第三十七話 たのしいお昼ごはん
レインたちは食堂に入ると、それぞれ好きな料理を手に取り、奥の四人席に集まった。テーブルの上には、食欲をかき立てる料理が色とりどりに並ぶ。
肉厚のステーキ。
香ばしく湯気を立てるトマトスパゲッティ。
焼きたてのパンに、クリーム色のポタージュを添えたセット。
ふわとろのオムライスと、澄んだ琥珀色のコンソメスープのセット。
四人とも席に着くと、早速ランドリーがステーキにナイフを入れ始めた。
レインも、スプーンに手を伸ばしかけたその時、少し離れた斜め前のテーブルがふと目に留まった。
そこには、見覚えのある三人の女性が座っていた。
ひとりは、白いコック帽をかぶったふくよかな女性──たしか、王宮を初めて訪問した日の宴にいたスカーレット料理長だ。
その隣には、赤縁の丸眼鏡をかけた黒髪の女性。王宮勤め初日に出迎えてくれた案内人のマーガレットさん。
そして、二人の向かいに座る、ブラウンの長髪が目を引く後ろ姿。あの髪からして、今朝顔を合わせたばかりのアイリーさんに違いない。
役職も服装もばらばらな三人が、楽しげに談笑しながら食事をとっていた。
レインは少しだけ首を傾げる。
(ちょっと不思議な組み合わせだけど……仲が良さそうだな。それにしても、料理長って今は厨房にいなくていいのかな……?)
そんなことを思いながら、スプーンを手に取る。
すると、シトラスの声が飛んできた。
「なに、ぼーっとしてるの? あらためて、レインの話、いろいろ聞かせてよぉ?」
パンをちぎりながら、ちょっと怖い笑みを浮かべている。
隣のサラも、スパゲッティをフォークでくるくる巻きながら言う。
「昨夜、宿舎で聞いた噂では、文書館で大きな騒ぎがあって、清掃員が何かやらかしたんじゃないか? って話だったけど」
どうも事実と違う噂が一人歩きしているようだ。
レインはため息をひとつついた後、昨日の午後に文書館で起きたこと、そして今朝どうして遅刻しかけたのかを、ひとつひとつ順を追って説明した。
話の展開に合わせて、三人の表情もころころ変わっていく。
心配したり、驚いたり、笑ったり。
そんな素直な反応に、レインもつられて楽しくなってくる。
とはいえ、話の中心になってしまったレインは、なかなか食事に手をつけられなかった。
ようやく話し終えた頃、冷めたコンソメスープをひとくち啜る。
スープは冷めてもなお、まろやかな風味で、とても美味しかった。
食事をとうに終えていたランドリーが、笑いながら言う。
「ずいぶん濃密な時間を過ごしていたんだな。大変だったかもしれないけど、ちょっと羨ましいよ」
「いやいや、もう勘弁してほしいよ……」
レインは苦笑しながら頭をかき、今度はランドリーとサラに話題を振った。
「そっちはどうなんだ? 騎馬の訓練は順調?」
ランドリーは肩をすくめて答える。
「いや……なかなか難しいよ。一応、俺もサラも乗って歩かせるくらいはできたんだけど、急に走り出したり暴れたりしてさ。あの状態で剣を振るなんて、ほんと大変そうだよ」
隣でサラが深く頷き、言葉を足した。
「まあ、アレク団長は“最初はそんなものだ”って言ってたし、思ったより順調だって褒めてくれたけどね。今日もこれから頑張らないと」
(いいなー、僕も馬に乗ってみたい)
レインがそんな無邪気な感想を抱いた、ちょうどその時、アレク騎士団長が食堂の入り口に姿を見せた。
彼は食事のために来たわけではないようだった。周囲をひと通り見回したあと、こちらと目が合うなり、まっすぐ歩み寄ってきた。微笑みを浮かべつつも、その表情はどこか冴えない。
四人のテーブルまで来ると、軽く手を挙げた。
「レイン君とシトラスさんは、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
レインとシトラスは、「はい」と穏やかに返した。
アレクはそっと頷き、次にランドリーとサラに視線を向ける。
その瞬間、笑みがふっと消え、真剣な面持ちへと変わった。
「今日の騎馬訓練は中止だ。二人は部屋で休みなさい」
唐突な言葉に、二人の表情が固まる。
「……どうしてですか?」
サラが小さく尋ねると、アレクは低い声で答えた。
「いきなり驚かせるかもしれないが、今夜、君たちに陛下の執務室の見張りを頼みたい。……本来その任に就くはずだった衛兵二名が、揃って体調を崩してしまってね。急きょ、補充が必要になった」
そう説明しながら、アレクはわずかに笑みを戻す。
「衛兵の体調不良の原因は気になるところだが……これは君たちにとって悪い話ではない。陛下の了承を得ての、抜擢だ。任を全うできるよう、夜までしっかり休んでおいてほしい」
その言葉に、二人の表情が引き締まった。
「……身に余る光栄ですが、まだ新人の私たちが、そんな重要な役目を担ってよいのでしょうか?」
ランドリーがおずおずと尋ねると、アレクは励ますように頷く。
「君たちの実力は、すでに他の隊員に劣らない。推薦したのは私だ。自信を持ちなさい。それに、念のため剣士隊の古参のライルも共に見張りに加わる手筈になっている。安心して任務に臨んでくれ。……それでは、よろしく頼んだよ」
「はいっ」
ランドリーとサラは短く返事した。
アレクは無言で頷き、そのまま去っていった。
二人の表情にはなおも緊張の色が滲んでいた。
喜びよりも緊張が勝るようだ。
何と言葉にして良いのか分からない様子で沈黙していた。
「ほんとにすごいよ、二人とも! 頑張れー!」
シトラスが目をきらきらと輝かせながら、柔らかな声で励ます。
それに続いて、レインも明るく声をかけた。
「二人ならきっと大丈夫!」
ランドリーとサラはふっと表情を緩めた。
「ありがとう! 私、頑張るよ!」
「俺たち二人揃えば、心配なんていらないさ!」
次にレインはシトラスの近況を聞こうとした。
だがその時、今度はマシューが食堂に姿を現し、こちらへ歩いてきた。
国王の側近たちが次々にレインたちのテーブルへ立ち寄る様子は、我ながら少し可笑しかった。近くのテーブルにいた者たちも、何事かと目を留めている。例の女性三人組も、興味深そうにこちらを窺っていた。
マシューは無言のままテーブルの前まで来ると、四人だけに聞こえるよう声を潜めた。
「レイン君。このあと、ちょっと陛下の執務室まで来てくれるかな?」
レインは目を丸くした。
三人は、どこか愉快そうな表情を浮かべている。
「レイン、人気者だね。明日もまた、面白い話を聞かせてくれよ」
ランドリーが茶化すように言うと、サラとシトラスがくすくすと笑った。
レインの口元も自然と綻ぶ。
だが、マシューの表情は変わらない。声もさらに低くなった。
「食堂で話すのは構わないが、王弟派に聞かれて困るような話まで大声でしていないだろうな。情報共有は慎重に頼むよ」
そのひと言で、四人の笑みが凍る。
レインは慌てて周囲を見回したが、聞き耳を立てているような不審な人影は見当たらなかった。近くの人々も、それぞれのグループで談笑しているように見える。
さっきまでの会話の内容を、頭の中で順に思い返してみる。
シリウス殿下の名前は途中で出したものの、文書館でのやりとりの詳細までは話していない。全体を通して、王弟派に聞かれて困るような内容ではなかったはず──と、レインは判断した。
(まぁ、大丈夫だったかな。でも、これからはちょっと気をつけないと……)
そう自分に言い聞かせて、そっと息を吐いた。
そのまま、料理を手早く平らげる。
四人は手分けして食器を返却口へと運び、その流れで解散となった。
ランドリーとサラは、休息を取るため、それぞれの宿舎へ戻って行く。
シトラスは、薬草の採集と手入れのため、中庭へ向かうようだ。
そしてレインは、何も知らされぬままマシューとともに陛下のもとへ向かった。
次回予告「作戦会議」
2025/7/31に、前話までの本文について、以下2点の一括修正を行いました。
・名前の区切りに使っていた記号を「=」から「・」に変更
・ 貴族三名の呼称に関する変更
詳細は、活動報告(「王国創始記リバイバル」2025/7/31 の修正について)にありますので、ご確認ください。投稿後の修正になり申し訳ありません。




