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第五十九話 黄金の書棚の真実

 マーガレットは黄金の書棚を真っ直ぐ指し示した。

 彼女はこの書棚の奥に、消えた二人──カール陛下とマシュー館長──がいると言ったが、そもそもこの書棚に、“奥”という概念があるのだろうか?


「どういうことですか? この北壁が文書館の最奥ですよね?」


 レインが問いかけると、マーガレットは首を横に振った。


「そういうことにはなっている。でも、私の推理が正しければ、まだこの先があるはずよ」


「……いったい、どういう推理ですか?」


 レインが恐る恐る尋ねると、マーガレットはおもむろに説明し始めた。



 ◆◆◆


 〜マーガレットの話〜


 私はシリウス殿下とザハムート公爵の命により、カール陛下の身辺を以前から探っていたの。そして半月ほど前、カール陛下を尾行していた時、マシューとともに文書館の中央通路へ入っていくのを目撃して……。


 今日と同じように、二人の跡を追ったわ。

 だけどあの日も突然、二人の姿が消えてしまったの。この北壁で。


 あの日は、西の方角を必死に捜索したけど、結局、見つからなかった……。


 後日、そのことをシリウス殿下に報告したところ、私が二人を尾行して姿を見失ったのと同刻にシリウス殿下がたまたま東壁の近くにいたらしいの。でも殿下も、カール陛下とマシューを見かけなかった、と。


 そして、殿下が幼い日に同様の出来事を目撃していたことも教えてくれて……。


 私自身の体験と、シリウス殿下の話を突き合わせれば、この黄金の書棚の奥に、隠し部屋があることは、ほぼ間違いないのよ。



 ◆◆◆



 レインは彼女の話を聞いて、しばし考え込んだ。

 確かに、レインがシリウス殿下と文書館で一緒になった時に、彼は幼い日の記憶としてカール陛下とマシューの姿が突然消えたことを語っていた。彼はそれを“雲隠れ”と表現していたが、おそらく同じ内容をマーガレットにも話していたのだろう。そして今、目の前で起きていることも、“雲隠れ”に他ならない。


 彼女の話の中でもうひとつ引っかかることといえば、「半月ほど前」という言葉だ。カール陛下とマシューから聞いた話を思い返すと、文書館の入退出者などを記録するはずの“管理名簿”の魔法が停止したのも、同じ時期ではなかったか?


 レインは、まずはその点をマーガレットに問いかけた。


「半月ほど前といえば、文書館の管理名簿の機能が停止したことがあったんですよね……?」


 その問いかけに、マーガレットは驚いたように目を見開いた。


「……よく知っているわね。マシューから聞いたの? あぁ、その日だよ。私が陛下を追跡してここに来たのは……」


 しばらく間を置いたあと、マーガレットは再び口を開いた。


「今更隠してもしょうがないから言っておくと、管理名簿を停止させたのは、私なのよ」


「……どういうことですか?」


「あれは本当に偶然だった。陛下を見失った後、西の方角を捜索したときに、たまたま管理名簿を見つけたの……。それで、その日の入退出記録を消すとともに、記録機能そのものを丸一日停止させた。まあ、私の力ではなく、文書館に宿る古い魔法の力を借りたのだけれど……」


「……?」


 偶然だったとか、文書館に宿る古い魔法の力とか、さっぱり分からない。

 レインが首を(かし)げていると、マーガレットが付け加えた。


「まあ、そのことは、今はどうでも良い。本題は、黄金の書棚の奥の隠し部屋よ」


 どうでもよくはないのだが、確かに物事の優先順位を考えれば、レインも黄金の書棚の奥の隠し部屋の方が今は気になる。


「本当に隠し部屋があるんですか? ここからどうやって調べるんです?」


 その問いかけに対し、マーガレットはお手上げであるかのように、両手を広げた。先程までの勢いはどこへ行ったのか、彼女は弱々しい声で静かに言った。


「私も隠し部屋の仕掛けは知らないわ。以前、書棚を色々触ってみたけど何も起きなかったし……。だから今日は、ここでおとなしく待つのよ。彼らが戻ってくるのを。これまでは見失った二人の姿を探しに他の場所をうろついてしまったけど、今日はそんなことしない。じっとここで見張っているの。彼らが戻ってきたら、とっ捕まえて、問いただす……!」


 彼女は黙ってその場に座り込み、真っ直ぐ書棚を睨んだ。

 あまりの無策っぷりに、レインは思わずため息をついた。

 彼女とは少し距離を離れたところに座り込んでから、呆れた口調で言った。


「捕まるのはあなたのほうじゃないですか? あなた、今は指名手配犯ですよ。陛下の身辺調査か何か知りませんが、夜な夜な陛下の執務室に侵入したり、挙句の果てに毒殺しようとしたりして……」


 マーガレットは軽く鼻で笑って、反論した。


「私を果たして捕まえられるかしらね……。せめてアレクやグレナがいないと私には対抗できないわよ。あなたのお仲間の剣士兄妹もなかなかに手強いけれど……。それと、そもそも私は陛下を殺そうとはしていないわ。死なない程度の毒の量にとどめていたのよ。それでも本来ならもっと後遺症で苦しんで国中が大騒ぎになるはずだった……。なのに今日、どうして何事もなかったかのように動けているのかは謎でしかないわ」


 口の軽そうなマーガレットに対し、レインはさらに追及を深めた。


「国中を混乱させた挙句、レイフェルド司祭を招聘して、祈祷させるつもりだったんですよね? イスリナ神教をさらに広めるのが目的ですか?」


 マーガレットは驚いた表情で一瞬だけレインに顔を向けた。

 そしてすぐに書棚に目線を戻して、感心したように声を上げた。


「あら、察しがいいのね。まあ、だいたいそんなところよ。この国の安定した統治にはイスリナ神教が必要だって世に知らしめるためにね。それに、後遺症が長引けば陛下は王国議会に参加できなくなる。そうすれば代理でシリウス殿下が議長となって、議題を進めることになるわ……」


 そこで彼女は言い淀んだが、レインには察しがついた。


「イスリナ神教を国教に定める案を通すためですね?」


 マーガレットはにやりと口角を上げた。


「本当によく知っているのね……。そうよ、それで万事うまくいくはずだった。王弟派は計画の練り直しを迫られるでしょうね……」


「僕にそんなに喋っちゃってもいいんですか? どこか他人事(ひとごと)ですね」


「さあ、どこまで喋っていいのかは私にも判断つかないわ……。でもね、私はあなたが王弟派に寝返ってくれるって信じているのよ。イスリナ神教を信仰しているみたいだし、殿下もあなたのことを気に入っていたわ」


 マーガレットの柔らかな声が文書館に木霊(こだま)した。

 レインはしばらく沈黙してから、諭すように言った。


「僕は寝返らないですよ。あなた方が強引な手段を使っている限り。そもそも、“陛下の後遺症が長引いてくれれば万事うまくいくはずだった”って言いますけど、もし手違いで陛下が本当に亡くなってしまっていたらどうするつもりだったんです? まさかシリウス殿下が跡を継いで万事解決なんて言わないですよね?」


 レインの追及に対し、マーガレットは乾いた笑いを返した。


「ふふふ……。陛下は死なないわ。万が一、毒が効き過ぎた場合でも、私たちには奥の手があったのよ。陛下を殺さずに済むための」


「……まさか、毒茸の解毒法を知っているんですか?」


 マーガレットが笑みを深めた。


「まあ、それに近いわ。当初の予定では、レイフェルド司祭の祈祷の後、タイミングよく陛下に解毒処置を施す予定だった。それでイスリナ神教の力で陛下が治癒したと大衆に信じ込ませることが真の狙いだったのよ……。残念ながらそこまでうまく行かなかったけれど」


「解毒は具体的にどういう方法なんですか?」


マーガレットは返答を少し躊躇う様子を見せた後、苦笑いした。


「……いくら口の軽い私でも、まだ味方になってもいないあなたに、それは教えられないわ」


 マーガレットがそれから硬く口を閉ざしたため、しばし沈黙が流れた。

 仮にレインが厳しい口調で同じ質問を繰り返したとしても、彼女は決して答えなさそうに見えた。レインは代わりに他のことを聞いてみることにした。


「……じゃあ、陛下の執務室に夜に侵入していた理由を教えてください」


 マーガレットはレインからの直球の質問に呆れた様子だ。


「身辺調査よ。それ以上は教えられないわ。あなた、賢いように思ったけど、馬鹿みたいに単純な質問もするのね」


 マーガレットがまた笑い声を上げた。

 その間も、書棚を見つめる彼女の視線は変わらず鋭かった。



 再びその場に沈黙が落ちた。

 レインはこれ以上、質問することが浮かばない。

 ただ目の前の本を見て、どうしても言わずにはいられないことがあった。


「あの……ただ待っているだけなら、本を読んでいてもいいですか? 目の前の『王国創始記』を見たいんです」


 マーガレットが少しだけ困惑した表情を浮かべた。


「別に私の許可取りなんて不要だけど……あなた、目の前の本が『王国創始記』って知っていたのね?」


 確かに、背表紙には数字以外は何も書かれていないのだから、誰かに教えてもらわない限り、目の前の本が『王国創始記』と知ることはできないだろう。


「ええ、一度ここに来て、本を手に取ったことがありますから」


 レインは、王宮見学の時にここを訪れて、『王国創始記』の一部を覗いたことをマーガレットに告げた。本の秘密については明かさないようにしたが……。


 マーガレットはまた驚いたようだ。


「文書館を案内されたことは知っていたけど、まさかこんな奥まで来ていたなんて思いも寄らなかったわ。それに『王国創始記』を覗いていたとは……。だけど、その本を読み漁るのは気をつけた方がいいわよ」


「……どういう意味ですか?」


「文書館員が誰もいない理由よ──。文書館員としてここで働き始めた史官たちがひと月も持たずにいなくなってしまう裏には、『王国創始記』が関係しているの、おそらく……。普通に職務が辛くて辞めていく人もいるみたいだけど、理由も分からず辞めていく人たちの動きには共通点があって。──辞める直前に『王国創始記』を読んでいるのよ、全員」


 その言葉に、レインはごくりと唾を飲み込んだ。

『王国創始記』に伸ばしかけていた手が小刻みに震える。

 今まであんなに読みたかった本なのに、この瞬間、底知れぬ恐怖心がレインの心を覆い尽くした。


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