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クローン・フレンド

作者: きたひがし
掲載日:2024/04/17

 朝起きて、顔を洗って、食事をとって。あとは眠くなるまでダラダラと過ごすだけ。

 彼女の毎日は昨日と同じことの繰り返し。何もすることもなく漫然と毎日がただ流れ過ぎていく。目的もなく、感情もなく、まるで機械人形が暮らしているかのような光景。


 ここは全てが完成された世界。

 完璧にプログラムされたマシーンが人間に代わって動き、働き、街を創って、社会を回している。

 仕事をする必要もない。

 家事をする必要もない。

 他人と接する必要もない。

 不自由、不便、不公平から完全に解放された世界。


 全ての人たちは与えられた居住空間から出ることなくマシーンを通じて欲しいものを手に入れることができる。食事も、娯楽も、知識も、あらゆるものが思いのままに。


 彼女もそんな何一つ不自由のない空間で毎日を過ごしている。

 それでも…、不満なんてないはずなのに胸にはポッカリと空いた大きな穴。

 退屈と孤独による空しさが彼女の心を蝕んでいた。

 窓から地上を見下ろせば、ネオンに輝く街並みがキラキラと最果てまで広がっている。

 だけど、彼女はいつも眺めているだけ。


 どこかへ出かけたいと、そう想いをはせることがあったが、一人で外出することが怖くて殻を破ることができない。

 こんな生活が長いから、連れ合うような友達は一人もいない。誰かと一緒にお店に行ってみたり、劇場で映画を見たり、遠くまで車でドライブして素敵な景色を見たり、やってみたいことはたくさんあった。


 ―そうだ。

 降って湧いた突然のアイディア。

 自分をもう一人作ってしまえばいいんだ。

 彼女はそう閃いた。


 早速、彼女は部屋のマシーンに要望する。自分のクローン人間を作ってほしいと。いつものようにマシーンは何も言わず主人の願いを聞き入れた。


 次の日、彼女の部屋を訪ねる人がいた。

 ドアを開けると、自分と瓜二つの人間がそこにいた。彼女は恐る恐る話しかけてみる。

 「こんにちは。あなたは…誰?。」

 訪問者はにっこりと笑って喋ってみせた。

 「私はあなたのクローンよ。私はあなたであなたは私。」


 この日から彼女には初めての友達ができた。趣向も考え方もまったく同じ人間。嫌われたり拒絶される心配もない。彼女にとって最も望ましい友達だった。

 彼女は早速、友達を連れて街へと出かける。めまぐるしい灯りが彩るストリート、壮麗に立ち並ぶビル群、どこまでも広がる街並。淡白で、無機質で、限られた居住空間の中で生活していた彼女からすれば新世界に訪れたような気分。かつて、部屋の窓から見下ろすだけで空よりも遠く感じた地上は彼女を恍惚とさせた。内気な性格によって閉じ込めていた様々な欲求は障壁が無くなったことで一気に溢れていく。興味にそそられるがまま彼女はいろいろな所へ飛び回った。


 ある時は、洋服を選びに行ってオシャレを楽しむ。

 「素敵よ。とてもよく似合っているわ。」

 着飾る彼女を友達は手を叩いて褒めてくれる。


 ある時は劇場に行って、観たいだけ映画を観る。

 「とても面白い映画だったわ。」

 友達は彼女の好みに笑顔で同調してくれる。


 彼女がすることに友達は快く付き合ってくれた。

 話をする相手がいるだけで、嬉しくて、楽しくて、彼女は初めて生きている喜びを感じていた。

 時間が過ぎていくことがもどかしく、明日が来ることが待ち遠しい。こんな日が毎日続くのだと思うと自然と笑みがこぼれてくる。

 これまでの生活では味わうことができなかった悦びによって、これまで灰色にくすんでいた日常はみるみると色を帯びていった。


 そんな日々が続いたある日、彼女はいつものように友達とお出かけする。

 友達はいつも通り楽しく振る舞っているのだが、その横で彼女は何となしに怏々としていた。今日も食事や、ドライブをして一日を過ごしたのだが、友達の反応や返事に感じ始めた微かな違和感。


 友達から返ってくる言葉はいつも同じような台詞だった。

 「楽しいね」

 「美味しいね」

 「また行きたいね」

 「いいね」

 「いいね」

 「いいね」…


 友達は決して不満を言うことはなく、彼女が望むこと、感じることをそのままに答えてくれる。まるで、鏡に映る自分が自分と会話をしているかのような、そんな気分を覚えていた。

 彼女は自分の中で何かが大きくなっていることに気付いた。

 以前、一人ぼっちだったころに抱えていた心の穴。変わり映えのしないあの部屋で毎日を送っていたときに抱えていたあの空虚感。

 そんな疑念を振り払うかのように彼女は友達を連れてもっともっと色んな所へ出かけ、色んな経験をした。けれども、結局返ってくるリアクションはどれも彼女に調子を合わせたものばかり。


 ある時、彼女は友達に問いかけた。

 「あなたはどうして私に意見や文句を言ったりしないの?。」

 友達は答えた。

 「だって私はあなたであなたは私なのよ。あなたがしたいことは私のしたいことだから何でも楽しいし、不満なんて無いわ。私たちは二人だけれど、元は一人の人間なんですから。」


 それから程なくして、あの無機質な部屋の中で人知れず二人の亡骸が転がっていた。

 一方はナイフで胸を刺され、もう一方は手首を切って自死していた。

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