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第四十一話 月影に消えた者

 敵が消えた直後、アレク騎士団長が執務室へと駆け込んできた。


「……何があった!?」


 部屋の右手には、脇腹から血を流して真っ青な顔をしたライル。

 左手には、壁際に倒れ込んで頭をおさえるサラ。

 そして中央には、呆然と立ち尽くすランドリーの姿があった。


「夜の見回り中、大きな物音と叫び声が聞こえて、駆けつけたのだが……」


 アレクは目の前の光景が信じられない様子で、言葉を続けた。


 そのとき、ようやく少し落ち着きを取り戻したランドリーが口を開いた。


「不審者が一名、室内に侵入しました。三人で対処を試みましたが……相当な剣術の腕前で、こちらは防戦一方に。……結局、瞬間移動魔法によって逃げられてしまいました。申し訳ありません」


 アレクの目が大きく見開かれる。


「……分かった。君はすぐにカール陛下、それにマシュー、グレナ、レイチェルを呼んで来てくれ。それぞれの部屋の場所は分かっているな? 緊急事態だから遠慮はいらない、叩き起こして構わん。……だが、他の者には極力知られないように。私はライルの応急手当をする」


「了解しました」


 ランドリーは即座に返事をし、陛下と側近たちを呼びに駆け出していった。




 程なくして、カール陛下と側近たちが執務室に集結した。

 ライルの手当てはアレクからレイチェルへと引き継がれる。

 彼女はまず治癒魔法を試したが、それだけでは処置が追いつかなかった。

 すぐさま医療用の木箱を開き、医療器具、ガーゼ、薬液の入った瓶などを次々と取り出していく。


「急所は、かろうじて外れているようですが、油断はできません。このままここで治療を続けます。私のことは放っておいて構いません。治療の手伝いも不要ですから、皆さんは状況調査などそちらを優先してください」


 レイチェルは手を止めることなく、落ち着いた声でそう伝えた。

 周囲に緊張が走る。


「あぁ、わかった」


 カール陛下は静かに応じた。


 一方、書棚に激突したサラの傍らにはグレナが付き添っていた。

 グレナは治癒魔法を施しながら、いつもの穏やかな声で言う。


「こちらは大丈夫じゃ。軽傷で済んでおる。治癒魔法だけで治せそうじゃ」


 サラもかすかに笑みを浮かべた。

 その様子に、皆の間からほっと安堵の息が漏れる。




 そして、カール陛下がおもむろに口を開いた。


「では──何があったのか、説明してもらおうか。ランドリー君」


「はい」


 ランドリーは厳かに返事をし、静かに語り始めた。


「突然、がさっと物音がして、我々は執務室の中へ踏み込みました。不審者は机の奥に立っていて、一枚の羊皮紙を手にしていました。目出し帽を被り、全身黒ずくめの格好でした。おそらく女性だと思います」


「……女? 三人が太刀打ちできなかった相手が、か?」


 アレクが眉をひそめて聞き返した。


「信じたくはありませんが、そう見えました。しかも……あの目は、どこか見覚えがある気がします。おそらく、王宮内の誰かです」


 その言葉に、陛下をはじめ一同が息を呑んだ。

 すると、サラが口を挟む。


「私も、そう感じました。あの瞳……以前どこかで見た覚えがあります。性別も……たぶん女性だと、私も思います」


 苦しげな表情を浮かべつつも、サラの声ははっきりとしていた。

 ランドリーが小さく頷き、さらに続けた。


「その女は、剣を構える佇まいからして、ただ者ではありませんでした。ライルの斬撃を軽くかわして脇腹を突き、私も力で押し負けました。気配を殺して背後から迫ったサラにも即座に気づき、反撃して壁際まで吹き飛ばしたんです……」


「そんな……まさか……」


 アレクが(かす)れた声で(つぶや)き、さらに言葉を加える。


「三人の実力は、私が誰よりも分かっているつもりだ。君たちをここまで一方的に追い詰める相手など、正直、まったく見当がつかない。少なくとも、王宮に仕える女性というのは、どうにも現実味がないのだが……」


 しばし沈黙が流れた後、グレナが疑問を口にした。

 

「……その後はどうなったんじゃ?」

 

 ランドリーは、続いてあの時に起こった出来事を語った。

 不審者が剣を静かに鞘に収めた後、ゆっくりと右手を掲げ、そこから眩い光を放ったこと。そして、まるで掻き消えるように、その場から姿を消したこと。

 

 その説明を聞いた瞬間、グレナの目に驚きの色が浮かぶ。


「……瞬間移動魔法を使ったということか? それを扱える者は、わしの知る限り──陛下、シリウス殿下、マシュー、それにわし自身の四人だけのはずじゃ……」

 

 今度は、マシューが静かに口を開いた。

 

「それに、瞬間移動魔法の前に光魔法を使ったという点も気になるな。……その手順、文書館での騒ぎのとき、レインが説明していた内容と同じだ。シリウスは“火魔法を使った”と言っていたが……」

 

 それに対しては、グレナが首を横に振った。

 

「いや……その件については、シリウスが明確に嘘をついておる。すまん、また報告が遅れてしまったが、奴が火魔法を使ったはずがないのじゃ」

 

 そう言ってから、グレナは魔法研修中にレインと交わした会話の内容を皆に語り聞かせた。その説明が終わると、沈黙の中で、カール陛下が低い声で言った。


「……ちゃんと、こまめに報告を頼むよ、グレナ殿」


「申し訳ありません」


 グレナはそっと目を伏せて謝罪した。

 陛下はそれ以上は責めず、軽く咳払いをひとつして話を戻す。


「……さて。今はこの件に集中しよう。光魔法を用い、その後、瞬間移動魔法で姿を消した。──その認識で間違いないな?」

 

 そう言いながら、カール陛下は、ランドリーとサラの二人を順番に見た。

 二人とも深く頷く。

 

 陛下は腕を組み、思案を込めた口調で続けた。


「……だが、なぜ途中から魔法を使ったのだ? その女の立場からすれば、最初から魔法で逃げることもできたはず。剣を抜いて応戦した意味は……?」


 それに答えたのは、ランドリーだった。

 苦々しい表情を浮かべながら、静かに言葉を返す。

 

「二つの可能性が思いつきます。一つは……我々が舐められていた。ただの遊び相手として、多少楽しんでから満足して逃げたというだけのことです」


「もう一つは……?」


「本当は、我々三人ともを殺すつもりだった。だがその前に、アレク騎士団長が近づいてくる気配を察知して、撤退した……」


「……うむ」


 カール陛下が低く唸るように言い、思考を深めるように黙り込む。

 マシュー、アレク、グレナもまた、静かに口をつぐんだ。

 

 しばらくして、再びカール陛下が口を開く。

 

「……とにかく、侵入者の正体を突き止めなければならない。今の話を整理すると、“王宮内部の者”、そして“女性”の可能性が高い。だが、その剣術と魔法の腕前を考えると、まったく別の可能性も否定できない──そういう認識で間違いないか?」

 

 ランドリーたち三人と、側近たち全員に向けて確認するように問いかけた。

 誰も異議はなかった。

 

 静寂の中、マシューが声を潜めて提案する。

 

「念のため、不審な人物の出入りが最近なかったか、案内人のマーガレットに今すぐ確認をとりましょうか?」

 

 だが、カール陛下はそっと首を振った。

 

「確認自体はした方がいい。だが、今この時間に彼女を起こして行う必要はない。この件は、できるだけ大ごとにしたくない。……明日の朝、さりげなく聞いてみてくれ」

 

「承知しました」

 

 マシューはすぐに返事して、また沈黙した。


 続いて、アレクが提案した。

 

「仮に外部犯だとすれば、まだ王宮内に潜伏している可能性があります。騎士団の偵察部隊を動かして捜索に当たらせることもできます。陛下のご命令があれば、部隊長のアイリーに即時、指示を出しますが……」

 

 カール陛下は少し考え込むと、再び首を横に振った。

 

「……ダメだ。偵察部隊の中に一人でも“王弟派”の者がいれば、この件が王宮内に広まってしまう恐れがある。王弟派の者たちは、常に“国王派”の失点を探している。例えば、今回の件を“警備の重大な失態”として、アレク、お前を失脚させにくる可能性も考えられる。ランドリー、サラ、ライルの立場にも影響が出るかもしれぬ。それは避けたい」

 

「……確かに、仰るとおりです。私の考えが甘かったです」


 アレクは静かに顔を伏せ、苦悶の色を滲ませた。

 



 しばらく沈黙が流れた後、ライルの治療を続けていたレイチェルが、柔らかな声を発した。

 

「こちらの治療は、無事に終わりました。もう大丈夫だと思います。これから彼を医務室へ運びたいのですが、アレク殿とランドリー君の力をお借りできますか?」


「もう大丈夫」という言葉に、その場の空気がわずかに緩み、皆の顔に安堵の色が浮かぶ。

 カール陛下は静かに頷き、穏やかに言葉を返した。


「状況の把握も、ひとまずは済んだところだ。……アレク、ランドリー君。二人で、彼を医務室まで運んでやってくれ」


「もちろんです」

「はい、手伝います」


 二人はすぐに応じ、動き出す。


 続いてレイチェルは、サラの方を見て、優しく声をかけた。


「サラさんは自力で歩けそうですね。ゆっくりで良いので、あなたも医務室まで来てください。頭を打ったというのは少し心配ですから、念のために医務室で私が診察します」


「はい、わかりました」


 サラが落ち着いた声で答えながら、ゆっくりと立ち上がった。


 さらにレイチェルは、グレナとアレクの方を向いて提案する。


「サラさんとランドリー君は、明日は休ませてあげてください。見張り番はそれだけでも神経を削られる仕事ですし、今日は命の危険に直面したのです。身体も心も、ちゃんと休ませないと」


「私はちょっと休めば大丈夫です」

「俺も、今から休めば明日は動けます」


 当人たちはやる気を見せたが、レイチェルがすかさず、語気を強めて言い放つ。


「いいから、明日はとにかく休みなさい」


 その一言に、アレクとグレナが思わず笑みをこぼす。


「レイチェルの言う通りだ。一日しっかり休みなさい」

「やる気があるのは良いことじゃが、休むのも大事じゃ」


 そう言われると、ランドリーもサラも観念したように、小さく頷いた。




 カール陛下が場を仕切るように言葉を発する。


「では、ここからは医務室へ行く者と、ここに残る者に分かれよう。残るのは、私とマシュー、グレナ。書類の点検を行う。不審者が羊皮紙を持っていたというのも気になるからな。盗まれたものがあるかどうか、確認する必要がある」


 陛下は続けて指示を出す。


「他の者は医務室へ。レイチェルはライルとサラの診察を頼む。ランドリー君は、搬送を終えたら自室に戻って休みなさい。アレクは、ライルを届けた後、王宮内の見回りに戻ってくれ」


 その言葉に、全員が静かに頭を下げ、それぞれ動き始めた。



 ◆◆◆



 その後、朝日が昇るまで、カール陛下とマシュー、グレナの三人は、執務室内の書類を(くま)なく調べ続けた。

 だが結局、書類が紛失した形跡は、どこにも見つからなかった——。


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