表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/55

第三十六話 魔法は真実を照らす

(なんだ、二人ばっかり成功して……)

 微笑ましい様子の二人を見つつも、レインの胸はほんの少しざわついていた。


 そこへ、グレナが微笑みを浮かべて近づいてくる。


「感情が揺れておるようじゃな。それでは魔法は扱えぬ。まずは心を落ち着けるのじゃ。君は昨日、文書館で高度な魔法をたっぷり浴びたであろう。そうした経験は、自分の魔法を引き出すヒントにもなるはず。昨日の経験を思い出しつつ、まずは魔法に集中するがよい」


「……はい」


 レインは小さく返事をして、いちど深呼吸した。


 そして、頭の中に昨日の光景を思い浮かべた。

 ──宙を舞う青龍、壁一面に咲き誇った花々、濃霧に包まれた森。

 外から差し込んだ光の一閃とともに、森の木々は一瞬輝きを放ち、そして跡形もなく消え去った。


 レインの心に強く残っていたのは、東壁の魔法よりも、シリウス殿下が最後に放った光だった。幻想の中で見た、あの神々しい(きら)めきは、実に美しかった──。


 再び、レインは手首をくるりと回す。


 ──その刹那、手元に小さな光が灯った。

 それは(かす)かな光ながらも、ほんのりと温かな黄色を帯びていた。


 レインはふっと顔を(ほころ)ばせる。そこに皆の視線が集まった。


「ほぅ……美しい光じゃ。君の魔法属性は、間違いなく“光”じゃな」


 グレナが優しく微笑み、そっと(ささや)く。

 周囲の三人も、それぞれの笑顔でレインを祝ってくれた。


「レイン、おめでとう!」

「とってもきれいな光だねぇ」 

「いいな〜、光の魔法かぁ……。どうやったら出せたの?」


 最後にサラが羨ましそうに尋ねてきたので、レインはその問いに答えた。


「昨日、シリウス殿下が放った光魔法を強くイメージしてみたんだ。たぶん、それがきっかけだったと思う」


 すると、サラが不思議そうな顔を浮かべた。

 それを見て、レインはふと思い当たる。


(そういえば、文書館での昨日の出来事について、まだ三人に話してなかったな……)


 昨日は夕飯の時間がばらばらで、出来事を共有できていなかった。

 いきなり「シリウス殿下の光魔法」と言われても、三人にしてみれば、何のことやら分からないのも当然だ。


 レインは、昨日の出来事を簡単に説明しようとした。

 だが、その前にグレナが口を開いた。


「やはり、シリウスは光魔法を使っていたのか……? 昨晩、本人に確認したときには、『火属性の魔法を使った』と言っておったがな。光というのは、君の見間違いではないか、と申しておった」


「見間違いのはずがありません。僕は、あのとき、確かに“光”を見ました」


 レインはきっぱりとそう言い切った。

 グレナはさらに問いただす。


「君がその記憶をもとに光魔法を発動できた以上、シリウスの魔法を“光”と認識していたことは確かだろう。だが、そのとき君の意識は、青龍の魔法によって混濁していたはずだ。その状態で見たものを、本当に正しく認識できていたと言えるか? 彼が“火”を使わなかったと、自信を持って言い切れるのか?」


 そう言われると、レインは一瞬だけ言葉に詰まる。

 たしかに、あのときの意識は朦朧としていた。

 ……シリウスは実際には火の魔法を使っていたのだろうか?


 レインは改めて記憶をたどり、しばらく考え込んだ。

 そして、見間違いではない確かな理由を見つけた。


「シリウスが火を使ったはずはありません。それは断言できます」


「……ほぅ。根拠を聞こうか」


「青龍は、木々を操ると同時に、風を巻き起こしていました。もし、あの場で火を使っていれば、木々は焼き尽くされ、風にあおられて火は燃え広がったはずです。……さっきシトラスとランドリーの魔法が重なり合った時のように」


 その話の結末に気づいたのか、グレナの目が見開かれる。

 レインは淡々と続けた。


「そうなれば、文書館の書棚や床には焦げ跡が残り、大事な本の何冊かは燃えていたでしょう。ですが、僕が魔法から覚めたとき、周囲は何ひとつ変わっていませんでした。書棚も、床も、本も、すべて無傷だったんです。グレナさんも、昨日、焦げ跡なんて見ませんでしたよね?」


 グレナはしばし沈黙し──やがて、感心したように深く頷いた。


「言われてみれば、たしかに君の言う通りじゃ。わしが自分で気づけなかったのは恥ずかしい限りじゃが……これでシリウスの嘘がはっきりしたの」


 レインはそっと頷き返した。

 だが、すぐに新たな疑問が頭に浮かび、首を(かし)げる。


(……シリウス殿下は、どうして嘘をついたんだろう?)


 魔法の属性をごまかすことに、いったいどんな意味があるのか。

 あのとき見た光の魔法には、何か特別な事情でも隠されているのだろうか──。


 レインと同じく、グレナもしばらく考え込む様子で、腕を組んで目を伏せた。




 やがて、彼女はふっと腕をほどき、明るい声をかけた。


「まあ、シリウスの件は陛下に報告しておこう。続きはあとでゆっくり考えるとするよ。まずは、君たちの魔法の習得が優先じゃ。そろそろ、次の魔法を教えてみようかの」


 その言葉に、レインの胸が弾んだ。

 周りの三人も、期待を顔に(にじ)ませた。


 グレナはにっこりと微笑み、言葉を続けた。


「今度は、防御魔法をやってみよう。これは、自分の前に“盾”を作る魔法じゃ。属性によって、盾の性質が変わる。たとえば火属性なら炎の盾、光属性なら光の盾が現れる」


 そう言って、グレナは、ランドリーとレインに温かな視線を向けた。

 そして次に、シトラスへと目を向ける。


「火・水・風・土・光・闇──六大属性の中で、風だけは少し様子が違う。風の場合は目に見える盾は現れず、自分を中心に小さな竜巻が発生し、攻撃魔法を弾く仕組みになっておる」


 続けてグレナは、サラに向き直った。


「サラさん。あなたの属性はまだ分からんが、灯光に手こずっているところを見るに、火や光ではないのかもしれん。闇も極めて(まれ)な属性じゃから、たぶん水か風か土じゃろうな」


 そして、グレナは四人の顔を改めて見回し、魔法の盾の手本を見せた。


 まず、両手の拳を前に突き出す。

 次に、手を大きく開き、右手を右へ、左手を左へ──水平を保ったまま、素早く同時に広げ、両腕が横に伸びた状態を作る。

 最後に、左右の手のひらを同時にぱっと閉じる。


 その一連の動作と同時に、グレナの体の前に、黒紫色の網目模様をした盾が現れた。盾は横長に広がり、網目からは禍々(まがまが)しい気配がじわりと滲み出している。


「これは闇属性の盾じゃ。……まぁ、わしはどの属性の盾も出せるがの」


 そう言って、今度は先ほどの動作を逆にたどるように手と腕を動かすと、盾はふっと消えた。

 彼女は優しい口調で言葉を付け加えた。


「動作の滑らかさと、豊かな想像力が鍵じゃ。目の前に、自分の属性に合った盾の存在を強く思い浮かべながら、手を動かしてみなさい」


 そのひと声をきっかけに、四人は見様見真似で盾の練習に取り掛かった。


(今度は僕が一番乗りしてやる……!)


 レインは心の中でそう意気込みながら、横目でランドリーの様子を(うかが)った。

 彼は真剣な表情で、習った通りの動作を繰り返すが、まだ盾は現れていない。


(よし……今のうちに!)


 レインも集中し、頭の中で“光の盾”のイメージを描きながら手を動かす。

 だが、すぐに形になるほど甘くはなく、数回の空振りが続いた。


 そのとき、レインの頬に冷たい水飛沫が飛んできた。

 驚いて首を振り、辺りを見回すと──サラの前に、水の盾が出来上がっていた。


 透明な水の塊が宙に浮かび、体を隠すほど大きいしずく型の盾を形作っている。

 その表面は、鏡のように周囲の景色を映し出していた。


 サラは、目の前に広がる光景が信じられないのか、口をぽかんと開けたまま立ち尽くしていた。

 そんな彼女に、グレナは満面の笑みを浮かべて声を掛けた。


「ふふふっ……。実に素晴らしいの。これは、“水鏡の盾”じゃ。水の盾にはいくつか種類があるが、なかでも水鏡の盾は、あらゆる魔法を跳ね返すことができる優秀な盾といえる。灯光には苦戦しておったが、水属性ならそれも納得じゃな。……もっと早く防御魔法を試してみればよかったの」


 サラはふぅーと息を吐き、心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 ようやく「自分も魔法を使えた」という実感が湧いてきたのだろう。


 彼女は一度その盾を閉じると、再び盾を展開してみせた。

 その長い両腕をしなやかに広げる所作は、誰よりも優雅で、美しかった。


 グレナは快活な声で言った。


「これで四人それぞれが、少なくとも一種類の魔法は使えるようになったの。組み合わせも変幻自在じゃし、ここまで来れば、あとはスイスイ進むはず。いろいろと“遊びがい”があって、これからきっと、魔法がもっと楽しくなるぞ」


 その言葉に、レインたちの表情がぱっと明るくなった。

 

 そのあとは和やかな雰囲気のまま、盾の練習に集中する時間が続いた。

 そして気がつけば、あっという間に昼食の時間を迎えていた。


「では、明日もまたよろしくの」


 グレナはそう言い残すと、すっと一瞬でその場から姿を消した。



 ◆◆◆



 四人だけになると、まるで見計らっていたかのように、ランドリー、サラ、シトラスが、レインに向かって矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた。


「さてと、レインにはいろいろ聞かせてもらわないと!」

「昨日、文書館で騒ぎがあったって噂では聞いてたけど、一体なにがあったの?」

「今朝は、もしかしてそのことでマシューさんに怒られてたんじゃないのぉ?」


 レインは、いきなりの質問攻めに面食らった。

 しかも、どうやら何か誤解されている節がある。


「いやいや、怒られてたわけじゃないよ」


 レインは慌てて手を振りながら、笑って言った。


「ご飯食べながらちゃんと話すから、とりあえず食堂に行こう」


 三人は笑顔で頷き、みんな仲良く、食堂へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ