1.落ちこぼれの少年
ドラゴン・ライダー。
それは数えで十三歳以上になる者で、パートナー・ドラゴンがいる者たちの呼称である。
今の季節は春。今日は年に一度の『方結いの儀』が行われる日である。
今年で十三の年を迎える子どもたちは朝から落ち着きなくそわそわし、儀式が始まる頃になると勢い良く家を飛び出し、儀式が行われる神殿へと走っていく。そしてある程度時間が経った後に己のパートナー・ドラゴンを連れて嬉々とした表情で家に帰ってくるのだ。
シン……と静まりかえった神殿の最奥で、低く抑揚のない声が淡々と紡がれる。
「―――いずこかに在りし竜の園。そこに生きし命。この者と対をなす翼よ………」
ポウ…と、床に敷かれた大きな召喚のための陣が淡い光を放つ。
召喚術を行っている神官と向かい合わせに立っている子ども――ルクトはコクリとない唾を飲み込んだ。口の中は緊張のあまりにとうの昔に乾ききっていた。
ルクトは淡い燐光を放っている陣を瞬きもせず、その琥珀の瞳でじっと見つめ続ける。
「求めの声が聞こえるのならば、その求めに応じて異界を繋ぐ光の道をたどれ」
神官の声に応じてなのか、陣の光も段々と強いものへと変化していく。
フワリと風も吹いていないというのに空気が動きをみせる。
「世界の壁を突き抜け、この場へと降り立て―――――」
一気に陣の光が強まる。
「ドラゴン――――光臨!!!」
その瞬間、強烈な光が弾けた。
あまりに光が眩しいためにその目を閉じていたルクトは、光が収まったのを感じてゆっくりと瞼を持ち上げた。
開けた視界で陣の中央を見て、ほぅ……と詰めていた息を吐き出した。その拍子にさらりと焦げ茶色の前髪が目にかかる。
「ルクト…………」
つい先ほどまで召喚の呪文を唱えていた神官の声がすぐ目の前から聞こえてきた。
そっと大きな手のひらがルクトの肩へと添えられた。
「今回も…………」
「わかっています。失敗……ですね?」
神官とルクト、二人の視線の先は陣だけが広がる空いた空間。そう、空間だけ。
本来であればそこには召喚に応じたドラゴンがいるはずの場所。しかし、そこにドラゴンの姿はなく、二人の息遣いだけがひっそりと聞こえるだけである。
その空っぽの空間を見て、神官は静かに言葉を紡いだ。
「―――えぇ。今年も、君と対を成すドラゴンは見つからなかったようです」
「そう、ですか………」
そして重い沈黙が降りる。
しばらくの間、二人は何も言葉を発することなく床の陣を眺め続けた。
「―――ねぇ、神官さま」
「……なんでしょう」
「三回です、今年で三回目……この儀式を受け、そしてパートナーが見つからないのは………俺の、一体何がいけないんでしょうか?」
語尾はかすれ、それは神官に対する問いかけというよりも、ただ己の疑問を独り言のように呟いた感じでもあった。
そんなルクトに神官は哀れみの視線を向けることしかできなかった。
肩に添えていた手を頭へと持っていき、慰めるように何度も撫でた。
「原因は私にもわかりません。なぜ、あなたのパートナー・ドラゴンが見つからないのか……必ず、いるはずなのです」
「でもっ!…でも、見つからない。皆一回目の儀式でパートナーは見つかっているんですよね?なのに俺は三回も儀式を受けても見つからないっ!何か訳がないとおかしいじゃないですかっ!!」
「ルクト………」
ルクトが儀式を受ける前、今年十三歳になる子どもたち全員の儀式を神官は済ませている。もちろん、子どもたちは全員己のパートナー・ドラゴンが見つかっている。
一回の儀式で普通は見つかるのだ、パートナー・ドラゴンというものは……。
しかし、儀式の手順も、呪文も間違うことなくきちんと行っているというのに、ルクトの前にだけパートナーは現れない。
三年前、その事実がどれだけルクトを打ちのめしたことだろうか。
己のパートナーが見つかり、嬉々として自分の家へと帰っていく同世代の子どもたち。それを羨ましく思いながら、しかしもう少しすれば自分も彼らと同じように喜びに笑顔溢れることを思い描きながら受けた初めての方結いの儀。
―――そして希望は失望へと変わる。
ドラゴンの影も形もない空の陣。
何かの間違えではないかと神官に詰め寄り、手順なども確認したが間違っていなかったことがわかり一気に血の気が下がっていく体。
涙で歪んで見える神官は、しかしゆっくりと首を横に振った。
そこまでが一回目の儀式で覚えていた記憶だ。どうやら気絶したらしく、神殿から知らせを受けて慌てて迎えに来てくれた両親が家へと連れ帰ってくれたらしい。気づいたら長年見慣れた天井が視界に広がっていた。
そして二回目の方結いの儀。
前回は運が悪かったのかもしれないと自分に言い聞かせ、儀式に挑む。だが結果は一回目と同じ、失敗。陣の中央にドラゴンは現れず、空っぽの空間が広がっているだけだった。
二回目は気絶するような真似はしなかったが、やはり落胆することは隠せなかった。
――そして三回目の今日。結果はご覧のとおり、またもや失敗に終わった。
「俺に原因があるんですか?例えば、ドラゴンに嫌われる体質とか………」
「ルクト、それはないと思います。パートナーでなくとも、あなたの周りにいるドラゴンたちはあなたを避けますか?攻撃してきますか?そんなことはないでしょう……?」
神官の言葉に、少し逡巡した後ルクトはコクリと一つ頷く。
両親のパートナー・ドラゴンたちも、近所の人たちのパートナー・ドラゴンもルクト自身を嫌うような素振りはなかった。普通に触れるし、遊び相手になってもらったりもしているのだから、よく考えてみればそういった体質でないことはわかる。
では、一体何が原因なのか、と初めの疑問に戻ってしまう。
「自分のパートナー・ドラゴンが見つかるまで、俺は気長に待つしか方法はないんですか………?」
「今のところは、そうだとしか私も答えてあげることができません。他の神官の方々に君のような例はないか聞いてみて回ったのですが、皆さん心当たりはないらしく……今のところ解決策らしいものは見つかっていません」
「神官さま………」
この神官はルクトの方結いの儀を三回とも行っていた。もちろん、ルクトのことは覚えている。というか、前例のない事態――己のパートナー・ドラゴンが見つからないという異常事態の渦中の人物であるため、記憶に残らざるをえなかった。
「今の私にはこれが精一杯です。力になってあげられなくて申し訳ありません」
「いえ……。俺の方こそ、迷惑をかけてしまってすみませんでした………」
申し訳なさそうに頭を下げる神官に、そんなことはないと首を横に振って否定する。
きっと、誰もがどうしようもないことなんだろう。
神官に今一度お礼の言葉を言い、神殿を後にしたルクトは、しかしほとんど歩かないうちに数人の同い年の少年たちに囲まれた。
「よぅ、ルクト。念願のパートナー・ドラゴンは見つかったのか?」
「……シヴァン」
ニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべて話しかけてくるリーダー格の少年――シヴァンに、ルクトは表情を曇らせた。
そんなルクトを見て、シヴァンはより一層口の端をつり上げた。
「んん?見たところドラゴンの姿はないようだが……なんだ、また今年も見つからなかったのか?さっすが落ちこぼれのルクトくーん!」
途端、ぎゃはははっ!とバカにした笑い声がルクトを囲んだ少年たちの口から遠慮なく吐き出される。
ルクトはそれに対し、ぎゅっと口を固く結んで無言を貫く。
「はっはっはっ!あ~、もうマジかよ?今年で三回目だろお前。二回目の時も思ったけど、お前もう諦めたら?そんだけやっても見つかんないっていうんなら、もう駄目なんじゃねーの?」
「……諦めるかどうかなんて、俺の勝手だろ」
「そりゃそうだ。でもさぁ、お前だって本当は心の中では思ってるんじゃね?見つからないかもってさ!」
「………………」
シヴァンの言葉に、ルクトは更に表情を曇らせる。
そんなこと思ってない、なんて言えるはずがない。なぜなら、パートナーが見つからなくて一番不安に思っているのはルクト自身なのだから。
無論、そんな当たり前なことはシヴァンとて心得ている。心得ているからこそ、わざと口にしているのだ。
「まぁ、お前にパートナーができまいと、この街を出て行く俺には関係ないけどな!」
「……王都の、竜騎士の試験を受けに行くんだっけか……」
「そう!こいつと一緒になっ!!」
そう言うとシヴァンは視線を上へと向ける。
次の瞬間、ブワリと風が巻き、バサリという羽ばたきの音と共に一頭の赤いドラゴンがシヴァンの後ろへと舞い降りる。
「天竜………」
「そ、こいつは天竜の火竜―――名前はヴァデス。俺の相棒に相応しいだろ?俺とこいつで力を合わせりゃ最強間違いなしだぜ!」
ルクトの呟きを聞きとめたシヴァンは、そういえばお前には初めて見せるな!と、得意げに己のパートナー・ドラゴンを紹介する。
そんなシヴァンの言葉に合わせて、グルグルグル……とヴァデスが同意するかのように唸り声を上げる。
ここで話は変わるが、ドラゴンと一口に言っても種類はたくさんいるので、それに応じて分類分けも異なってくる。
まず、ドラゴンを大まかに二つに分けるとすれば、空を飛べる『天竜』と飛ぶことのできない『地竜』に分けられる。
それとは別に、ドラゴンそれぞれが持っている属性によっても分けられる。
まず火属性のドラゴン。これを『火竜』と呼ぶ。同じように水属性であれば『水竜』、風属性であれば『風竜』、土属性であれば『土竜』、木属性であれば『木竜』、雷属性は『雷竜』、光属性は『光竜』、闇属性は『闇竜』と呼ばれる。
ドラゴンの属性はこの八つのいずれかになり、火・水・風・土の属性のドラゴンが多く、闇・光属性のドラゴンは少ない。残りの雷・木属性のドラゴンは多くもなく少なくもなくといったところか……。
今、シヴァンは天竜の火竜とヴァデスのことを紹介したのであれば、空を飛べる火属性のドラゴンとなるわけだ。
「さってと、こうしちゃいられねぇ。騎士団の試験の日が近いからな。俺は準備で忙しいんだ。じゃぁーな、落ちこぼれのル・ク・ト・く・ん!」
そう嫌みったらしくルクトに言い残し、シヴァンはパートナーの背に跨ると空へと舞い上がっていった。
それに合わせてルクトを取り囲んで嘲笑っていた他の少年たちも自分たちのパートナーを呼び寄せ、それぞれの背に乗ってその場を去っていく。
―――ルクトに、ドラゴンの存在を見せつけるかのように………。
プロローグに続き第一話を投稿。
一話分として、この文量は足りているのでしょうか?少し少ない??読む人にもよるんでしょうけど……。
一話目なのに説明文とかが多すぎて、あまりストーリーとしては進んでいないような気が……。頑張って週一くらいのペースで更新したいと思います。