平線を指差して言う。


「大人になったら、海に出るんだ……!」


 目を輝かせながら、彼は続けた。


「あの水平線の向こうに何があるか、この目で確かめたい! 二人も、一緒に行かないか?」


 サントスが笑う。


「いいよ!」


 カルナも頷いた。


「もちろん!」


 三人の声が、潮風の中に響いた。


 それから十年後──

 三人は本当に、水平線の彼方を目指して船を出した。



 ◆◆◆



 レインは首を(かし)げた。

 歴史書の冒頭として、あまりに穏やかな始まりだった。


 だが、妙な点がある。

 遊び場や秘密基地の場所が、やけに具体的なのだ。


 27番地のサントスの家、51番地のカルナの家……。

 なぜか二人の家の番地が明かされていて、まるで遊び場と秘密基地の場所を示唆しているかのようだ。


 しかし。


「……おかしい」


 レインは小さく呟いた。

 アルベルトの家の住所は書かれていない……。


 レインは目の前の書棚を見つめた。

 そして、ふと気がつく。


 この書棚──。

 本棚の一段の高さと、本の横幅がほとんど同じだ。


 九段、六列。

 整然と並ぶ背表紙が、まるで升目のように見えてくる。


 碁盤のように、きっちりと区切られた五十四の区画。

 左上に第一巻。

 右下に第五十四巻。


 その瞬間、レインの脳裏に一つの考えが浮かんだ。


(もしこれを……町の地図に見立てるなら)


 レインはゆっくりと二冊の本を抜き取った。


 第二十七巻。


 第五十一巻。


 その瞬間──


 かたっ


 書棚が微かに震えた。

 そして次の瞬間、書棚の奥から低く不気味な声が響いた。


「──機会は一度きり。秘密基地を探し当てよ」


 レインとマーガレットは同時に身構えた。


「誰!?」


 マーガレットが鋭く声を放つ。


 だが返事はない。

 ただ書棚の奥から、見えない何かがこちらを見ているような気配だけが残った。


 静寂──。


 マーガレットがゆっくりとレインを見る。


「……説明してくれる? あなた一体、何をやったの?」


 レインは第一巻の冒頭ページを開いたまま答えた。


「この話、ただの思い出話じゃありません」


「……?」


「場所を示す暗号です」


 マーガレットが眉を上げる。そして、レインの示したページを覗き込んだ。


「番地と巻数が対応しているってわけね……」


「はい、そうです」


「……でもアルベルトの家の場所がわからないわ。これじゃ、秘密基地の場所を見つけられないじゃない」


 マーガレットの言うように、レインも引っかかっていた。

 つい先ほどまでは──。


 レインは、静かに首を振った。


「アルベルト家の場所は関係ありません」


「?」


「どこから始めてもいいんです」


「仮に39番地がアルベルトの家としましょう。本の指示に従えば、二つの遊び場所は29番地と53番地になります。そして、その中間地点は──」


 レインは一拍間を置いてから、静かに告げた。


「……41番地」


 対応する巻は、第四十一巻──

 すべてが白紙の、(いわ)くつきの巻だ。


 マーガレットは納得のいかない様子で口を挟んだ。


「でも、それはアルベルトの家を39番地と仮定した場合の話で……」


「いえ、他の場所から出発しても同じことです」


「まさか……」


 マーガレットは指を動かしながら確かめる。

 しばらくして、小さく息を吐いた。


「……確かに」


 彼女は笑った。


「どこを起点にしても、四十一番地に収束する」


 レインは頷いた。


「アルベルトの家の住所の情報は、最初から必要なかったんです」




 二人は同時に棚へ手を伸ばした。


 第四十一巻。

 その背表紙を掴む。


「行きます」


「ええ」


 二人は同時に本を引き抜いた。


 次の瞬間──


 ゴゴゴゴ……


 書棚が大きく震えた。

 低い地響きが文書館に響く。


 黄金の書棚が、ゆっくりと虚空へ浮上していく。


 その奥に現れたのは──


 巨大な石の扉だった。

 扉の中央には紋章が刻まれている。


 亀。その甲羅に、蛇が絡みついていた。


 レインは息を呑んだ。


 紋章が──動いた。


 石の表面から剥がれ落ちる。

 蛇がうねり、甲羅が軋む。


 それはゆっくりと地面に降り立った。


 マーガレットが低く呟いた。


「……玄武」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ