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第四十六話 中庭の異変(前編)

 シリウス殿下は不敵な笑みを浮かべたまま、長椅子に腰掛けていた。


 レインは、そろそろ文書館へ向かわなければと思いながらも、彼にどうしても訊いておきたいことがあった。


「シリウス殿下、文書館で光魔法を使ったことを、なぜ隠そうとしているのですか? 火魔法を使ったと嘘をついていたそうですが」


 その問いに、シリウスは声をあげて笑った。


「はははっ。だから、それは君の見間違いじゃないのかな? 私は光魔法なんて使ったことないよ」


 一歩も引く気がない様子のシリウスに対し、レインは食い下がる。

 自分の推理をぶつけ、床も書棚も本にも焦げ跡ひとつなかったのはどう説明するのか、と問い詰めた。


 すると、シリウス殿下の顔から笑みが消え、神妙な面持ちへ変わった。


「……君の観察眼と推理には恐れ入ったよ。まさかそんな形で嘘が見破られるとはね。こんなことなら、最初から火属性の魔法を使っておけば良かった。本に傷をつけたくないと思っての判断だったのだが、こうして裏目に出てしまうとは」


 その顔に後悔の色を滲ませつつ、続けた。


「……だが君に、あの光の正体についてそう易々(やすやす)と明かす訳にはいかない。君一人になら話しても良いが、今の君に伝えれば、そのまま兄上やその側近たちに筒抜けになってしまうからね」


「……」


「もし君と、隣のお嬢さんが、私の協力者となって、兄上たちの動きを逐一(しら)せてくれるなら、交換条件として、光の正体を明かすのもやぶさかではない」


 試すような鋭い視線が、レインとシトラスに注がれた。

 だが、ここで彼の提案を受け入れるはずもなく、二人は口を固く結んだ。


 シリウスは、その二人の様子をしばらく見つめた後、ふっと笑みを戻した。


「まあ、無理な話だろうな。私はレイン君のことを気に入っているし、この長椅子の件でシトラス君のことも正直かなり気に入った。だが、兄上や側近から高い評価と信頼を得ている君たち二人が、簡単に彼らの信用を裏切るとは思えない」


 そこで、シリウスは視線を落として、独り言を(つぶや)くように言った。


「私の協力者にならなくても良い。ただ──君たちが『王国創始記』の原典の裏に隠されている真実を暴き、それを私に教えてくれるなら……その時は、光の正体を明かそう」


 その言葉に、シトラスが眉をひそめた。


「……『王国創始記』の原典に、何か隠されているのですか?」


 彼女が声を潜めて問うと、シリウスは目線を上げ、真っ直ぐ彼女を見た。


「ああ。レイン君には文書館で少し話したが、おそらく『王国創始記』には嘘が混じっている。兄上やマシューはそれを知っていながら、意図的に隠しているようだ。……もっとも、まだ確たる証拠はないがね」


 シトラスは目を見開いて、レインに視線を向けた。


「ごめん。自分でその真偽を確かめたくて、その話はまだ誰にも伝えてなかったんだ」


 レインの言葉に、彼女は何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わなかった。

 一方、シリウスは二人の様子を愉しそうに眺めていた。


「私の言葉と彼らの言葉、どちらを信じるかは君たち次第だ。自分の目で確かめるのが一番良いだろう。そして──もし私の予想に合致する情報を君たちが掴んだときは、私にも共有してくれると嬉しいね。そうしてくれたら、私が放った光の正体について教えてあげるから」


 彼は(ささや)くようにそう告げると、長椅子からゆっくりと立ち上がった。


「そろそろ昼休みも終わりだ。私は失礼する。君たちも、薬師の仕事と、文書館の掃除にしっかり励みなさい」


 その場から立ち去ろうとするシリウスの背に、レインは咄嗟(とっさ)に声を掛けた。


「もうひとつだけ聞かせてください。先ほどから、光魔法と呼ばずに、“光の正体”という言い方をするのはなぜですか?」


 シリウスは振り返ると、レインに微笑みかけた。


「とても良い質問だ。では、ヒントをひとつ……。あの時、私が放った光の根源をたどると、君たちの胸元のペンダントに宿る力と同じところに行き着く。果たしてそれを“魔法”や“魔力”と呼ぶべきなのかどうかは、人によって意見が分かれるだろう。……光の正体について知りたいなら、私に聞かなくても、そのペンダントを授けたハルシュに尋ねる方が良いかもしれないね」


 彼は再び背を向け、そのまま歩み去っていった。


(光魔法とは違う……? ハルシュ様が何か知っている……?)


 レインは胸の内に次々と疑問を浮かべながら、黙り込む。

 隣のシトラスもまた、遠くを見つめたまま、何かを思案しているようだった。


 しばらくして、彼女がぽんと手を打った。


「そろそろ医局に行かないと、レイチェルさんに怒られちゃう。レインも、文書館に行かなきゃでしょ?」


 その一言で、レインもはっと我に返る。

 今から地下に向かうだけで相当時間がかかる──遅刻はもう確定だ。


(……マシュー館長がいないといいけどなぁ)


 つい先ほどまでは、文書館にマシューがいて欲しいと願っていたのに、今では真逆のことを考えている自分にレインは苦笑した。


 ともかく、二人はいったん別れ、それぞれの職場へと足を向けた。




 ──運悪く、文書館に着いたレインの前には、腕を組んだマシューが待ち構えていた。


「……遅刻だよ」


 低い声が突き刺さる。とても『王国創始記』の謎について聞ける空気ではない。

 その午後、レインはひたすら南壁の掃除に専念し、マシューは険しい表情を崩さぬまま、近くで本の整理と点検に没頭していた。



 ◆◆◆



 一方シトラスは、医局で薬草棚の整理や、レイチェルに頼まれた薬の調剤を淡々とこなした。

 日が傾き、空気が少し涼しくなった頃、彼女は再び中庭へ向かった。


 遠くの草陰から中央の池を(のぞ)くと、ザハムート公が一人、長椅子に腰を下ろしていた。固い表情のまま中庭をぼんやりと眺めていて、その胸中は(うかが)い知れない。


(……長椅子、気に入ってくれたのかな?)


 胸の鼓動が速まるのを感じながら、しばらく様子を窺っていると──

 不意に、目が合った。


(……まずい!)


 慌てて視線を逸らしたが、もう遅い。

 彼は無表情のまま立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。


 覗き見を(とが)められるだろうか。

 不安がじわじわと胸に広がっていく。

 まだスカーレット料理長も来ていない今、ここは一人で向き合うしかない。

 怒られるなら、とにかく謝ろう──そう覚悟を決め、拳をぎゅっと握った。


 やがて目前に迫ったザハムート公に、シトラスは顔を伏せた。

「申し訳ありません」と言い掛けた、その瞬間──


「あの椅子は、昼間に君が置いたのかね?」


 ザハムート公の低く冷ややかな声が響く。


「……はい。私が置きました」


 シトラスは(かす)かに震える声を押し出す。


「……そうか。実に良いことだ。心遣い、感謝するよ」


「えっ……?」


 思わぬ言葉に、シトラスが顔を上げた時には、ザハムート公はすでに背を向けていた。そのまま池の方へ戻っていき、再び長椅子に腰掛けると、何事も無かったかのように、静かに辺りの景色を眺めていた。


(え? それだけ?)


 シトラスは張り詰めていた肩の力が抜け、胸の奥まで安堵が広がる。

 相当肝を冷やしたが、どうやら杞憂だったようだ。




 そのとき、今度は背後から唐突に声が飛んできた。


「シトラスさん! 今日も料理に彩を添える草花のおすすめ、教えて欲しいわー」


 シトラスはびくっと肩を揺らし、慌てて振り返る。


「もー、おどかさないでくださいよ、スカーレットさん」


 呆れた顔を彼女に向ける。

 スカーレットは「ごめんね」と軽く謝ると、シトラスの肩を軽く叩いた。


「それにしても、長椅子を置くなんてナイスアイディアだね。ザハムート公にも褒められて、よかったじゃない?」


「今のやり取り、見てたんですか? だったら助けてくれれば良かったのに」


「別に助ける場面なんてなかったじゃない。それに私だって、あの方は怖いもの。できれば関わりたくないわ」


 スカーレットはそう(ささや)くと、シトラスの方に微笑みかけた。


 それから、和やかな会話の話題は、料理に添える草花へ自然に移っていた。

 二人で草取りをしつつ、花の探索も進めていく。

 スカーレットは良さそうな花を見つけると嬉しそうに摘み、持参の籠に入れていった。


 しばらく作業を続け、疲れが出始めた頃、シトラスはふと池のほうを見やった。

 いつの間にかザハムート公はいなくなっていた。


「ねえ、私も長椅子に座ってみたいし、ちょっと池の前で休みましょうよ」


 スカーレットの提案で、二人は長椅子に並んで腰掛けた。

 しばし無言のまま涼しい風に身を委ね、静かな時間が流れた。


 やがて、スカーレットが少し離れた木陰の方を指差しながら言う。


「ねぇねぇ、あそこに生えてる(きのこ)って食用だったりする?」


 シトラスが視線を向けると、そこには確かに茸が群生していて、遠目には食用の高級茸に見えた。

 しかし、シトラスは眉をひそめる。


(……この中庭に茸なんてあったっけ? 自分では植えていないけど、もしかしてレイチェルさんが植えていたのかな?)


 とりあえず長椅子から一度立ち上がり、二人は茸のそばへ歩み寄った。


 シトラスはしゃがみ込んで、茸に顔を近づけた。

 じっくりと観察すると、かさの端にうっすらと奇妙な斑点が浮き上がっているのに気づいた。額に冷や汗が伝う。


「……これ、毒茸です」


 低く押し殺した声に、隣のスカーレットが息を呑むのがわかった。


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