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第五十四話 その光、万能につき

 突然、マーガレットの手から放たれた閃光。

 その光が消え、皆の視界が戻った時には、彼女の姿は忽然(こつぜん)と消えていた。


 閃光は、レインが二日前に文書館で目にしたものと同じ。

 また、ランドリーとサラも、昨夜同じものを目撃していた。


(なぜ光魔法が……? それに、瞬間移動魔法まで……)


 レインをはじめ皆が呆然と立ち尽くしていた。

 その中で最も動揺した表情を見せたのは、グレナ魔法師団長だった。

 彼女は、目の前の光景が信じられない様子で目を見開き、硬直している。


 重苦しい沈黙を破ったのは、レインだった。


「結界で魔法を封じていたんですよね……? なのにどうして閃光が……?」


 グレナが呆然とした表情のまま答える。


「……あれは強烈な光じゃったが、わしの知る光魔法とは違った。しかも、あの光の放出と同時に、部屋に張り巡らせていた特殊結界が崩壊してしまったのじゃ。その結果、魔法の使用が可能になり、奴は瞬間移動魔法で逃げた……」


 彼女の言葉を聞き、レインは昼間にシリウス殿下が中庭で語っていた内容を思い出した。本来は、それをカール陛下に伝えるつもりで陛下の執務室に向かったのだが、毒騒動のせいでその件が頭から抜け落ちていたのだ。


(そうだ……。シリウスは、文書館での「光の使用」は認めていた。だけど、彼は「光魔法」とは呼ばず、あたかも別の力であるかのように語っていた……!)


 脳裏に、彼の言葉が鮮明に蘇る。


『私が放った光の根源をたどると、君たちの胸元のペンダントに宿る力と同じところに行き着く。果たしてそれを“魔法”や“魔力”と呼ぶべきなのかどうかは、人によって意見が分かれるだろう』


 レインは、今更ながら皆にその件を打ち明けた。


「もっと早く伝えられていれば……。ごめんなさい」


 レインは小声で謝ったが、誰も責めてはこなかった。事の成り行き上、今まで報告する時機がなかったことを皆が理解してくれているようだった。


 グレナは深刻な表情で、ほとんど独り言のように呟いた。


「従来の魔法では説明つかぬ……未知の力、か」


 やがて彼女は落ち着きを取り戻した様子で、執務室の奥の机に歩み寄る。

 書類の下に隠していた猫型の映像記録装置を手に取り、指先で操作を始めた。


 マシューが問いかける。


「どうだ? 記録は残っているか?」


 映像を確認したグレナは、力なく首を横に振った。


「……強烈な光で真っ白になっておる。直前までは映っておるが、彼女はただ両手を上げているだけ。特別な動きは見られん」


 そこで、アレクが会話に入る。


「……とにかく至急、マーガレットを指名手配し、捜索隊を動かします。アイリーにも指示を出し、偵察部隊の一部も投入しましょう。……光の件は、シリウス殿下から聞き出すしかないのでは?」


 グレナは腕を組み、低く唸る。


「……しかし、真正面から聞いても、はぐらかされるだけじゃろう。易々とは教えてくれまい」


 彼女は考え込む様子で視線を落とした。


 レインも同意見だった。中庭で会話した時も、シリウス殿下は光の正体を(かたく)なに隠していた。

 ──だがその瞬間、当時の会話の続きが蘇り、代案を閃いた。


「ペンダントに関連した力なら、ハルシュ様が何か知っているかもしれません! ちょうど追跡しているならば、偵察員がハルシュ様に堂々と接触して、直接聞いた方が確実では……!」


 その提案に、グレナが顔を上げる。

 アレク、マシュー、レイチェルの顔に、肯定の表情が浮かんでいた。


「それだと、もはや偵察ではなくなってしまうが……それが最善策かもしれんな」


 マシューがそう告げると、他の重臣ら三人も静かに頷いた。

 その直後、アレクはマーガレットの捜索とハルシュへの接触の指示を出すため、足早に執務室を後にした。


 しばらくして、今度はレイチェルがふと思い出したように口を開く。


「昨夜、見張り予定だった衛兵二人のことが心配です……! 彼らは宿舎の自室に閉じこもっているのでしょうか。夜勤の医官や衛兵に協力を仰ぎ、すぐに確認してきます」


「ああ、頼む」


 マシューの返答を聞くと、レイチェルもまた執務室から去っていった。






 部屋に残るのは、レインたち四人と、マシュー、グレナ。


 マシューが静かに呟いた。


「陛下の執務室への侵入は、マーガレットが犯人で間違いあるまい。だが……毒茸の件まで、すべて彼女ひとりの仕業だろうか?」


 グレナは小さく首を振った。


「いや、単独でこんな大それた事をしたとは思えんし、そこまでする動機も見えん。ザハムート公の関与は間違いないだろう」


 その言葉に、レインも同意して口を挟んだ。


「マーガレットの供述は、あえてすべてを自分の罪だと装っていたように感じます。ザハムート公を庇っていたのでは……。それに、彼女も“イスリナ神教”のペンダントを身に付けていました。それも気になります」


 シトラスも頷き、言葉を重ねる。


「彼女、『執務室の侵入後、中庭に移動して毒茸の培地を埋めた』って言っていましたけど、そもそも培地を持ってこないといけないわけですから、培地を保管していた場所?──おそらく彼女自身の部屋だと思いますが、そこに取りに戻ったのでしょうか? ちょっと無理がありませんか?」


 グレナが眉を寄せる。


「確かにそうじゃな……。マーガレットが瞬間移動魔法の使い手だったにしても、そう何度も遠隔の移動を繰り返せたとは思えん。それに、ランドリー君たちの証言で、彼女は、自強化魔法を昨夜使っていた疑いもある。わしの推測に過ぎぬが、その効力が切れかけたことで、戦闘途中で執務室から撤退したのではないだろうか。だとすれば、その後、自強化の反動で相当苦しかったはずじゃ。今日の仕事の休みを事前に取得していたのも、自強化魔法の反動を考慮していたからではないかと考えると、辻褄が合う」


 レインはその推測に頷き、心の奥で妙な納得を覚えた。

 そして皆一様に、先程までの取り調べの内容を思い出しながら黙り込んだ。


 やがてランドリーが口を開いた。


「結局、彼女は昨夜、陛下の執務室で何をしていたんでしょう? それは結局わからずじまいでした」


「……」


 答えは誰からも出ず、重苦しい沈黙だけが再び流れる。

 しばらくして、マシューが別の点を問いかけた。


「毒茸に関して、もうひとつ気になっていることがある。陛下の容態が一旦安定したのは良かったが、何か後遺症はあるのか? シトラス君、教えて欲しい」


 皆の視線が一斉にシトラスに集まり、彼女は緊張を(にじ)ませながら答えた。


「腹痛の回復には個人差がありますし……これから数日は頭痛や眩暈(めまい)に襲われるかもしれません。倦怠感が長く続く可能性もあります。薬で多少は抑えられると思いますが……」


 マシューの表情が曇り、小さく呟く。


「そうか……。四日後には王国議会だ。いや、もう日付が変わっているから三日後か……。陛下は議長として支障なく役目を果たせるだろうか? どうか、一日でも早く回復されればいいが……」


 その言葉に、皆が黙り込む。

 それは、神のみぞ知ること。

 マシューたちは、陛下の一刻も早い回復をただ祈るしかなかった。



 ◆◆◆



 少しだけ時間を遡り、毒騒動で医務室がまだ慌ただしさに包まれていた頃。

 その近くに位置する広い病室では、昨晩脇腹を刺されて重傷を負ったライルが、一人ベッドに横たわっていた。


 昼間にずっと寝ていたせいで、目は冴えている。

 起き上がることもできず、ただ退屈に天井を眺めていた。


(……なんだか騒がしいな。何かあったのかな?)


 廊下や医務室から、せわしない足音と声が微かに伝わってくる。だが耳を澄ませても、誰の声かまでは判別できなかった。


 しばらくして、事情を悟った。

 陛下と毒味役の女性が、ベッドごと病室に運ばれてきたのだ。


 最初は誰かわからなかったが、横目でその人物の顔を覗き見て、ライルは思わず息を呑んだ。


「……陛下!」


 カール陛下は穏やかに眠っていて目を覚まさなかった。

 そばにいた若い男性医官が「しっ」と指を立てて制し、ライルは慌てて口を閉ざした。


 やがてその医官がライルのそばに寄ってきて、声を潜めて事情を少しだけ説明してくれた。──陛下が毒茸を食べたと知るや、ライルは激しく動揺した。色々気になって質問を重ねるが、医官は多くを語らず、「詳しくは私もわかりません」とだけ告げて離れていってしまった。


 陛下と同室という状況に、ライルは落ち着かず、ますます眠気が遠のいていく。

 しばらくして、もう一人スカーレット料理長も病室に運ばれてきた。話し相手になってくれるかと期待したが、彼女もすぐに寝てしまった。






 どれほど時間が過ぎただろうか?

 起きているのは、ライルと医官だけ。


 突然、陛下が「う……」と低く(うめ)き、苦しそうに激しく身をよじった。

 付き添っていた医官がすぐに駆け寄る。


「陛下! どこが痛みますか?」


 医官は慌ててベッド横の緊急呼び出し用のボタンを押そうとした。


 ──その時。

 病室の扉が音もなく開き、一人の重い足音が近づいてきた。


 現れた人物は、呼び出しボタンを押そうとした医官の手を静かに押さえ、首を横に振った。さらに口元に指を立て、医官とライルに沈黙を促す。


 時間が止まったかのような感覚。

 その人物は陛下の額にそっと手を置いた。


 次の瞬間、その手から白い光が漏れ出し、陛下の全身を優しく包み込んだ──。



 ◆◆◆



 翌朝。

 陛下は穏やかに目を覚ました。

 体の痛みはどこにもなく、気持ち悪さやだるさもまったくないという。

 昨晩の病室での出来事については何も記憶がないらしい。


 不思議なことに、ライルも医官も、その夜のことをはっきり思い出せなかった。


(あれは、いったい誰だったのか?)


 その人物の顔も服装も目にしていて、当時は誰かはっきり認識していたはずなのに、思い出そうとすると、まるで焦点が合わず、人物像が霞んでしまう。


 ただ一つだけ確かなことがある。

 その人物が放った光によって、陛下の毒の症状は跡形もなく消えていた──。


これにて毒騒動編は完結。


王国議会は、三日後──。


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