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4 私に御用ですか?

 校庭の桜の花びらが咲き誇っている。

 その光景は見事なほど美しいものだった。

 校舎の窓から校庭を眺めていた紗苗(さなえ)は、思わず頬を緩める。

「会長、そろそろ時間ですぅ」

 麗美(れいみ)の呼び掛けに、小さく頷くと紗苗は講堂に向かった。



「生徒会長の山川紗苗です。新たな一歩を踏み出す新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。みなさんの入学を心から歓迎します――」

 紗苗は、壇上から新入生を見渡した。

 新入生はまだ幼い顔をしているが、瞳を輝かせて紗苗の話に聴き入っている。紗苗は自分が新入生だった頃を懐かしく思い出した。

 紗苗が挨拶を終えて壇上から降りる姿に、会場から吐息が漏れる。見目麗しい容姿に加え、品のある佇まいが生徒たちの心を掴んだのだ。

 それ故、続く校長の挨拶の時に、退屈のあまり会場の至るところで欠伸が漏れるのは致し方ないことかも知れない。


「会長、お疲れ様ですぅ。流石会長、素晴らしい挨拶でしたぁ」

 麗美が舞台袖に戻ってきた紗苗を労う。

 紗苗は笑みを見せて、「ありがとう」と返した。

「ど、どうしたのですかぁ? 何か良いことでもあったのですぅ?」

 麗美が驚くのも無理はない。紗苗は校内で笑みを見せることは殆どないのだ。

「新入生の頃をふと思い出したの」

 紗苗はいつもの凛とした佇まいに戻っていた。

「会長は、一年生の時から目立っていましたよねぇ」

「そうだったかしら?」

 紗苗は、山川真澄(ますみ)の実妹として、入学前から在校生の噂になっていた。入学式に、春休み中の在校生が態々見に来ていたぐらいだった。それだけ、真澄の人気が高かったと言うことでもある。

「会長のお姉さんは伝説的な美少女でしたけど、会長はお姉さんに勝るとも劣らずの圧倒的な美少女ですよぉ!」

 麗美の鼻息が荒くなった。

「佐藤さん、落ち着いて」

 翔太(しょうた)が苦笑しながら、麗美を(なだ)める。

「副会長もそう思いませんかぁ?」

 翔太は麗美に同意を求められ、紗苗を一瞥して「そうだね。ボクもそう思うよ」と顔を赤らめた。

「熱でもあるの、吉村くん?」

 紗苗は不思議そうに茹で上がった翔太の顔を覗く。

「やれやれ、会長は罪な人ですねぇ」

 麗美が口許を緩ませるが、紗苗は「何のこと?」と眉を寄せる。

「何でもありません。ねぇ? 副会長――」

 麗美は翔太に眼差しを送りながら笑った。





 学力テストが終わると、ゴールデンウィークは目前である。

 ゴールデンウィークには、紗苗が表紙モデルを務めた雑誌が創刊されることになっていた。苑子(そのこ)は表紙以外にも、グラビアで紗苗の特集ページを組もうとしていたが、紗苗は全力で断っている。後々面倒なので、プロフィールもイニシャルだけにして詳細は伏せて貰った。

 モデルをしたことで、急に何かが変わるとは思っていない。自分の立場や環境を変えることで、少しでも前に進めるかもしれない――紗苗はそう感じている。

 それにしてもあの山吹苑子という女性は、撮影の数日しか関ってないが優秀な女性だと紗苗は思った。ただ、美少女を愛でるのが趣味というのだけは共感できないが……



 ゴールデンウィークの半ば、紗苗が表紙を飾った雑誌が書店店頭に並んだ。

 苑子の思惑通り、雑誌は売れまくった。若い女性向けの雑誌にも拘らず、半数近くが男性に買われていったと言う。

 勿論、ゴールデンウィーク明けの翠川(みどりがわ)中学校が、大騒ぎになったのは言うまでもない。

「見た?」

「見た見た! この山川さん、めちゃ可愛い!」

 そんな会話が、女子生徒の間で交わされる。雑誌は男子生徒の間でも話題になっていた。

「俺、保存用と観賞用に二冊買ったぜ」

「お前、勇者だな」

「一冊、俺にくれ!」

「俺は、表紙拡大してポスターにしたよ」

「俺なんて、シャツにアイロンプリントしたわ」と男子生徒の一人が背中を見せた。



「会長、私も買っちゃいましたぁ」

 生徒会室に飛び込んで来た麗美が、抱えていた雑誌を紗苗に見せる。

「佐藤さん、学業と関係ない私物の持ち込みは禁止ですよ?」

 紗苗が凛とした態度で麗美を(たしな)める。

 しかし、麗美はそんな紗苗に臆せず、「クールな会長も素敵ですが、この笑顔の会長も素敵ですねぇ」と雑誌を眺めてニマニマと微笑んでいる。

 紗苗はそんな麗美を見てため息を漏らす。表紙の紗苗は、普段見せない表情をしている。自分でもびっくりする程の笑顔だ。

「会長、名前は公表してないのですねぇ」

 麗美が表紙モデルの紹介記事を読んで呟く。

「頼まれて仕方なく引き受けただけですので、名無しでいいのよ」

「会長は、タレントやモデルに興味ないんですかぁ?」

「ありません」

「私が会長ほどの美貌の持ち主だったら、迷わずアイドルを目指しますよぉ。勿体無いですぅ。副会長もそう思いますよね?」

 麗美が聞き耳を立てている翔太に同意を求める。

「ボクは……、会長は今のままがいいかな」

 翔太が頬を染めてそう呟く。

「えー、何言ってるんですか、副会長! これほどの美少女の存在を、世に知らしめなくて良いと言うのですか!」

 麗美が頬を膨らませ、翔太を険しい表情で睨む。

「会長が望んでいるなら、タレントてもモデルでもいいと思うよ。でも、そう言うのは周りが決めることじゃない」

「副会長は、会長を独り占め出来なくなるのが、嫌なだけです!」

「な、何を言ってるんだ?」

 翔太が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 紗苗はため息を漏らし、「あなたたち、生徒総会が近いのだから、そろそろ仕事に戻ってくれる?」と冷たい眼差しを二人に向けた。





 雑誌の表紙を飾ったことで、生徒の紗苗への関心がこれまで以上に高く、例年よりも活気に溢れた生徒総会となった。

 質問の多くが総会と関係ない紗苗個人に関してのものであったのは、致し方ないことかも知れない。


 質問攻めの生徒総会も無事終わり、少し疲れた表情で下校している紗苗の後を、つける者が居た。

 また、スカウトだろうか?――雑誌が創刊された後、何処から素性が漏れたのか、芸能事務所やモデル事務所からの誘いが幾つもあったのだ。苑子を問いただしたが、彼女から漏れた訳では無さそうだった。

 紗苗は歩きながら、商店街店舗のガラスに映る尾行者を確認する。サングラスにマスクをした小柄の女性が後をついてくるのが見えた。

 紗苗が歩みを速めると相手も速める。紗苗が歩みを遅くすると相手も遅くなる。これで間違いなく紗苗をつけていることが、ハッキリした。

 紗苗は悪戯っぽく口許を緩めると、一気に走り出した。

「え? ちょっとちょっと」

 尾行者が慌てて紗苗の後を追う。

 紗苗は少し走った後、路地の角を曲がって足を止めた。そして、尾行者が角を曲がってきたところで声を掛ける。

「私に御用ですか?」

 尾行者は紗苗の待ち伏せに驚いて、思わず尻もちをついた。

「私の後をつけてましたよね?」

 紗苗が尾行者の顔を覗き込む。サングラスの奥から覗く瞳は、大きく見開かれている。サングラスとマスク越しであるが、紗苗と変わらない年頃の少女に見えた。

 再度、紗苗が「私に御用ですか?」と問い掛けながら、少女に手を差し伸べる。

「ご、ごめんなさい」

 少女が紗苗の手に掴まりながら立ち上がる。――この声、どこかで……

「もしかして、俳優の卵の大波静音(おおなみしずね)さんですか?」

「卵は余計よ!」

 少女が声を張り上げたので、衆目が集まった。それに気付いた少女は、慌てて紗苗の手を取るなり、近くの誰も居ない裏路地へ連れ込む。そして、サングラスとマスクを取って素顔を晒した。

「やっぱり、大波静音さんだ」

 紗苗が口許を緩める。

「そ、そうよ、大波静音よ」

「私、映画観ましたよ。『僕は義妹に恋してる?』」

「そ、そう。ありがと」

 大波静音と名乗った少女は、満更でも無い表情を見せた。

「あなた、お名前は?」

「私は、山川紗苗と言いますけど……」

「そう、ヤマカワサナエさんね。何か書くものある?」

「書くもの?」

 紗苗が首を傾げる。

「私のサインをあげるわ」

「いえ、結構です」

 静音は紗苗が断るとは思ってもいなかったのだろう、盛大にコケた。

「ええ? どうして?」

「私、別に貴方のファンでもないですから」

「え? でも、さっき私の映画観たって……」

「観ましたけど、原作が好きなのと知り合いからチケットを頂いたからで……」

「で、でも芸能人に憧れているでしょ?」

「別に――」

 静音の瞳に驚愕の色が滲む。

「あ、そうか。雑誌モデルしているくらいだから、貴方も既にこちら側の人間なのね。何処の事務所?」

「私は何処にも所属してません。ただの一般人ですよ。モデルも頼まれただけです。芸能人にも芸能界にも興味はありません」

 紗苗の言葉に、静音は膝を折り両手を地面についた。

「うそ……私、芸能界に興味のない素人に、初の表紙モデルの仕事を奪われたというの?」

「奪われた?」

 紗苗が首を傾げる。

「いえ、何でもないわ……」

 静音はそう言って、唇を噛む。

「そうですか。では、私はこれで失礼しますね」

 紗苗は静音に会釈をして、その場を後にした。





「ただいま」

 重厚で高級感のあるドアを閉めながら、大波静音は帰宅を告げた。

 この私が、素人モデルに仕事を奪われてたなんて――

 静音は改めて紗苗の凛とした顔を思い出し、口許を歪める。そして、玄関に見慣れない男物の靴があることに気付く。

「よう、静音帰ってきたか」

 リビングのソファーでくつろいでいた男が、静音に向かって軽く手を上げる。

(とおる)叔父さん、来てたんだ」

 静音は眉を寄せた。

「静音、手を洗うのよ」

 キッチンで調理をしていた静音の母親が、いつものように催促する。

「はいはい」

「『はい』は、一回」

 母親の返しに口を尖らせながら、静音はパウダールームへ向かった。

 静音は、母親の弟である透が好きではない。若作りな外見も好みではないが、それよりも品性の欠片もない人間性に嫌悪していた。

 透は小さな芸能事務所を経営しているが、余り良い噂を聞かない。売り出す口実に所属タレントに手を出しているとも聞く。

 売り出し中の静音にとって、なるべく関わりを持ちたく無い身内である。


「静音、俺の事務所に来てくれよ」

 静音がリビングに戻るなり、透は下卑た笑みを向ける。透は顔を合わせる度に静音を勧誘していた。

「何で、態々弱小事務所に移籍しなきゃいけないのよ」

「弱小は酷いなぁ。でも、静音が来てくれたら、事務所を大きくする自信はあるぞ」

「私は移る気ないから、他をあたって」

「他と言ってもな……、ダイヤの原石は簡単に見つかるもんでもないからな」

 そう言いながら、透はローテーブルの上に置かれていた雑誌を手に取った。

「こんなレベルの子が、うちに来てくれればなぁ」

 透が雑誌を高々と掲げ、表紙の女の子を眺める。

「その表紙の子なら、知ってるわよ」

「へえー、静音の知り合いなのか。同じ事務所の子か?」

「その子、素人よ。まだ何処にも所属していないと思うわ」

「本当か?」

 透が目を見開く。

「大手のスカウト連中は、何やってるんだろ?」  

 透は暫く表紙を眺め、「静音、この子について詳しく教えてくれ」と目を細めた。



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