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第二十四話 静かな探り合い

 陛下の執務室の中へ、レインたち四人は恐る恐る足を踏み入れた。

 マシューは、部屋の隅にさっと移動し、まるで存在を消すかのように静止した。


 正面の席には、カール陛下が険しい表情のまま腰掛けていた。

 (かたわ)らには、若々しくも威厳を(たた)えた男と、重厚な気配を纏う老紳士が控えている。その二人の視線は、まっすぐにレインたちへと注がれた。


 短い沈黙ののち、カール陛下の表情がわずかにやわらぎ、ぎこちない笑みを浮かべた。


「初日研修で疲れているところを呼び出してしまって、すまなかったね。……君たちに、この二人を紹介しておく必要がある、と思ってね」


 そう言って陛下はゆっくりと立ち上がり、隣に控える二人へと手を差し向けた。


「こちらは、私の弟──シリウス・アステニア。そしてその隣は、ザハムート公。二人は、つい先日まで聖イスリナ神教国へ特使として派遣されていて、君たちが王宮を訪れた際には不在だったのだよ」


 その紹介に応じて、シリウスが静かに口を開いた。


「初めまして、諸君。陛下の紹介にあずかった通り、私は王弟シリウス・アステニアだ。君たちのことは陛下から事前に伺っている。──君たちの後見人であるハルシュ殿にはかつて私も世話になった。四人とも期待しているよ」


 声は低く落ち着いていたが、そのまなざしにはどこか試すような鋭さがあった。

 レインたちとハルシュとの関係も承知しているようだったが、「世話になった」という言葉がどこまで本心なのかは判断がつかなかった。


 シリウスに続いて、ザハムート公が一歩前に出た。

 

「これからよろしく頼む。君たちが王国のために誠実に働いてくれることを願っている」


 表情は硬く、感情の底は読み取れない。

 レインたちは緊張しながら、シリウス王弟とザハムート公に深く頭を下げた。


 室内に、再び沈黙が流れる。

 それを破ったのは、意外にもシリウスだった。

 

 彼の視線は、四人の胸元──イスリナ神教の紋様が刻まれたペンダントに向けられていた。

 

「そのペンダントは、ハルシュからもらったのかい? 私もザハムート公もイスリナ神教徒だからね。実に嬉しいことだ」


 声色が幾分やわらぎ、まなざしにも微かな親しみが宿る。

 レインが二人の胸元に目をやると、彼らも同じような意匠のペンダントを身につけていた。

 少しだけ緊張がほどけたレインは、丁寧な口調で応じた。


「はい。私たちはこれまで、イスリナ神教の教会で暮らしておりました。このペンダントは、神父ハルシュ・ワーグナーから授かったものです」


 シリウスは深く頷いて、さらに問いかけてくる。


「──ハルシュは元気にしているかい?」


「はい、元気にしております。今朝、ちょうど私たちの王宮への出立に合わせて、ハルシュ様は聖イスリナ神教国の聖地〈ラグナ・カテドラ〉に向けて旅立ったところです」


 その何気ない一言に、空気がわずかに揺れた。

 カール陛下は目を見開き、シリウスもまた、兄王と同じように驚いた表情を浮かべる。

 部屋の隅で控えていたマシューは、表情を曇らせる。

 ザハムート公はほとんど表情を変えず、わずかに眉をひそめた。


 ランドリーがそっと言葉を継ぐ。


「……昔から、〈ラグナ・カテドラ〉には一度行ってみたかったみたいなんです。王宮で働いていた頃も、俺たちの世話をしてくれていた時も、なかなか時間がとれなかったらしくて。今回はちょうどいい機会だって、嬉しそうに話していました」


「……そうか」


 カール陛下が短く、低く応じた。

 その声音に不安を覚えたのか、シトラスが小さな声で問いかけた。


「何か、ご懸念があるのですか? 聖イスリナ神教国の治安が悪化しているとか……?」


 それには、シリウスがゆっくりと応じる。


「いや、そんなことはない。あの国は穏やかで、実に美しい場所だ。……我々は特使として短く滞在しただけだったが、旅としてゆっくり巡れるハルシュ神父が少し羨ましいくらいだよ」


 カール陛下も小さく頷き、言葉を継いだ。


「教会を離れるとは思っていなくて、少し驚いただけだよ。ハルシュが私の執事を辞して以後のことだが、私も一度、教皇との会談のために〈ラグナ・カテドラ〉を訪れたことがある。……とても荘厳で、心洗われる場所だった」


 カール陛下は、どこかまだ冴えない表情を浮かべていた。

 それでも、言い終える頃には、わずかに微笑んでいた。


 少し間を空けた後、改めて厳かな声音で口を開く。


「……シリウス殿下、ザハムート公。お二人には、長く引き留めてしまってすまなかった。新人たちの紹介も済んだことだし、今日はもう下がって構わない。──四人には、あと少しだけ話があるので、ここに残ってもらう」


 すると、ザハムート公が冷ややかな声を発した。


「まるで我々は邪魔者扱いのようですね。この四人の任命も、我々が不在のうちに決まったものでしたし……。これから、我々を外して一体何をお話しになるおつもりです?」


 カール陛下の表情がまた険しくなった。


「邪魔など一言も申していない。……それは、そなたの勝手な推測にすぎん。私はただ、彼らともう少し雑談をするつもりだと申している。そなたらを雑談に付き合わせるのは本意ではない。……それでも納得がいかぬのなら、“下がれ”と命じることもできるが?」


 普段は穏やかな王が見せた、滅多にない鋭さ。

 その言葉に場の空気が再び張りつめ、レインの額に冷たい汗がにじんだ。

 だが、ザハムート公は微動だにせず、まるで何も感じていないかのようにカール陛下を見返していた。


 そんな張り詰めた空気の中、間に入ったのはシリウス王弟だった。


「まあまあ、邪推は良くありません。兄は本当に雑談好きですから、言葉通りでしょう。──ここは、我々が素直に退出するのが礼儀というものでしょう、ザハムート公爵閣下」


 静かに諭すようなその言葉に、ザハムートは不満げな面持ちを残しながらも、黙って頷いた。


 シリウスはカールに軽く一礼すると、扉へと向かう。

 ザハムートも無言でそれに続いた。


 扉の手前で、シリウスがふと振り返り、レインたちを一瞥する。


「……そのペンダント、大切にするといい」


 そのひと言が妙に心に引っかかる響きを残し、執務室の扉は静かに閉じられた。


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