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第四十九話 毒騒動は終わらない(2)

 レイン、サラ、シトラス、そしてレイチェルが寄り添う形で、カール陛下と侍従の女性は医務室へとゆっくり歩を進めた。

 ランドリーは別の指示を受け、スカーレット料理長の捜索に向かうべく、足早に執務室を後にした。


 夜の廊下は静まり返り、靴音だけが響いていた。

 陛下と侍従の女性は苦悶に顔を歪めながら腹を押さえ、俯いたまま足を運ぶ。

 四人はその姿を隠すように、自然と周囲を囲んで歩みを合わせた。


 だが、すれ違う人々の視線までは遮れない。

 怪訝(けげん)そうに振り返る者、ひどく動揺して足を止める者。誰もが「いったい何があったのか」と無言で問いかけてきたが、レインたちは答えず、ただ沈黙を保って進んだ。


 そもそもレイン自身も、まだ事情を掴みきれていない。

 レイチェルから「陛下が毒茸を口にした可能性」を聞いただけで、そこに至る経緯や、毒茸の危険性については知らされていない。


 医務室まで移動するとなれば、毒の隠蔽はもはや難しく、怪しい噂となって瞬く間に広がってしまうだろう。それでも──二人を執務室内に留めるよりも医務室での治療を優先するべき、とレイチェル医局長は判断したのだ。

 レインは、彼女の決断を慮りながら、毒の危険性について考えた。


(そんなに……危険な毒なのか?)


 不安が胸の底で膨らんでいく。

 恐る恐る陛下を見やれば、血の気が失われて白くなった顔、汗に濡れる額が目に入る。その姿に、レインの心臓は強く脈打った。



 ようやく医務室にたどり着くと、すぐにカール陛下と侍従の女性はベッドに寝かされて、医療器具に繋がれた。

 シトラスは、レイチェル医局長から指示を受け、いくつか薬の名前を告げられるや否や、すぐさま医務室の外へと駆け出していった。

 数人の医官たちも次々と出入りし、慌ただしく指示を仰いでは動いていた。


 レインとサラには何が行われているのか分からない。

 せめて邪魔にならないように部屋の隅に立ち尽くし、息を潜めて状況を見守るしかなかった。


 しばらくするとシトラスが戻ってきて、薬の入った小瓶をレイチェル医局長に手渡した。そして、彼女はレインとサラのそばにやって来て、そっと小声で(ささや)いた。


「毒の症状を和らげるために、薬を処方したり治療を施したりしているところなの。……でも今回、陛下らが口にしたと思われる毒茸には、確実な解毒法がまだ見つかっていなくて、レイチェルさんも手探りなの……。まずは今夜を無事に乗り切れるかどうか……それが最初の山場になる」


 レインは息を呑んだ。

 想像以上に危険な毒であると悟り、首筋を冷たい汗が伝う。

 横に立つサラの顔にも、動揺の色が濃く浮かんでいた。


「……僕たちに、今何かできることはないのかな」


 レインが小声で問いかけると、シトラスは一瞬考え込んでから答えた。


「治療は医官の領分。私ですらこれ以上は踏み込めない。……だから今は、陛下の回復を祈るしかない。いずれ状況が落ち着いたら、きちんと説明もしなきゃいけないし、マシューさんやアレクさん、グレナさんも呼ぶ必要がある」


「それなら今のうちに、三人を呼びに行こうか」

「それとも、私たちもスカーレットさんを探しに行く?」


 ただ待つばかりでいることに耐えきれず、レインとサラは思わず提案した。




 しかし、彼らが実際に動き出すよりも前に、医務室の空気が一変した。

 一瞬の静寂の後──扉が荒々しく開き、アレク騎士団長が飛び込んできたのだ。


「陛下っ! ご無事ですか!!!」


 焦りに駆られた声が、張り詰めた医務室に響き渡った。


 施術の手を止めず、レイチェルがぴしゃりと言い放つ。


「アレクさん、声が大きいです。今は治療に全力を注いでいる最中です。黙ってください。手助けは不要です。状況については、そこにいるシトラスが把握しています。まずは彼女から説明を受けて、対応に移ってください」


 アレクは気圧されたように「はい」と小さく答えると、部屋の隅に立つシトラス、レイン、サラの方に視線を向けた。


「陛下が医務室に運ばれたと噂を聞き、急ぎ駆けつけた。……シトラスさん、状況を説明してほしい」


(もう噂が広まり始めているのか……)

 レインの胸が静かにざわめく。


 シトラスは、アレクに促されて、簡潔に状況を伝えた。

 陛下が毒茸を口にした可能性が高いこと。その毒が極めて危険であること。

 そして、現時点ではスカーレット料理長に嫌疑がかかっており、ランドリーが先んじて捜索に向かっていること。


 話を聞いたアレクは、すぐに口を開いた。


「分かった。やはり優先すべきは、スカーレットの捜索だ。彼女から事情を訊かねばならない。私とシトラスさん、それにレイン君とサラ君で二手に分かれて探そう」


 その言葉が終わるか終わらぬうちに、再び医務室の扉が開き、新たな来訪者が現れた。


 だが、それは誰も予想していなかった人物だった。


 ──顔面蒼白のスカーレット料理長。お腹を押さえ、ふらつく足取りで中に入るなり、その場にばったりと倒れ込んだ。


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