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第六話 王宮からの招待

 この国の暦では、「七日単位」が一つの区切りになっている。

 毎朝、日の出と共に王宮の鐘が王都一帯に響き渡る。

 その鐘の数は、一ツ鐘、二ツ鐘、三ツ鐘……と日ごとに増えていき、七ツ鐘が鳴った翌日は、また一ツ鐘に戻るという周期が繰り返される。


 河川敷で泥棒を捕まえた昨日は、七ツ鐘の日だった。

 そして今朝は鐘が一つ鳴った。

 つまり、招待状に記された「次に二ツ鐘の鳴る朝」とは明日の朝のことである。


 招待状がなぜ届いたのか? レインたちは、ハルシュなら何か知っているかもしれないと思い、昨夜から今朝にかけて何度も尋ねていた。

 しかし、ハルシュは白い髭を触りながら穏やかな表情で同じ答えを繰り返すばかりだった。


「なぜ招待状が届いたのか……私に分かることではありませんよ。差出人である国王陛下に、じかにお尋ねいただくしかないでしょう」


 ランドリーは昨日の様子について尋ねる。


「昨日の昼間には誰が招待状を届けに来たのですか?」


 ハルシュはちょっと上を見て、昨日のことを思い出すような仕草で答える。


「それは確か王宮からの使いと名乗る衛兵でしたよ。まさか偽者ということはないと思いますよ。そもそも招待状に玉印があって正真正銘の本物ですからね」


 今度はサラが問いかける。


「玉印が偽物ってことはないの?」


 ハルシュの表情が少しだけ歪む。


「恐ろしいことを言いますね。玉印の偽装は大罪ですよ。そんなことは誰もするはずがないと思いますし、あの精巧な印が偽造だと本当に思いますか?」


 そう言われてはサラも押し黙るしかない。


 結局、いくら問答を重ねても、王宮に招待される理由はまるで分からなかった。

 喜びよりも戸惑いが勝ち、不安ばかりが胸を満たしていく。

 そもそも、国王陛下が一介の民にすぎない自分たちの名を、なぜ知っておられるのか──そのこと自体がとても不思議だった。

 たしかに「青年自警団」として町の一角では少しばかり名が知られつつあったかもしれないが、その噂が王宮にまで届くなど、にわかには信じがたかった。


 ハルシュは、そこでぱんっと手を叩いた。


「まあまあ、皆さん。悩んでいても始まりませんよ。招待された以上、無視するわけにはいきませんから、明日には4人揃って王宮に向かうことになるのです。粗相のないように陛下の御前での礼儀作法を教えねばなりませんね。それに、王宮訪問に相応しい綺麗な服も用意しないと」


 ハルシュは何やら張り切っている様子である。


「ハルシュ様は、国王陛下に直接お会いになられたことがあるのですか?」


 レインが前向きに気持ちを切り替えつつ尋ねると、ハルシュは白い髭を触りながら答える。


「まぁ一応教会の神父として聖職に従事する身分ですからねぇ。一年に一度、新年の儀の時に王宮の大広間でお会いしていますよ」


 確かに言われてみれば、ハルシュが毎年、新年になると王宮に赴いていたことを思い出す。その時の礼儀作法を自分たちに教えてくれるということなのだろうと、レインは納得した。


 それからすぐに、ハルシュの礼儀作法の指導が始まった。言葉遣いや、礼の作法、何か意見やお願いを具申する時の所作など丁寧に教えてくれた。普段は何事にも優しく褒めることしかしないようなハルシュが、今日はいつもより厳しく指導しているように感じられた。


 レインやシトラスは一通りの所作をすぐに記憶し習得できたが、ランドリーとサラは、こういった作法を覚えるのは苦手だった。礼の角度だけは剣術稽古で鍛えられたためかとても美しかったが、言葉遣いはちょっと油断すると日常に戻ってしまうようだ。

 しばらく指導を繰り返してもうまくいかず、ハルシュはため息をついて呟いた。


「まぁ国王陛下はお優しい方ですから、よほど粗相をしない限り大丈夫でしょう」



 昼過ぎになると、衣服を見繕うためにわざわざ一緒に街まで買いに出かけた。ハルシュは、1人1人の試着をじっくりと観察した。似合う服が見つかると、それがいくら高価であろうとも気にすることなく、「これを買います」と言って金銭を支払った。


 衣装を購入した夕暮れの帰り道、四人とも嬉しさ半面、さすがにお金のことが心配になっていた。にこやかな表情を大概崩さないシトラスもこの時ばかりは心配そうな表情でハルシュの様子を窺う。


「ハルシュ様。こんなに美しい服を買っていただけるのは、大変光栄でこの上なく嬉しいのですが、その……あの……お金のほうは大丈夫でしょうか?」


 遠慮しつつも直接的な聞き方が可笑(おか)しかったのか、ハルシュは微笑んで答える。


「君たちが気にすることはないよ。私がただ買いたくて買っただけのことだから」


◆◆◆


 四人とも明日には王宮を訪問するという実感が湧かず、ふわふわとした気分のままだったが、その夜もあっという間に()けていった。


 夜明け前、空の(きわ)が少しずつ明るくなり始めた頃、四人はやや寝不足の中、昨日街で買ってもらった衣装を身にまとい、出発の準備をしていた。


「あの……木刀であれば帯刀しても大丈夫でしょうか?」


 恐る恐るランドリーがハルシュに確認を取る。ランドリーはいつも外出時には木刀を携えているので、それが無いと落ち着かないのだろう。レインはランドリーの気持ちを推し量りつつ、木刀といえどもさすがに帯刀は駄目だろうなぁと想像した。

 だが、ハルシュはそれをあっさり許した。


「剣士たるもの、命と等価の刀を携帯するのは当然のこと。もし真剣であれば、危険視されて王宮に入る時に一時預かりの扱いを受ける可能性はあり得ますが、木刀ならばまず問題はないと思います。判断するのは王宮の方々ですが」


 ハルシュの意外な答えに、レインは内心拍子抜けしていた。一方のランドリーはとても嬉しそうである。


「ならば私も木刀を帯刀いたします」


 サラもランドリーに釣られて木刀を携えることにしたようだ。

 さらに釣られて、シトラスが遠慮がちにハルシュに尋ねる


「あの、私は図鑑を持っていきたいです。図鑑もお守りみたいなものなので……」


「遠慮することはないよ。好きな図鑑を鞄に入れて持っていくといい」


 ハルシュは微笑みながら返事し、シトラスの顔がぱぁっと明るくなる。

 そして、レインはこのままだと自分だけ手ぶらになってしまう、と気づいた。


「僕も好きな本を入れて持っていくことにします……」


 そう言って、急いで鞄と本を取りに自分の部屋に向かった。

 正直、本を持っていく必要は全くないし、ただ重くなるだけだからむしろ邪魔になるのだが、やはり自分だけ手ぶらというのは決まりが悪く思えた。レインは鞄の中に読みかけの『王国創始記』の第四巻を突っ込んで、鞄を背負った。


 さて、ようやく全ての準備が整った頃、二ツ鐘の音が小さく聞こえた。


 四人はハルシュの前に並び、代表してランドリーが挨拶する。


「それでは、王宮に行って参ります」


 ハルシュは皆の顔を今一度見て、優しい口調で声をかける。


「行ってらっしゃい。四人にイスリナ神のご加護があらんことを祈ります」


 ハルシュは胸元のペンダントをぐっと握りしめた。それを見て、レインも自分のペンダントを握り締める。他の三人もまた同じ所作をしている。


(きっと今日は最高の良き日になるはず。イスリナ神に感謝──)


 こうして四人は王宮に向けて出発した。


◆◆◆


 四人の背中がだんだんと遠くなる。

 ハルシュはその姿が完全に見えなくなるまで手を振っていた。

 シトラスとレインの後ろ姿を見ながらハルシュはふと思う。

 (鞄も買ってあげればよかったな。何だかちょっと服と不釣り合いだ……)


 さて、王宮に出発するまででなんだかんだ一話分かかってしまいましたね……。

 招待状を受け取ったのだから、嬉々として王宮に突っ込めばいいのに、四人とも慎重ですね……。

 周到に準備することに越したことはありませんが。


 さて、兎にも角にも、次の話で、やっと王宮に入ることになるはずです!

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