第二話 『王国創始記リバイバル』
レインが『王国創始記リバイバル』を手に入れてから、十日が過ぎた。
夢中でページをめくり続け、いまでは第四巻に差しかかっている。
ここまでに読んだ内容は、ざっと次のようなものだった──。
◆第一巻
始まりは、およそ千年前。
南方より海を渡った青年アルベルト・アステニアは、現在の王国の建つ地──北の大陸南端に上陸した。
当時のこの地は、手つかずの自然に恵まれた豊かな土地だった。
中央から西には広大な田園地帯、東には深い森が広がり、人々は農耕や狩猟を営みながら、各地に小さな集落を築いて平穏に暮らしていた。
その穏やかな風景に心打たれたアルベルトは、この地に腰を据えて生きることを決意する。
だが──彼の定住からほどなくして、魔族が北方より大挙して襲来した。
魔族は田畑を荒らし、集落を蹂躙し、炎の柱が次々と大地を焼いた。
緑に満ちていたこの地は、見る間に荒れ果てていった。
アルベルトは立ち上がった。
仲間を募り、組織を編成し、自ら先頭に立って〈魔族掃討戦争〉を指揮する。
剣聖サントス・ガドリュー、魔法師カルナ・ストラートらがそのもとに集い、数々の激戦が繰り広げられた。
そして、ついにはアルベルト自身が魔王との一騎打ちに挑み、これに勝利した。
敗れた魔族軍の残党は北の奥地へと退いていった。
この勝利により、アルベルトは人々の英雄として称えられ、やがてこの地の指導者的存在となっていく。
◆第二巻
戦火の爪痕が残る土地を前に、アルベルトは再興に乗り出した。
西の田園地帯、中央の都市開発地帯、そして東の森林地帯──三つの区域に分け、復興計画と新たな統治体制を人々に提示する。それは「国」の萌芽であった。
だが、東の森に暮らすシルヴィ族だけは、これに反発した。
魔族の被害が最も少なかった彼らにとって、外から来たアルベルトの統治など必要なかったのだ。
シルヴィ族は森への干渉を頑として拒み、外部の人間がその中に踏み入ることすら許さなかった。
アルベルトは対立を避け、やむなく東の森の関与を諦める。
だがその静寂は、突如として破られる。
東の森の中央に位置する湖〈サーマ・ラグーン〉から、水龍神ガザスが現れた。
水の神は荒れ狂い、濁流を生み出して森の木々をなぎ倒した。
そして、その破壊の波は、開発中の都市や田園地帯にまで広がった。
再び、アルベルト、サントス、カルナの三人が結集し、神への挑戦を決意する。
三日三晩に及ぶ死闘の末、サントスの剣がその喉元を貫き、水龍神は霧散した。
その戦いの後、シルヴィ族は態度を一変させた。
アルベルトに感謝を示し、森への立ち入りを認めたばかりか、その統治に協力するようになる。
◆第三巻
晩夏の満月の夜、シルヴィ族は、〈サーマ・ラグーン〉の湖で、ある神聖な儀式を行う。
〈魂送りの儀式〉──
それは、森で亡くなった者たちの魂がその季節、湖へと還ってくるという伝承に基づいている。
湖に還ってきた死者の魂が静かに湖底へと眠るように鎮魂の舞を捧げる儀式。
この儀式には、部外者の立ち入りは固く禁じられており、儀式の実態は、長らく外の世界に知られてこなかった。
だが、儀式を不審に思ったアルベルトは、一度でよいから見せてほしいと、シルヴィ族の長老ジグルに願い出る。
ジグルは、水龍討伐の恩に報いるため、今回に限りアルベルトの参列を認めた。
そして迎えた儀式の夜。
湖の水面には満月が冴え渡り、湖岸にはシルヴィ族の手に灯る無数の蝋燭が揺れていた。
ジグルは一艘の小舟で、静かに湖の中央へと漕ぎ出す。
やがて、湖上にて祈りを込めた演舞を捧げ始めた。
蝋燭の灯りと月光に照らされた舞は、力強さとしなやかさを併せ持っていた。
ただ静かに水面を揺らすだけだった湖に、不思議な気配が漂い始める。
そして──
舞の所作に呼応するように、ジグルの周りに青白い光がふわりと現れた。
それは魂だった。
ゆらり、ゆらりと宙を漂い、舞と戯れるように寄り添い、踊っていた。
まるで、死者の魂と生者の祈りが交わるような、美しくも厳かな光景だった。
やがて舞が終わると、青白い魂は、静かに湖の底へと沈んでいった。
その光景に心を打たれたアルベルトは、儀式が見世物などではないことを深く理解し、ジグルに感謝の言葉を述べた。そして、今後は自らも含めて、シルヴィ族以外の者の参列を一切禁じるという掟に合意した。
◆第四巻(冒頭)
復興が進み、国づくりの輪郭がはっきりと見え始める中、アルベルトは次なる一歩を踏み出す。都市部の中心に王宮を築き、その周囲を「王都」と定め、正式な王国建国を視野に入れ始めたのだ。
だが──その王都で、誰も予想しなかった出来事が起こる。
突如として巨大神殿〈ラスタンディア〉が出現したのだ──
◆◆◆
レインが読んだのは、ちょうどこの辺りまでだった。
一巻の冒頭から本の世界へとすぐに没入し、すらすらと一気にここまで読み進めてきたのだ。
しかし、ちょうど今読んでいる辺り、突如として登場した〈ラスタンディア〉という存在があまりに唐突で、どうイメージすれば良いのか掴めず、戸惑っていた。
さらに、他の巻に比べて難解な記述が多いように感じ、違和感を覚えていた。
そんな読みかけの第四巻を手に、レインは教会の礼拝堂の椅子に腰を下ろした。
春の穏やかな日差しが、ステンドグラス越しに差し込み、彩りの光を床に落としている。
「さて、今日も続きを──」
そう呟いて、本を開こうとした、そのとき。
「ねぇねぇ、レインも一緒に河川敷に行こうよ!」
朗らかな声が背後から響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは、レインの幼馴染たちだった。
先頭には、紫色の髪を軽やかに揺らす、花好きの少女シトラス・ウォーカー。
その後ろには、木刀を携えたランドリー・エバンスとサラ・エバンスの兄妹が、優しい笑顔を浮かべていた。
「よし、行こう」
レインは本をそっと閉じ、立ち上がる。
ページの続きは、またあとで。
仲間たちの笑顔に応えるように、彼もにっこりと微笑んだ。
その瞬間、やわらかな春風が窓から吹き抜けた──。




