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6 心配なのは、私?

 山川紗苗(やまかわさなえ)――可愛さと凛々しさが共存する美少女である。

 おまけに文武両道の才女とくれば、凡人には完璧な人間に見えるだろう。

 しかし、そんな彼女にも弱点はある。その一つが、幽霊やお化けを苦手とするものだ。姉も母親も幽霊が苦手なので、遺伝だと紗苗は考えている。


 修学旅行の初日にその弱点を曝け出してしまい、紗苗が落ち込んだのは言うまでもない。

 そのこと以外は、紗苗にとって有意義な旅行であったと言えよう。この旅行で、今まで紗苗を遠目に見ていた女子生徒たちとの距離が、かなり縮まったのを感じ取れたからだ。

 紗苗の圧倒的な美しさもそうだが、凛とした雰囲気がこれまで女子生徒たちとの距離や壁を作っていた。

 ところが、表紙モデルをしたことで、女子生徒たちとの距離が縮まっている。誌面上ではあるが、紗苗の違う一面を彼女たちに知られたことが大きいのかも知れない。

 ただ、普段の紗苗がクールビューティーなのは、相変わらずであるが……



 修学旅行が終わると、いつもの日常が訪れる。

 ある者は来月の運動会に向けて練習を始めたり、またある者は中間テストに向けて勉学に励んだりしていた。

 生徒会も、来月の様々な行事に向けての準備を始めている。とは言っても、紗苗たち生徒会役員は三期目なので手慣れたものであった。





「君はこの近くの学校の生徒かな?」

 この辺りでは見かけない雰囲気を醸し出している男から、声を掛けられれば警戒するのは当然のことだ。

 麗美(れいみ)は、瞳に警戒の色を滲ませて男を凝視した。

「ごめんごめん。急に声を掛けてすまない」

 男はポケットから名刺を取り出し、「私はこう言う者だ」と麗美に渡す。

「芸能事務所? これって……」

 名刺を受け取った麗美の瞳が大きくなった。

「それで、君はこの近くの学校の生徒でいいのかな?」

「はい! そうですぅ!」

 芸能界に憧れている少女は多い。麗美もその一人なのだろう、先ほどまでの警戒が失せ、瞳は期待で輝いている。

「君は、この表紙の子を知っているかな? この近くの学校だと聞いたんだが……」

 男はそう言って、麗美に紗苗が載っている雑誌を見せた。

「知っていますけど……、会長をスカウトするのですかぁ?」

「会長?」

「あ、いえ……、山川さんはうちの学校の生徒会長をしているので、つい――」

 麗美が慌てて説明する。

「ほほう、生徒会長か……、それは凄いね」

「はい、凄い人です。頭も良くて、運動も出来て、それになんと言っても超絶美少女なんですぅ!」

 麗美の気迫が、男を圧倒する。

「それで、君はその山川さんと交友があるのかな?」

「私も生徒会役員ですし、クラスメイトなので交友はありますよ」

「ほほう」

 男が目を細める。

 そして、麗美を舐める様に眺め「君もなかなか可愛いと思うよ」と麗美の耳元で囁いた。

「え――?」

 麗美は、自分にそんな言葉が発せられると思ってもいなかったのだろう、視線を彷徨わせている。

「わわわ、私がですかぁ?」

「私はこれまで、君のような子を沢山スカウトし、俳優やアイドルに育ててきたんだよ。その私から見ても君は可愛い部類の女の子だよ」

 麗美は顔を上気させ、フラフラとよろけた。

「どうだろう、少しそこのファミレスで君のことや会長さんのことを聞かせて貰えないだろうか?」

 男はそう言って近くのファミリーレストランを指差した。





「え? またスカウトされたの?」

 夕食をテーブルに並べている真澄(ますみ)に、紗苗が聞き返した。

「紗苗が雑誌に載ってから、私の所にも時々名指しでスカウトの人が来るようになったのよねぇ。落ち着いたと思ったんだけど、まだまだ続きそうね」

 真澄が苦笑する。紗苗は真澄に申し訳ないと感じたのか、顔を伏せた。

「お姉ちゃん、ごめん」

「何が?」

 真澄が首を傾げる。

「私がモデルを引き受けた所為で、変なことに巻き込んで……」

「大丈夫よ。それほどしつこくされていないから。それに、何かあれば清孝が守ってくれるし――」

 真澄がそう言って頬を緩ませる。それは、見ている側が恥ずかしいほど緩み切っていた。





「佐藤さん、どうしたの?」

 紗苗の声に麗美がかろうじて反応した。他の生徒会メンバーが手を止めて、二人のやり取りを見守っている。

「あ、会長……、何ですかぁ?」

「何ですかぁ――じゃないの。さっきから何度も呼んでいたのですよ?」

 紗苗は頭を揺らし、額を押さえる。

「そうですかぁ、それはすみません」

 麗美が素直に詫びるが、今日は朝から浮ついている様に紗苗には見えた。不意に思い出した様に笑みを溢す様は、少し不気味でさえある。

「佐藤さん、今日はもう帰ってもいいですよ。後は私がやっておきます」

「そうですかぁ、それじゃお先に失礼します」

 麗美は緩んだ表情のままそう言って、生徒会室を出て行った。

「どうしたんでしょうね?」

 翔太(しょうた)が、麗美の出て行った後を眺めながら呟く。

「何か良いことでもあったのでしょう」

 紗苗はため息を吐くと、麗美のやり残した執務に取り掛かった。





「君が山川紗苗くんかな?」

 下校途中、紗苗は中年の男から声を掛けられた。紗苗は警戒心を強めた眼差しを相手に向ける。

 上質な仕立ての派手な背広に、高級そうな腕時計が袖からチラリと覗いている。しかし、御世辞にも男の品性と釣り合っているとは言い難い。

 男は紗苗から向けられた眼差しに言葉を失うが、すぐさま我に返る。

「君は、写真と雰囲気が違うんだな」

 男は暫く感慨深げに紗苗を眺めてから、「突然声を掛けてすまないね。私はこう言う者だ」と紗苗に名刺を差し出した。

 男が差し出した名刺には、『芸能事務所ゲコゲコ 代表取締役 下戸山透(しもとやまとおる)』と記されている。

 紗苗は名刺を受け取らず、訝しげな表情で下戸山透と名乗る男を見上げる。

「何故、自分の名前を知っているのか、と言いたげな顔だね。実は身内に君のことを知っているのが居てね」

「それで、私に何か?」

「君をスカウトしたいと思っている」

 透が笑みを漏らした。

 自分に向けられた笑顔を見れば、その人物が自分にとって好ましい人間かどうか、ある程度は分かる。

 この男の笑顔は、紗苗にとって好ましくない笑顔なのだろう――紗苗が一瞬眉を寄せる。

「申し訳ないですが、芸能界に興味はありません」

 紗苗が凛とした態度で即座に断った。

 しかし、透は「興味のある無しは些細なことだ。私の誘いは、君にとってメリットのある話だと思うのだが」と紗苗の言葉を素直に受け入れるつもりはないらしい。

 紗苗は嫌悪を示し、「どうやら耳が遠いようですね」と皮肉を述べる。

「タレントにもモデルにも興味はありません。失礼します」

 紗苗は改めてそう告げて、その場を立ち去った。

「生意気なガキだ。それでも、ダイヤの原石には違いない」

 透はそう呟くと、スマホを取り出し電話を掛ける。

「ああ、俺だ。例の女の子を見つけた。断られたが、他にも手はある――」

 そう言って、透は下卑た笑みを漏らした。





「芸能事務所ゲコゲコ? 聞いたことないわね。私は大手の所としか付き合いがないから。小さい事務所は分からないわ」

 苑子が欠伸をしながら答えた。日曜の昼近くであるが、起きたばかりなのだろう。電話越しの声に寝起きの気だるさが滲み出ている。

「そうですか……」

 紗苗が軽く息を吐く。

「ちょっと調べてみようか?」

 苑子から願ってもない台詞が飛び出して来たが、紗苗は素直に喜べない。

「何が望みですか?」

「あら? 見返りを期待しちゃっていいのかしら?」

「うう……」

 紗苗が返答に窮する。

「この程度のことで、何も求めないわよ」

 苑子が小さく笑う。

「それでは調査の件、お願いします」

 紗苗は電話を切ると、大きく息を吐いた。





 翌朝、紗苗が登校すると、いつも紗苗にまとわりついて来る麗美の姿が無かった。生徒会室で執務をしていても、麗美が現れる気配もない。

「寝坊でもしているのかしら?」

 ホームルーム開始前に教室に行くと、麗美の姿が見えた。しかし、いつもの陽気さが見られない。どこか落ち込んでいるように見える。

「佐藤さん、どうかしたの?」

 紗苗が声を掛けると、麗美は虚な眼差しを向ける。

「あ、会長……」

「何か心配ごと?」

 紗苗の言葉に反応するように、麗美が一瞬身体を揺らす。そして、「いえ、大丈夫です」と元気なく答えた。


 授業中、紗苗は麗美のことが気になって様子を観察する。

 ため息ばかり吐いている。――やはり、何かあったのだろうか。

 麗美は午前授業の終業のチャイムが鳴ると、紗苗が声を掛ける前に教室を飛び出して行った。



 紗苗は、生徒会長に就任してから、昼食を生徒会室でとることが多い。同じクラスになってからは、麗美が紗苗と一緒に昼食をとるようになっていた。それ故、何の断りもなく、教室を飛び出して行った麗美に違和感を感じたのだ。

 今日は他のクラスメイトと食べるのだろうか。それにしては随分慌てていた様に見える。麗美は何かトラブルに巻き込まれたのではないか。

 紗苗は持参した弁当を食べながら、そんなことを考えていた。



 午後の授業が始まっても麗美は戻って来なかった。

「先生、佐藤さんが居ません。何か聞いていますか?」

 担任が受け持ちの授業が始まった時、紗苗が教師に尋ねる。

「佐藤は、体調が悪いと言って早退したぞ」

「そうですか……」

 朝から元気がなかったのは、単に具合が悪かったからかも知れない。





 放課後、生徒会室で執務をしていると、紗苗のスマホが鳴った。

 画面には『佐藤麗美』と表示されている。

「佐藤さん、今日はどうしたの? 具合はもういいの?」

 紗苗が電話に出てそう問いかけると、男の声が鼓膜に響いた。

「佐藤じゃなくて済まないね。君は山川紗苗くんかな?」

「あなたは誰ですか? 佐藤さんはどうしたの?」

「こちらの質問を先に答えて貰えるかな?」

 男の声音が威圧的になる。

「ええ、山川紗苗で間違いないわ。それで、佐藤さんは?」

「目の前に居ますよ」

「あなた、佐藤さんを誘拐したの?」

「誘拐? そんな物騒なことはしてませんよ。こちらが用立てたお金を返してもらえるように、彼女にお願いしているところです」

「彼女がお金を借りていると言うのですか?」

「そうです」

「彼女はいくら借りているのですか?」

「二十万ですね」

「に、じゅうマン……」

 紗苗が言葉を失う。中学生にとって二十万円は大金だ。

 麗美が、何故そんな大金を借りることになったのかは分からない。しかし、麗美を放っておく訳にもいくまい。

「それで、私にどうしろと?」

「頭の良い子は好きですよ。君が立て替えてくれるならそれでも構いません。それが出来ないのなら、こちらの要求を一つ聞いて貰いたいのです」

「要求?」

「詳しくは会ってから話します。今から場所を教えるので来て貰えますか? 但し、学校や親には相談しないこと。佐藤という子のことを想うなら――ね」

 男はそう声を強めると、紗苗に場所を告げて電話を切った。


「会長、今の電話は……?」

 近くで聞いていた翔太が、心配そうに紗苗の顔色を窺う。他の生徒会メンバーも紗苗の方に顔を向けている。

「吉村くん、ちょっと。皆んなは心配しないで執務を続けて」

 紗苗は吉村を廊下に連れ出し、「吉村くん。佐藤さん、軟禁されているみたい」と囁いた。

「ええ――?」

 吉村が声を張り上げそうになったので、紗苗が慌てて口を押さえる。

「とにかく、私は呼び出されたので指定された場所まで行くわ」

「ちょっと待ってください。危険です! 警察に連絡しましょう!」

 翔太が慌てて紗苗に進言する。

「それは出来ないわ。佐藤さんに危害が及ぶかもしれない」

「でも、会長が一人で行くのは危険です。会長に何かあったらどうするのですか」

 紗苗はポケットからメモ帳を取り出し、指定された場所を書き込むと翔太にメモを渡した。

「場所はそこよ。一時間経っても私から連絡が無かったら、警察に話して」

 翔太はメモを握り締め、「いえ、僕も一緒に行きます。心配ですから!」と真剣な眼差しを紗苗に向ける。

 そんな翔太を見て、紗苗は一瞬瞳を大きくするが、「心配なのは、私?」と口許を緩める。

「あ、いえ、勿論、佐藤さんのことも心配です――」

 翔太が顔を赤くして答えるのを見て、紗苗は小さく笑った。



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