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第六話 王宮からの招待

 毎朝、日の出とともに王宮の鐘が王都一帯に響き渡る。

 その鐘の数は、一ツ鐘、二ツ鐘、三ツ鐘……と日ごとに増えていき、七ツ鐘が鳴った翌日は、また一ツ鐘に戻るという周期が繰り返される。


 レインたちが、王宮からの招待状を受け取った昨日は、七ツ鐘の日だった。

 そして今朝、聞こえてきた鐘の数は一つ。


 その鐘の音で目を覚ましたレインは、起きて早々、机の上の招待状に手を伸ばした。「もしかたら昨夜の記憶は夢かもしれない」と思い、もう一度、その中身を確認してみる。



『親愛なるランドリー・エバンス、サラ・エバンス、レイン・オリバー、シトラス・ウォーカー殿、

 あなた方をわが王宮にご招待いたします。

 次に二ツ鐘の鳴る朝、王宮の入り口、守礼門にお越しください。

 アステニア王国第十八代国王 カール・アステニア《玉印》』



(ああ、やっぱり夢じゃない。紛れもなく本物だ……)


 招待状に記された「次に二ツ鐘の鳴る朝」とは、明日の朝のことだろう。


 レインは、招待状のことをぼんやりと考えながら、顔を洗って着替えを済ませ、広間へと向かった。そこには、幼馴染たち三人と神父ハルシュがすでに集まり、こんがり焼けたパンや湯気の立つスープを食卓に並べていた。

 

「おはよう! 遅れてごめん!」


 レインは笑顔で声をかけ、食事の支度に加わった。


 やがて全員が席につき、温かな朝食に手を伸ばしはじめた。

 その場の話題は、やはり招待状のことに集中した。


 口火を切ったのはランドリー。


 「なんで招待状が届いたのか、ハルシュ様は本当にご存じないのですか?」


 レインたちは昨夜も同じ問いを何度も繰り返していた。だが返ってくる答えは決まって「分からない」の一言だった。一晩経っても、ハルシュの様子は変わらず、白い髭を撫でながら、穏やかな表情で同じ答えを返した。


「なぜ招待状が届いたのか……私に分かることではありませんよ。差出人である国王陛下に、じかにお尋ねいただくしかないでしょう」


 ランドリーは昨日の様子について重ねて尋ねる。


「昨日の昼、誰が招待状を届けに来たのですか?」


 ハルシュはちょっと上を見て、昨日のことを思い出すような仕草で答える。


「それは確か王宮からの使いと名乗る衛兵でしたよ。まさか偽者ということはないと思いますよ。そもそも招待状に玉印があって正真正銘の本物ですからね」


 今度はサラが問いかける。


「玉印が偽物ってことは……?」


 ハルシュの表情が少しだけ(ゆが)む。


「恐ろしいことを言いますね。玉印の偽装は大罪ですよ。そんなことは誰もするはずがないと思いますし、あの精巧な印が偽造だと本当に思いますか?」


 そう言われてはサラも押し黙るしかない。


 結局、いくら質問を重ねても、王宮に招待される理由はまるで分からなかった。

 喜びよりも戸惑いが勝ち、不安ばかりが胸を満たしていく。

 そもそも、国王陛下が一介の民にすぎない自分たちの名を、なぜ知っておられるのか──そのこと自体がとても不思議だった。

 たしかに「青年自警団」として町の一角では少しばかり名が知られつつあったかもしれないが、その噂が王宮にまで届くなど、にわかには信じがたかった。


 ハルシュは、そこでぱんっと手を叩いた。


「まあまあ、皆さん。悩んでいても始まりませんよ。招待された以上、無視するわけにはいきませんから、明日には四人揃って王宮に向かうことになるのです。粗相のないように陛下の御前での礼儀作法を教えねばなりませんね。それに、王宮訪問に相応しい綺麗な服も用意しないと」


 ハルシュは何やら張り切っている様子である。


「ハルシュ様は、国王陛下に直接お会いになられたことがあるのですか?」


 レインが前向きに気持ちを切り替えつつ尋ねると、ハルシュは白い髭を触りながら答える。


「まぁ一応教会の神父として聖職に従事する身分ですからねぇ。一年に一度、新年の儀の時に王宮の大広間でお会いしていますよ」


 確かに言われてみれば、ハルシュが毎年、新年になると王宮に赴いていたことを思い出す。その時の礼儀作法を自分たちに教えてくれるということなのだろうと、レインは納得した。




 朝食の後、すぐにハルシュの礼儀作法の指導が始まった。言葉遣いや、礼の作法、何か意見やお願いを具申する時の所作など丁寧に教えてくれた。普段は何事にも優しく褒めることしかしないようなハルシュが、今日はいつもより厳しく指導しているように感じられた。


 レインやシトラスは一通りの所作をすぐに記憶し習得できたが、ランドリーとサラは、こういった作法を覚えるのは苦手だった。礼の角度だけは剣術稽古で鍛えられたためかとても美しかったが、言葉遣いはちょっと油断すると日常に戻ってしまうようだ。

 しばらく指導を繰り返してもうまくいかず、ハルシュはため息をついて呟いた。


「まぁ国王陛下はお優しい方ですから、よほど粗相をしない限り大丈夫でしょう」




 昼過ぎになると、王宮にふさわしい衣服を買い揃えるために、わざわざ一緒に市場へ出かけた。ハルシュは、一人一人の試着をじっくりと観察した。似合う服が見つかると、それがいくら高価であろうとも気にすることなく、「これを買います」と言って金銭を支払った。


 夕暮れの帰り道、四人とも嬉しさ半面、さすがにお金のことが心配になっていた。にこやかな表情を大概崩さないシトラスもこの時ばかりは心配そうな表情でハルシュの様子を(うかが)う。


「ハルシュ様。こんなに美しい服を買っていただいて、とても嬉しいのですが、その……あの……お金のほうは大丈夫でしょうか?」


 遠慮しつつも率直すぎる聞き方が可笑(おか)しかったのか、ハルシュはふっと微笑んだ。


「君たちが気にすることはないよ。私がただ買いたくて買っただけのことだから」


 その声音には、満ち足りたような響きがあった。



◆◆◆



 空に星々が瞬く、静かな夜。

 部屋の灯りを落とした後も、四人はふわふわとした気分でなかなか寝付けず、ただ時間だけが過ぎていった。



 夜明け前、空の(きわ)が少しずつ明るくなり始めた頃。

 四人は寝不足のまま新調した衣服を身にまとい、広間に集まった。


「あの……木刀であれば帯刀しても大丈夫でしょうか?」


 恐る恐るランドリーがハルシュに確認を取る。ランドリーはいつも外出時には木刀を(たずさ)えているので、それが無いと落ち着かないのだろう。レインは彼の気持ちを推し量りつつ、木刀といえどもさすがに帯刀は駄目だろうなぁと想像した。

 だが、ハルシュはそれをあっさり許した。


「剣士たるもの、命と等価の刀を携帯するのは当然のこと。もし真剣であれば、危険視されて王宮に入る時に一時預かりの扱いを受ける可能性はあり得ますが、木刀ならばまず問題はないと思います。判断するのは王宮の方々ですが」


 ハルシュの意外な答えに、レインは内心拍子抜けしていた。一方のランドリーはとても嬉しそうである。


「それなら私も木刀を持っていきます!」


 サラも、兄ランドリーに釣られて木刀を携えることにしたようだ。

 さらに釣られて、シトラスが遠慮がちにハルシュに尋ねる。


「あの、私は図鑑を持っていきたいです。図鑑もお守りみたいなものなので……」


「遠慮することはないよ。好きな図鑑を(かばん)に入れて持っていくといい」


 ハルシュは微笑みながら返事し、シトラスの顔がぱぁっと明るくなる。

 そして、レインはこのままだと自分だけ手ぶらになってしまう、と気づいた。


「僕も好きな本を入れて持っていくことにします……」


 そう言って、急いで鞄と本を取りに自分の部屋に向かった。

 正直、本を持っていく必要はまったくないし、ただ重くなるだけだからむしろ邪魔になるのだが、やはり自分だけ手ぶらというのは決まりが悪く思えた。レインは鞄の中に読みかけの『王国創始記』の第四巻を突っ込んで、鞄を背負った。




 そして、出発の準備がちょうど整った頃、二ツ鐘の音が小さく聞こえた。


 四人はハルシュの前に並び、代表してランドリーが挨拶する。


「それでは、王宮に行って参ります」


 ハルシュは皆の顔を今一度見て、優しい口調で声をかける。


「行ってらっしゃい。四人にイスリナ神のご加護があらんことを祈ります」


 ハルシュは胸元のペンダントをぐっと握りしめた。それを見て、レインも自分のペンダントを握り締める。他の三人もまた同じ所作をしている。


(きっと今日は最高の日になるはず。イスリナ神に感謝──)


 こうして四人は王宮に向けて出発した。



◆◆◆



 四人の背中がだんだんと遠くなる。

 ハルシュはその姿が完全に見えなくなるまで手を振っていた。


 シトラスとレインの後ろ姿を見ながら、ハルシュはふと思う。

 (鞄も買ってあげればよかったな。なんだかちょっと服と不釣り合いだ……)


 さて、王宮に出発するまででなんだかんだ一話分かかってしまいましたね……。

 招待状を受け取ったのだから、嬉々として王宮に突っ込めばいいのに、四人とも慎重ですね……。

 周到に準備することに越したことはありませんが。


 さて、兎にも角にも、次の話で、やっと王宮に入ることになるはずです!

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