第五話 泥棒捕獲作戦
街に巣食う悪党の退治──それは、四人の最近の日課になりつつあった。
ほんの三日前にも、四人で市場を歩いていた際、偶然出くわした泥棒を成り行きで捕らえたばかりである。
こうした活躍が重なり、彼らの存在は教会の近隣で少しずつ知られるようになってきており、いつしか「青年自警団」と呼ばれるようになった。
「青年自警団」の参謀はレイン。
戦力はランドリーとサラ。
そして、癒し担当がシトラスだった。
今は、川を渡ってこちらに迫り来る宝石泥棒をいかにして捕まえるかが問題だ。
レインは素早く作戦を組み立てて、矢継ぎ早に指示を出す。
「ランドリー、泥棒がこちらの岸に上がれないように、進路の正面を塞いで」
「サラはランドリーの右側に立って、逃げ道を塞いで」
「あとは二人に任せるからくれぐれも気をつけて!」
ランドリーとサラは声を揃えてすぐに返事する。
「「分かった!」」
そこで、シトラスは緩い口調で参謀レインに質問を投げかけてくる。
「左側はどうするの?」
「人は緊急時、左に逃げたがる習性があるから、敵から見て右側、僕らから見て左側には逃げにくい。それに、敵は右利きで刀を持っているから、体勢的にも左に進みやすいように見える。あと泥棒からはサラが弱点に見えて、彼女の方を攻める心理が働くんじゃないかなぁ」
「なるほど。確かに理にかなっているねぇ」
「念の為、シトラスはそこら辺に転がっている石を泥棒のちょっと左側を狙ってどんどん投げて。泥棒に当たっちゃってもいいけど、サラとランドリーには当たらないように気をつけて」
「えぇー私も参戦しないといけないのぉ。あんまり投げるのは得意じゃないから、上手く出来るかわかんないけど……」
シトラスはのんびりとした調子のままである。
彼女は一応小石を手元に集めて投げ込む準備をしつつ、小言を重ねる。
「それにしてもなんか雑な作戦だよねぇ? 二人任せというか?」
「仕方ないよ。突然のことだし。そもそも、この自警団の主戦力はあの二人なんだから。それに実はもう一つ、とっておきの秘策がある」
レインが不敵な笑みを浮かべると、シトラスは楽しそうに声を弾ませる。
「え、なになに? 秘策があるなら早く教えてよー!」
レインは笑みを深めながら、シトラスにお願いをする。
「シトラス、君が持っている手鏡を貸してくれないか?」
彼女は河川敷に着いてすぐに顔に薬を塗っている時、手鏡を覗いていた。それをレインは覚えていたのだ。
シトラスはすぐに合点がいったようで、鞄から手鏡を出して渡してくれた。
これからどう鏡を使うかについてもシトラスはすでにお見通しのようだ。
「よくすぐに鏡のこと思い出せたねー。私がわざわざ石を投げる必要ないよね ?」
シトラスは感心した様子で、自分たちの作戦成功を既に確信している様子だ。
確かに、石を投げるのはあくまで作戦のおまけである。今回の作戦で重要なことは、しかるべきタイミングで、鏡の位置と向きをうまく合わせて、泥棒の顔に太陽の光を命中させることである。
いよいよ、泥棒はこちらの岸に到達寸前、ランドリーとサラの目前に迫った。
泥棒は剣を振り回して、「そこを退けー」と叫ぶ。
正面に立つランドリーを警戒したのか、予想通りサラの方にやや体が傾く。
その瞬間、レインは手鏡を掲げて日光を反射させ、大男の顔に光を直撃させた。狙い通りに命中し、大男は眩しさで顔を顰めて一瞬ふらついた。
その隙を、ランドリーとサラが見逃すはずがなかった。ランドリーの木刀は、男の金的をまっすぐに突き、ほぼ同時にサラの木刀は男の喉元に直撃した。
大男は川岸に倒れ、蹲って動けない様子だ。その隙に、ランドリーとサラは、男の持っている剣と、宝石の入った鞄を素早く奪取した。
これで一件落着かと思われた。
しかしここでランドリーが素っ頓狂な声をあげる。
「あれ? どうやって男を拘束するんだ?」
大男は今は動けないようだが、確かに早く拘束しないとまた暴れ出したり逃げ出したりしかねない。だが、レインは拘束する方法をすっかり考え忘れていた。
どうしよう? レインは慌てて頭をフル回転させるが、良案が全然浮かばない。縄が近くにあればそれで拘束するのが手っ取り早いが、都合よくそんなものが出てくるわけではない。屈強な大男を力ずくで抑え込めるほどの大人が近くにいれば話は早いのだが、生憎この場には、自分たち四人のほかに誰の姿もなかった。
向こう岸には騒ぎを聞きつけた大人たちがぞろぞろと集まり始めていて、何人かは川を渡ってこちらに来てくれようとしていた。
「よーし、今行くからな! そのまま待ってろー!」
だが、それよりも前に泥棒は意識を取り戻してしまいそうだ。
泥棒は小さく唸り声をあげていた。まだ苦しそうだが、再び立ち上がるのも時間の問題かに思われた。
だがその時、シトラスが不敵な笑顔を浮かべて、蹲る大男の元へゆっくりと近づいていく。
「静かに寝てください」
そう囁いて、何やらどす黒い液体を男の口に流し込んだ。
男は全身を震わせたかと思うと、たちまち身動き一つしなくなった。
シトラスは不気味な笑みを浮かべたまま男を見下ろしている。
あまりに一瞬の出来事に、シトラス以外の三人にも、川を渡っている途中の大人たちにも何が起きたか分からなかった。今起きている状況を冷静に咀嚼し、最悪の事態を想像したレインは、冷や汗が止まらない。
恐る恐るシトラスに尋ねる。
「も、もしかして殺したの? 一体何を飲ませて……」
すると、シトラスは、けらけらと笑い出す。
「安心してください、彼は寝ているだけです。殺す訳ないじゃないですかぁ。飲ませたのは睡眠薬です。飲まされてすぐは恐怖で震えていたんじゃないでしょうか。とても苦いですし……。どす黒い液体でちょっと不気味に見えたかもしれませんけど、自分自身で試したこともあるから大丈夫ですよぉ」
それを聞いて場の緊張がようやく解けて、レインの冷や汗も引いていく。
サラも安堵の声をあげる。
「ふぅー、本当にびっくりさせないでよ。一瞬だけどすごく怖かったんだから」
シトラスはみんなの表情を見て、周りを相当心配させていたことに気づいたようで、頭をかきながら平謝りする。
「ごめん、ごめん。でもこれで本当に一件落着だね」
ランドリーは、シトラスの頭をごつんと優しく叩いた。
「確かにシトラスのおかげで一件落着だけど、俺たちを騙す必要はないだろ。もう心配をかけないでくれよ」
シトラスは真面目な表情になって頭を下げる。
「騙すつもりは全然なかったんだけどごめんなさい。これからは気をつけます」
その言葉の後、みんなの笑顔が戻ったのを確認すると、シトラスはいつもの明るい表情に戻ってニコッと笑った。
(シトラスを青年自警団の「癒し担当」と見なしていたのは、どうやら浅はかだったな……)
レインはその認識を改め、彼女を自警団の「ラスボス」として位置づけ直すことにした。
程なくして、大人たちが集まり、大男は頑丈な縄で縛り上げられた。彼はよほど快適に眠っているようで、途中からいびきをかき始める始末だった。街の衛兵詰所までさっさと連行したいから早く目を覚ましてくれないかなぁ、と大人たちは呆れながら立ち尽くす。
ランドリーは遠慮がちに声をあげる。
「俺たちはそろそろ帰っていいかなー」
大人たちは、それは許さない、という表情で、睨み返してくる。
「一体いつになったらコイツは目を覚ますんだ!?」
シトラスは笑っている。
「もしかしたら明日の朝までは起きないかもしれないですねぇ」
「「「なんだとー!!!」」」
なんだかんだ夕暮れに大男は目を覚ました。
男は呆然とした表情で、衛兵詰所まで連行された。
その後、大人たちは笑顔で青年自警団の活躍を労ってくれた。
「すごい活躍だったな。お疲れ様」
「お前たちすげえ強かったな」
「最後の毒殺芝居もスリリングで面白かったぜ」
そして、宝石を盗まれた被害者女性とも会うことができた。
取り戻した宝石を返すと、女性は泣いて喜んだ。
「宝石を取り戻してくれて本当にありがとう。感謝してもしきれません」
四人は厚い感謝の言葉を受けて、充実感に浸りながらようやく帰路に着いた。
◆◆◆
教会に着いた頃には、辺りはすっかり暗くなり、夜風が肌寒く感じられた。
「ハルシュ様。ただいま戻りました」
代表してランドリーが声をあげると、穏やかな表情のハルシュが教会の奥の居室からゆっくりと出てきて、優しく迎えてくれた。
「お帰りなさい。昼間は大変だったみたいだねぇ、お疲れ様。みんなお腹が空いているだろう。温かいシチューを作ったから、みんなで食べよう」
ずっと教会にいたはずなのに、ハルシュはすでに昼の事件のことを知っているようだ。きっと教会を訪れた信者の誰かから話を聞いたのだろう。レインはそう想像しながら、広間の食卓へと向かう。夜遅くまでわざわざ夕飯を待ってくれていたのか、と思い、レインはとても温かな気持ちになった。
食卓を囲いながら、今日あったことをランドリーとサラが快活に話し、ハルシュはにこやかな表情でそれを聞いていた。最後にどう男を捕らえたのか、という話に入ると、シトラスは少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。「そんなに私、不気味でしたかぁ……」小さな声でボソッと言いながら、シチューを啜っていた。その表情のシトラスは、睡眠薬を盛った時の「ラスボス」のシトラスではなく、「癒し担当」のシトラスに戻っていた。
さて、食事が終わる頃。
ハルシュがにっこりと笑みを浮かべながら、「大事な話がある」と切り出した。
「実は昼方、とある高貴な方から君たち宛に招待状が届いたんだよ」
「招待状!?」
「何の招待状だよ?」
「誰から?」
「もったいぶらずに教えてよ」
四人が口々に反応すると、その反応が可笑しかったのか、ハルシュはさらに笑みを深めた。
「今、招待状を持ってくるから、ちょっと待っていてね」
おもむろに席を立ち、書斎の方に招待状を取りに行った。
書斎から戻ってくると、金箔の装飾付きの朱色の小封筒を一人一人に手渡した。
その豪華な封筒を見れば、ただ事でないことは四人ともすぐに分かった。
「開けてごらん」
ハルシュに促され、四人は恐る恐る封筒を開ける。
それは、王宮への招待状だった。
その差出人は、国王陛下である。国王のサインと共に、玉印が押されていた。
『親愛なるランドリー・エバンス、サラ・エバンス、レイン・オリバー、シトラス・ウォーカー殿、
あなた方をわが王宮にご招待いたします。
次に二ツ鐘の鳴る朝、王宮の入り口、守礼門にお越しください。
アステニア王国第十八代国王 カール・アステニア《玉印》』
これこそ、本日のもう一波乱である。
四人は、なぜ自分たちが国王陛下から招かれたのか、皆目見当がつかなかった。
素直に喜んでよいのだろうか?
あるいは、自分たちが気づかぬうちに何かしら不敬なことをしてしまっていて、王宮に呼び出された、という可能性も考えられるだろうか?──などと、レインは内心で首をひねる。
少なくとも、自分には思い当たる節はない。
となれば、ひょっとして……シトラスが何かやらかしたのでは?
先ほどの出来事で彼女に「ラスボスめいた何か」を感じ取ったレインは、そっと疑わしげな視線を彼女に向けるのだった。
頭の中は衝撃と混乱で一杯になり、事態が飲み込めないまま夜は更けて行った。
ようやく、四人は王宮からの招待状を受け取れました。
前段が少し長くなりましたが、これからついに四人が王宮に向かいます!