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第四十四話 みんな仲良し

 魔法研修四日目。

 ランドリーが「妹を守るための魔法を教えてほしい」と希望したこともあり、今日は、昨日の研修で初登場した、魔法の盾を出す防御魔法の練習から始まった。


「三人とも属性が違うから、わしが順番に見て回ることにしようかの。待っておる間は、各自で練習するように。防御魔法だけでなく、“灯光”の練習もすると良いぞ」


 グレナはそう告げると、まずランドリーの元に付いた。


 ランドリーの教わる表情は、真剣そのものだった。

 昨日以前も真面目に取り組んでいたが、今日は一段と気合いが入っているように見える。時折、グレナからの助言に対し、「はいっ!」と大きく返事するので、そのたびにレインとシトラスはぴくりと肩を揺らした。


 レインは順番を待ちながら、光の盾を自力で出そうと何度も試みたが、うまくいかない。時折、気分転換に手首を回すと、きれいに“灯光”が出現した。


(……こちらは慣れてきたな)


  “灯光”を自在に操れるようになり、嬉しさが込み上げる。

 これなら照明のない暗い場所でも心配はいらない。

 例えば、文書館の中央通路の暗がりだって──。


 ふと、レインは大事なことを思い出した。


(問題は、幻覚魔法なんだよな。あれを自力で解除できないと、文書館の中を自由に歩き回れない……)


 王宮見学の折に見た、北の壁の黄金の書棚が脳裏に浮かぶ。

 『王国創始記』全五十四巻──。

 あの中に、『王国創始記リバイバル』に残された数々の謎を解く鍵が潜んでいる気がする。


 レインは腰に手を当てて、ぼんやりと天井を見上げながら、思案に(ふけ)った。


 そのとき、突然背後から声が掛かった。


「おーい、ぼーっとしてどうしたんじゃ? 君の番じゃぞ」 


 振り向くと、グレナがにやりと笑っていた。

 レインは慌てて姿勢を正し、言葉を返す。


「すみません。少し考え事をしていて」


「君は本当に考え事が多いのぅ。まあ、その気づきに我々がはっとさせられることも多いのじゃが……。で、今は何を考えておった?」


 レインは、わずかに顔を赤らめた。

 今、頭の中にあったのは王宮の事件でも政治の駆け引きでもなく──ただ自分の知的好奇心を満たすためのこと。


 だが、せっかくの機会と思い、グレナに少しお願いしてみた。


「あの……今日はランドリーの希望で防御魔法に集中するのは構わないんですけど、僕はできれば、“幻覚魔法を解く魔法”を早く習得したいんです。あれは自主練ができなくて……グレナさんにまず“幻覚”を掛けてもらわないと練習できないので、その時間も取ってほしいのですが」


 その言葉に、グレナがふっと笑みをこぼす。


「なんじゃ、そんなことを考えておったのか。……たしかに文書館清掃員の君にとっては、“幻覚魔法を解く魔法”の優先度は高いじゃろうな。よし、明日はそれに時間を取るとしよう」


「はいっ! よろしくお願いします!」


 レインは弾んだ声で元気よく返事した。

 その声は、先ほどまでのランドリーの返事の大きさに負けず劣らず、ランドリーとシトラスが驚いた顔をこちらに振り向けるほどだった。




 今日の研修の成果は上々だった。

 まだ不安定で持続も一瞬だが、ランドリーもシトラスもレインも、それぞれ自分の属性の防御魔法を発動させることに成功した。サラは昨日の時点で既にできていたから、これで四人全員が防御魔法の初歩をクリアしたことになる。


「まだ不安定で使い物にはならんし、初動の動きも多いから実戦向きではない。だが慣れれば安定し、少ない動作でも出せるようになるじゃろう。これからの鍛錬次第じゃ」


 グレナの言葉で、四日目の研修は締めくくられた。



 ◆◆◆



 研修を終えたランドリー、シトラス、レインの三人は、サラの見舞いのため医務室へ向かった。

 扉を開けると、サラはすでにベッドから上体を起こしており、顔色も明るい。


「大丈夫? サラ?」

「回復してそうでよかったぁ」


 レインとシトラスが声をかけると、サラはにっこり笑った。


「わざわざ来てくれてありがとう。ぐっすり寝て、頭の痛みも取れたし、もう元気全開だよ!」


 その力強い声に、三人はほっと胸をなでおろす。

 サラは次にランドリーへ視線を向け、首を(かし)げた。


「お兄ちゃん、結局、午前中の研修に行ってたの? だったら私も起こしてくれればよかったのに。私、午後からは復帰したい」


 ランドリーは少し眉を寄せる。


「俺はもともと怪我してなかったから、午前も参加したけど……お前、本当に大丈夫か? 午後も休んだほうがいいと思うぞ。レイチェルさんには相談したのか?」


 その場にレイチェルはいなかったため、彼の疑問は自然なものだった。

 サラはこくりと頷く。


「レイチェルさんはさっきまでここにいたから、そのとき話したよ。ちょっと呆れられたけど、“好きにしなさい”って。怪我はもう治っているし、心配ないって言われたよ」


 そう言うと、サラは軽やかに立ち上がり、ぴょんと跳ねてみせた。

 その無邪気な仕草に、三人の表情もさらに和らぐ。


「じゃあ、まずは一緒に食堂に行こっか」


 レインが声をかけると、サラは嬉しそうに頷いた。


 そのとき、レインの視線がふと隣のベッドに移る。

 そこには、医療器具に繋がれた若い男が静かに眠っていた。


「ライルさんっていう私たちの先輩剣士だよ。さっき少し目を覚ましていたけど、また寝たみたいだね。刺されたところがまだ痛いって言っていたけど、思ったより元気そうだった」


 サラが、そっと小声でレインに教えてくれた。



 ◆◆◆



 四人揃って食堂へ向かう。

 レインは料理をさっと選び終え、四人の“いつもの席”になりつつある場所へ、一足先に腰を下ろした。


 その近くでは、スカーレット料理長が一人で食事していた。

 レインは思わず声をかける。


「スカーレット料理長ですよね。お久しぶりです。宴の時は美味しい料理をありがとうございました。僕は文書館清掃員のレイン・オリバーです。……恐縮ですが、ひとつ伺ってもいいでしょうか?」


 軽く会釈すると、スカーレットは柔らかく微笑む。


「名乗らなくても分かるわよ、レイン君。美味しかったと言ってもらえて嬉しいわ。それで、急にどうしたの?」


「昨日もこちらで食事されていましたけど……厨房を手伝わなくていいんですか?」


 スカーレットはくすっと笑った。


「ふふ、何を聞かれるのかと思ったら、そんなことね」


 彼女は視線を厨房へと向け、話を続ける。


「私の主な仕事は、陛下や来客の食事の用意、それから新メニューの開発なの。もちろん食堂の厨房に入ることもあるけど、メニューはほぼ決まっているし、私がいなくても回るのよ。むしろ今はこうして、味のチェックをしているってわけ」


「なるほど、そういうことだったんですね。変に勘ぐってしまって、すみません」


 レインが頭を下げると、スカーレットは愉快そうに笑った。


「ははは。私がサボっているように見えたのね」


 レインは、頭をかきながら、もう一度頭を下げた。

 そして彼女に対して親しみやすさを感じたので、ついでにもうひとつ尋ねてみることにした。


「あの……昨日、アイリーさんとマーガレットさんと一緒に食事されてましたよね。三人とも役職が違うのに、仲が良いんですか?」


 少し驚いたように目を瞬くスカーレット。


「あら、よく見ていたのね。そうよ、あの二人とは同期みたいなもの。王宮に入った時期が近くて、最初の魔法研修も一緒だったの。仕事内容は違うけれど気が合うの。……いつもだいたいこの時間にこの辺で食事しているのよ。今日は二人とも遅れているけれど」


(なるほど、そういうわけか……)

 レインの中の小さな疑問が、またひとつ解けていく。


 その時、料理を選び終えたシトラスがやって来た。

 彼女もスカーレットに気づき、会釈した。

 今度は、スカーレットの方から声を掛けた。


「シトラスさん、後でまた中庭に伺ってもいいかしら?」


「はい、もちろんです」


 そのやりとりは、すでに気心の知れた間柄のようだった。

 レインが不思議そうに見ていると、シトラスが説明した。


「スカーレットさん、毎日中庭に来てくれるの。料理の彩り用の草花を採りに」


「ええ。シトラスさんが料理に合う草花を提案してくれるから助かってるの。()()がレイチェルさんじゃなくなったと聞いた時は不安だったけれど、全然心配いらなかったわ」


 スカーレットは穏やかな表情で言葉を継ぐ。


「せっかくだし、一緒に食べましょう。このテーブル、空いてるし。アイリーとマーガレットはまだ来てないみたいだしね」


 断る理由もなく、レインとシトラスは喜んで席に着いた。


「ありがとうございます。あと二人、僕たちの幼馴染が来ますけど、いいですか?」


「もちろんよ」


 やがて、ランドリーとサラが来た。


「おっ! 宴の時の料理長さんだ!」

「あの時の料理、とても美味しかったです」


 二人も笑顔で席に加わる。

 こうして、レインたちは、スカーレット料理長を囲んで、賑やかな昼食のひとときを過ごした。


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