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第十六話 国王陛下とその臣下たち

 

 玉座に腰を下ろしたニーアス──いやカール国王は、微笑をたたえながら、(かたわ)らに控える四人の臣下の顔ぶれを順に見渡した。


「身体検査官グレナ、騎士団員アレク、庭師レイチェル、文書館清掃員マルコ──四人とも、ご苦労だった」


 そう言ってから、カールはゆっくりと、呆れた表情を浮かべていたグレナの方に視線を移す。


「そんな顔をしなくてもいいではないか、身体検査官グレナ殿。私は実に愉快だったぞ。君たちの芝居、なかなか見応えがあった」


 グレナはむっと顔を赤らめる。


「わしは()()()()()じゃ! わしは身体検査官ではないぞ……まったく……!」


「それなら最初から魔法師団長だと名乗れば良かったではないか。君は、私のいないところで、彼らに会っていたのだからな」


 カールが穏やかにそう返すと、グレナは少しばつが悪そうに視線を逸らし、小声でつぶやいた。


「……陛下の茶番には呆れ返りましたが、それでも陛下のご命令ですので、逆らえません」


 その答えに、カールは実に満足そうに笑い声を上げた。


「ふふっ。さすが魔法師団長だな。誠実な態度、実に立派だ」


 そして今度は、楽しげな口調で隣のレイチェルに目を向ける。


「それに比べて、レイチェル医局長。あなたは、私が授けた“王宮庭師”の設定をあっさり放棄して、途中から堂々と本職を名乗っておられましたなぁ」


 カールが軽くからかうように言っても、レイチェルはまるで気にした様子もなく、肩をすくめて苦笑した。


「茶番にいつまでも付き合っているのが、だんだん馬鹿馬鹿しくなっただけです。それに……あのとき、シトラスの身の上話と、あの子の覚悟を聞いてしまっては、こちらがいつまでも偽りの肩書きを通すのは心苦しくなって。彼女に対して失礼にあたると思いました」


 レイチェルはそのときのやり取りを思い出しながら、静かに言葉を返した。

 カールにとって先ほどの問いかけはあくまで冗談にすぎず、実際にはレイチェルの判断とその気持ちを十分に理解していた。


「君の言う通りだ。からかってすまなかった」


 そこへ、シトラスの話を何も知らないマルコが、横から興味深げに口を挟んだ。


「なんじゃ、その“身の上話”というのは?」


 レイチェルは小さく笑みを浮かべながら、すぐに応じた。


「あとでゆっくりそれはお話ししますよ。それにしても、あなたは“文書館清掃員”という設定でしたよね? 一介の清掃員が医局長に向かってその口ぶりは、ちょっと不遜なんじゃありません?」


 レイチェルの様子からは、医局長という本職を保ちつつも、他の者たちの“茶番設定”をどこか楽しんでいるような余裕がにじんでいた。


 マルコはゆっくりと口を開く。


「ならば、私もこのあたりで茶番の”設定”をちゃんと解かせてもらおう。私は文書館の清掃員マルコ・ユネーシオではなく、()()()()()()()()()()()()()()()だ。もっとも、今さらレイチェル殿に向けて名乗り直すまでもないだろうが」


 そこに割って入ったのは、騎士団員アレクだった。


「後になってから茶化されるのも癪なので、私も先手を打って、茶番設定を解いておきたいと思います。私アレクは王国騎士団()です」


 そう前置きした上で、アレクは話を続けた。


「ところで、ひとつ気になっていたのですが……マシュー殿。なぜあなたは、わざわざ陛下と同じように“偽名”まで使われたのです? 陛下の指示では、役職を仮のものにするだけで、名前までは変えなくていいと言っていたはずですが」


 その問いには、カール国王が代わりに答えた。


「それはな、レイン・オリバーが『王国創始記リバイバル』を持っていて、すでにマシューという名を知っていたからだ。私も驚いてな、慌てて“マルコ”という偽名をでっち上げて、急遽そう名乗らせたのだよ」


 マシューは穏やかに頷きながら、少し困ったように笑った。


「本当に驚きましたよ、陛下。あの時、いきなり『この方は、文書館清掃員のマルコ・ユネーシオさんです』と紹介されて。(あれ? 名前まで変えられた?)と一瞬、混乱してしまいました」


 カールは軽く頭をかき、頭を下げた


「驚かせてすまなかった、マシュー。だが、もし君が本名を名乗っていたら、役職の嘘がすぐに見破られると思ってな。あの場では、咄嗟の判断だったのだ」




 そしてカールは、改めて臣下四人の顔ぶれを一人ひとり見渡すと、ひと呼吸おいて、場に厳かな空気をもたらす声で言葉を続けた。


「さて、茶番の振り返りはこれくらいにして──これから、四人の処遇を決定しようと思う」


 その言葉を境に、広間の空気にじわりと緊張が満ちていった。


 しかし、まだ腑に落ちない様子で、マシューが口を開いた。


「その前に、陛下。一つお伺いしてもよろしいでしょうか。あの四人の若者たちは、一体何者なのですか? 陛下からは、『どうしても招きたい四人がいるので、丁寧に応対し、王宮の各役職への適性を見てくれ』としか事前に聞いておりませんでした。どういった経緯で、彼らを招待することになったのでしょうか?」


 その問いに、他の面々も「実は自分もそれが気になっていたのだ」という顔つきで、国王に視線を向けている。


 カールはしばし黙し、考え込むような仕草を見せた後、静かに口を開いた。


「その件については、きちんと説明する。だが……それは、四人の処遇を決めてからだ」


 しかしその返答に、マシューは納得しかねる表情を浮かべた。


「ですが陛下。四人が何者かを我々が把握していなければ、適切な処遇を判断するのは難しいのではありませんか?」


 カールは微かに笑みを浮かべ、静かに応じた。


「もっともな意見だ。だが──時として、過剰な情報は判断を曇らせることもある。君たちはすでに彼らと直接関わり、その素質を自らの目で見極めたはずだ。それこそが最も確かな材料ではないか」


 マシューはしばらく考え込んだ後、慎重に言葉を選びながら問いかけた。


「つまり──四人を王宮に招いた理由そのものが、“余計な情報”だと?」


「いかにも」


 短く断言するカールの声音には、確固たる信念が込められていた。

 問答を経て、マシューはようやく小さく頷いた。


「……承知しました」


 他の臣下たちも、黙ってそれに従う。


 カールは静かに視線を巡らせ、声の調子を改めた。


「それでは──今より、四人の処遇を決定する。王宮に仕えるに値する者がいたなら、この場でその名を挙げよ。推薦する役職と理由も添えて申してもらおう」


 最初に口を開いたのはレイチェルだった。


「茶番も嫌いですが、こうした正式な堅苦しい手続きも苦手です。私はシトラス・ウォーカーを王宮薬師に推薦します。もし新規役職の設置が難しいのなら、医局長見習いでも構いません。……それで、わざわざ推薦理由を述べる必要があるでしょうか? 陛下ご自身が案内人ニーアスとして、彼女をよく見ていたはずです。彼女の薬草に関する知識と覚悟、そして将来性を踏まえ、医局長レイチェル・ガーデンが責任もって、彼女を推薦いたします」


 レイチェルは途中、ややくだけた口調を交えつつも、最後はきちんとした言葉でシトラスを推薦した。


 カールは深々と頷いた。


「承知した。シトラス・ウォーカーを王宮薬師に任命する」


 次に口を開いたのはアレクだった。


「私、騎士団長アレク・サンダーは、ランドリー・エバンス、サラ・エバンスを王国騎士団の一員に推薦します。二人は、類まれな剣技と強い向上心を私に示してくれました。将来、王国を守る立派な剣士に成長するはずです」


 カールは意地悪そうな口調で問いかけた。


「アレク殿、推薦理由が少し物足りないように思いますが……。それに、一対一の木刀試合の前に、『自分を倒したら騎士団に推薦する』というようなことを宣言されていましたよね? 結果はあなたの勝利でしたが、その約束とは違いませんか?」


 アレクは陛下の指摘に苦笑した。


「その約束は、あくまで騎士団の単なる一員としての茶番の演技の中での発言に過ぎません。騎士団長として彼らと剣を交えて分かったのは、彼ら二人の実力が現在の騎士団の中で十本の指に入るということです。もし相手が私ではなく、私の部下だったら、十中八九、彼らが一本先取していたでしょう。これで十分な推薦理由になりますか?」


 カールは、彼らが騎士団の十本の指に入るという評価に一瞬驚いた表情を見せた後、今度こそ納得したように深く頷いた。


「承知した。ランドリー・エバンス、サラ・エバンスの両名を王国騎士団員に任命する」


 その後、マシューがゆっくりと口を開いた。


「私は、レイン・オリバーを()()()()()()に推薦します」


 アレク、レイチェル、グレナは、マシューの言葉を聞いて驚き、三者三様に声を上げた。


「はぁ?」「へっ?」「ほぅ……?」


 アレクが確認するように問いかける。


「文書館員ではなく、清掃員に推薦するのですか?」


 マシューは口元に笑みを浮かべて答えた。


「左様。レイン本人が“清掃員として雇ってほしい”と希望していたのだから、仕方ありますまい。私はその願いを叶えるまでのことです」


 そのやり取りの一部始終を知っているカールは、穏やかに微笑みながら尋ねた。


「私からも念の為に伺いますが……文書館員に、飛び級で推薦するつもりはない、ということでよろしいですね?」


 マシューは穏やかな笑みを浮かべ、小さく頷いてみせた。


「……たしかに彼は、すでにこの王国の歴史についてよく学んでいました。歴史への探究心も、着眼点も、非常に優れている。しかし、立派な文書館員としてやっていくためには、遅かれ早かれ史官試験に合格してもらわねばなりません。だからこそ、最初は“清掃員”という立場で十分なのです。彼は丁寧に本を扱っていましたし、文書館清掃員としての推薦理由としては、それで申し分ないでしょう?」


 最後にマシューは、にやりと笑った。

 カールはその説明に満足げに頷いた。


「やはりマシューは、容赦がないですね。私のように甘い者なら、彼を文書館員に取り立ててしまいそうですが……納得しました。レイン・オリバーを、王宮文書館清掃員に任命しましょう」


 こうして、レインたち四人はそれぞれ王宮の職に任命されることとなった。




 全員の処遇が無事に決まったところで、カールはすっきりとした表情を見せる。

 そして、あらためて臣下たちを見渡して語りかけた。


「さてそれでは、そもそもなぜ彼ら四人を王宮に招くことになったのか? その経緯を説明するとしよう」




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