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第二十一話 王宮勤め・初日

 レインたちは、ついに王宮に参内する朝を迎えた。

 今日という日は、もはや国王に招かれた客ではない。

 これからは、王宮で働く正式な一員として、その門をくぐるのだ。

 レインの胸には静かな決意が満ちていた。


 出発の直前、レインたち四人とハルシュは、静まり返った礼拝堂に集まった。

 淡い朝の光がステンドグラスを透かして差し込み、床に優しい影を落としている。

 レインはその光の中で、ここで過ごした日々を静かに思い返していた。

 語り合い、笑い合い、ともに悩みを分かち合った、ささやかで確かな時間。


 不思議と胸は重くなかった。

 別れの時は、想像していたような寂しさよりも、穏やかな静けさの中にあった。


 レインたち四人がハルシュの前に一列に並んだ。

 ランドリーは一歩前に出て、凛とした声でハルシュに言った。

「それでは、王宮へ行ってまいります」


 ハルシュは、いつものように穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

「四人とも、体に気をつけて頑張って。私もしばらく留守にするけど、またそのうち教会に戻ってくるよ。もし辛くなったら、いつでも顔を見せにおいで」


 その言葉に、誰もが短く頷いた。多くを語らずとも、互いの思いは通じていた。

 ハルシュは名残惜しそうに彼らを見送り、最後に教会の扉をそっと閉じた。


 扉の音が静かに響いたあと、レインたちは振り返ることなく歩き出す。

 彼らが王宮へと向かって歩みを進める一方で、ハルシュはその背を見送った後、静かに反対の道を歩いていった。


◆◆◆


 レインたちは三日ぶりに、守礼門をくぐった。

 出迎えに現れたのは、見知らぬ黒髪の女性だった。

 赤縁の丸眼鏡が印象的で、どこか几帳面そうな雰囲気を漂わせている。


「王宮案内人のマーガレット・グリーンです。……先に申し上げておきますが、私は名前も職業も偽っておりませんからね」


 その言葉に四人とも笑みを浮かべた。

 シトラスが柔らかな口調で応じた。


「マーガレットさん。お出迎えありがとうございます。ただ、私たちはすでにカール陛下に王宮をご案内いただきましたので、今さらご案内いただかなくても──」


 その言葉に、マーガレットは呆れたように眉をひそめた。


「何をおっしゃいますか。陛下がどこをご案内なさったかは伺っていますが……正直、あれはかなり偏っていました。というより、めちゃくちゃです」


 そう言って彼女は小さくため息をつくと、言葉を続けた。


「あなた方、王国議会場の場所も知らないでしょう? 陛下の執務室も、食堂も、寄宿舎も。これから王宮で働く方々が、その程度の知識では困ります。実務に必要な場所を一からご案内いたします」


 言われてみれば、その通りだった。

 確かにあの日、陛下にさまざまな場所を案内されたが、目にしたのは王宮の“特別な”一面ばかりだった。いざ働くとなれば、本当に必要な場所の位置など、ほとんど記憶に残っていない。


 そこから始まったマーガレットの案内は、実に手際がよく、的確だった。

 無駄のない足取りで次々と王宮の各所を巡り、小一時間ほどで説明が終わった。


 そして最後に、「魔法研修場」と記された札のかかる扉の前にたどり着いた。

 そこには、穏やかな微笑みをたたえたグレナ魔法師団長が立っていた。


「さすがマーガレット殿、時間通りじゃな。後は私が引き継ぐゆえ、下がってよいぞ。ご苦労だった、ありがとう」


 マーガレットは一礼し、無言のままその場をあとにした。


「さて、顔を合わせるのは四日ぶりじゃな。皆、国王陛下からすでに聞いておるかもしれんが、王宮で働く者は、まずこの“魔法研修”を受けることになっておる」


 グレナは穏やかに語りながら、レインたちを魔法研修場の中へと促した。

 研修場は、高い天井と石造りの壁に囲まれ、床には魔法陣のような模様が彫り込まれていた。


「今日から一ヶ月間、毎日午前中はこの研修場で魔法の訓練を行う。午後は、それぞれの役職に応じた実務研修に移ってもらう」


 今後の予定についてひと通りの説明し終えると、グレナは小さく間を取り、ぱっと明るい声で呼びかけた。


「それでは早速、魔法研修を始めようかの」


 研修場に集められたレインたち四人の前を、グレナは手を後ろに組みながらゆっくりと歩き始めた。


「今日から一ヶ月、この研修にて、基本的な実用魔法をみっちり叩き込む。……とはいえ、君らが期待しとるような“火球を撃って敵を吹き飛ばす”みたいな派手な魔法は、まず出てこんぞ」


 その言葉を聞いて、ランドリーはやや残念そうに口を尖らせた。


「やっぱり、攻撃魔法とかって教えてもらえないんですね?」


「ふふ、攻撃魔法も少しは教えるぞ。いざという時に備えてな。ただし、ごく初歩だけじゃ。もしもそのあたりをしっかり身につけたら──もう少し高度な魔法にも触れさせてやろうかの」


 ランドリーはたちまち目を輝かせて食いついた。


「高度な魔法って、たとえばどんなのがあるんですか?」


「魔法には“属性”というものがあってな、それぞれに代表的な上級呪文がある。たとえば──〈火炎龍神〉〈水流のせせらぎ〉〈風の悪戯〉〈大地の轟き〉〈白き光矢〉〈闇夜の幻影〉……どれも極めて難しい。ちなみに全部使えるのは、わしだけじゃ。すごいじゃろ」


 と、グレナは得意そうに胸を張ったが、すぐに咳払いして口調を改めた。


「……っと、話が逸れたの。ともかく、この研修で扱うのはあくまで基礎じゃ。王宮生活を送る上で実際に役立つ、実用的な魔法が中心になる」


 そう言って、グレナは軽く手首をひねるように動かした。すると空中にぱちりと火花が散り、次の瞬間、小さな青白い光がふわりと宙に浮かんだ。


 その魔法は、以前にニーアス、いや、カール陛下が文書館で見せてくれたものにどこか似ていた。


「これは、灯光とうこうと呼ばれる、魔法照明の基本じゃ。暗い場所での作業や、夜間の業務には必須となる。魔力量の制御がうまくできんと、こうは安定して光らぬ」


 レインが手を挙げて問いかける。


「それ、前に陛下が見せてくれた魔法とよく似ています。ただ、あの時は黄色く光る球体でしたが……」


「ふむ、同じ系統の魔法じゃな。光の色や形は、魔法使いの“属性”によって違ってくる。わしはどの属性の光も出せるが、ふつうは自分の属性に応じた色しか出せん。カール陛下は“光属性”の持ち主ゆえ、そのような色になったのじゃろう」


 そう言いながら、グレナはもう一度手首を回し、今度は、ニーアスが出したものとそっくりの黄色い光球を生み出してみせた。


 ふわりと浮かぶその(あか)りに、レインたち四人の表情がぱっと明るくなる。

 それを見届けたグレナは、にこやかに微笑んだ。


「では、今日は“火の付け方”と“消し方”から始めようかの」


 こうして、王宮生活の第一歩となる魔法研修が、ついに幕を開けた。


 ──だが、「ただ灯りをともすだけ」というこの魔法が、想像以上に繊細で難しいものだと、レインたちはすぐに思い知った。

 午前中いっぱいかけても、誰一人として、その魔法を成功させられなかった。


「まぁ、焦らんことじゃ。研修はまだ始まったばかり。一ヶ月かけて、王宮の皆が少しずつ習得してきたのじゃ。君たちにも、きっとできるようになる」


 そうグレナは穏やかに励まし、初日の魔法研修は静かに終わった。


 時刻はちょうど昼時。

 外の光が差し込む廊下を、レインたちは連れ立って歩き、食堂へと向かった。


「思ったより難しかったね……あの灯り、全然つかなかったし」

「でも、グレナ先生、優しかったな」

「うん、なんか“ちゃんと見てくれてる”って感じがした」


 そんなふうに語り合いながら、温かい昼食を囲む。

 緊張と新鮮さに満ちた一日の中、穏やかなひとときが流れていく。


 皆が昼食を終えた頃、ランドリーが立ち上がって軽く手を振った。


「じゃあ、また夕食のときにここで合流ってことで」


「了解」「気をつけてね」「午後もがんばろう」


 そんな声を交わしながら、四人はそれぞれの持ち場へと散っていった。

 レインの行き先は、もちろん──王宮の地下深くに広がる、王宮文書館である。


 ◆◆◆


 食堂を出たあたりまではまだ明るく賑やかだったが、地下階段の入り口に足を踏み入れた途端、響くのは自分の足音だけになった。

 長い地下階段を一人きりで下りていくのは、思った以上に心細かった。


「これから毎日、この階段を上り下りすることになるのか……」


 レインはため息まじりにぼやきながら、石造りの階段を一歩ずつ下りていく。


「瞬間移動魔法とか、そういう便利なの、ないのかなぁ。あったら階段なんて一瞬で飛び越えられるのに……」


 もちろん、自分にはまだ灯りひとつ満足に灯せないという現実がある。そんな身で瞬間移動魔法を望むなんて、分不相応なのかもしれない──それでも、レインは諦めきれなかった。


「使えるはずないかもしれないけど……もしあるなら、やっぱり知りたいよな。便利そうだし……。明日、グレナ先生に聞いてみるか」

 ぽつりと漏らしたその声は、誰もいない階段に静かに反響した。


 やがて、長い地下階段の終わりが見えてきた。

 レインの胸には、どこか懐かしい場所へと戻ってくるような温かな期待感がじわじわと広がっていた。四日ぶりに足を踏み入れる文書館――その空気を思い浮かべるだけで、自然と歩みに力がこもる。

 今日は、マシュー文書館長をはじめ、きっと多くの文書館員と会えるはずだ。

 (粗相のないように、気を引き締めないと……)

 レインは自分にそう言い聞かせた。そして、一度深呼吸すると、文書館の重い扉をゆっくりと押し開けた。




 そこにいたのは──マシュー文書館長、ひとり。

 箒と塵取りを手に、無言でこちらを見ていた。


「レイン君。ようやく来たか。はい、これ。掃除道具」


 そう言って、あっさりと箒と塵取りを差し出してきた。


「もちろんです。掃除、頑張ります!……ところで、他の文書館員の方はどこに?」


 レインが少し緊張しながら尋ねると、マシューは素っ気なく答えた。


「いないよ」


「……え? いない、ということは、今日はお休みですか……?」


 レインが戸惑いながら聞き返すと、マシューの口元がわずかに緩んだ。


「いや、今日に限った話じゃない。文書館にいるのは、館長の私と、清掃担当の君だけだ」


「……?」


 言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。


「でも、史官試験って毎年あって、何人かは合格して文書館員に任命されるって聞きましたけど……?」


 ニーアス──いや、カール国王の話を思い出しながら、レインは確認する。


「その通り。毎年一人二人は合格して文書館に配属されるよ。……でも、すぐ辞めちゃうんだよね。大抵、一ヶ月ももたない」


 マシューは淡々とそう言った。


「……なぜですか?」


 レインの問いに、マシューは苦笑を浮かべながら肩をすくめた。


「一身上の都合だよ。詳しくは言えないな」


 その言葉に、レインは小さな違和感を覚えた。

(自分が選んだこの場所には、まだ知らない“事情”が隠されているのかも……)


 その考えは、ゆっくりと不安へと形を変え、静かに胸の内に広がっていった。


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