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10 それを聞いてどうするの?

 時計の針が午前十一時を回った。

 これから一時間ほど取材があり、その後昼休憩を挟んでグラビア撮影の予定となっている。取材の間、テレビ局のスタッフには校内の様子を撮影して貰うことになった。

 取材風景のテレビ局の撮影に、苑子(そのこ)が難色を示したのだ。取材内容を全て記事にする訳ではない。余計なことまで放送されては堪らない、と言うことだろう。


 テレビ局のスタッフを校長室から追い出すと、苑子は紗苗(さなえ)に向き直った。

 ローテーブルの上にはICレコーダーが置かれている。

「先ずは、自己紹介をお願いできるかしら?」

 苑子が質問事項を記したであろうメモを片手に、紗苗に向かって目配せする。苑子の傍らには専属のカメラマンが、取材風景を撮影する為にカメラを構えていた。

「山川紗苗、三年生です。この学校の生徒会長を務めています」

 紗苗の凜とした雰囲気に呑まれたのか、それとも麗しさに見惚れたのか、カメラマンがファインダーを覗き込んだまま固まっている。

 苑子が咳払いして『写真を撮れ』と顎をしゃくった。カメラマンが慌ててシャッターを切る。

 苑子に顎で使われているところをみると、このカメラマンはプロとしての経験が浅いのかも知れない。


「紗苗ちゃんから見て、翠川中学校の良いところは何かしら?」

「そうですね……生徒が伸び伸びと学生生活を送れるように、設備が整っている点でしょうか。勿論、設備だけでなく、指導する先生方もとても優秀だと思います」

「この学校は勉強だけでなく部活にも力を入れていると校長先生から聞いたけど、紗苗ちゃんは部活に入っているのかしら?」

「私は入ってませんね。生徒会の活動が忙しいので……」

「紗苗ちゃん、生徒会長の当選は三期連続なのよね?」

「ええ、まあ……」

「学力も学年トップで、運動も出来る!」

 興奮しているのだろう、苑子の呼吸が荒くなった。

「あの……」

 紗苗が眉を寄せる。

「それにこんなに美少女! パーフェクトガール!」

 苑子が突然声を張り上げ、恍惚とした表情を見せる。カメラマンが苑子の様子に驚いて、大きく口を開けている。

 紗苗は眉間に皺を寄せたまま苑子を凝視した。

「あ、ごめんなさい。つい興奮しちゃったわ」

 苑子が小さく咳をしてから、手元のメモに視線を移す。

「紗苗ちゃんは、普段どんな服を着ているの?」

「え、服ですか? 普通の服ですけど……山吹さん、学校と関係ない質問はしないでください」

「ははは、ごめんごめん。因みに、スリーサイズは?」

「山吹さん!」

 紗苗は苑子を睨みつけてから、大きく息を吐いた。




 質問の大半が紗苗本人に関してという、苑子の個人的趣味とも言える取材だった。

 苑子から解放された紗苗は、精神的疲労を感じながら生徒会室へ向かう。

 他人の趣味嗜好にとやかく言うつもりはないが、苑子の美少女好きは困ったものだと、紗苗はため息を漏らす。

 紗苗が生徒会室のドアを開けると、麗美(れいみ)が勢い良く紗苗に抱きついてきた。

「会長――! 取材お疲れ様ですぅ!」

 そうだ、ここにもテンションがおかしい女子が居たのだと、紗苗は頭を抱える。

「佐藤さん、いきなり抱き付かないで下さい」

 紗苗は麗美を引き剥がそうとするが、なかなか離れてくれない。

「佐藤さん。会長が困っているから、離れたらどう?」

 翔太(しょうた)が、紗苗の腕に抱きついている麗美に忠告する。

「副会長。羨ましそうな顔で言っても、説得力ないですからぁ」

「な、何を言ってるんだ君は? 羨ましくなんて……」

 翔太が顔を赤くして俯く。

「羨ましいのね……」と、他の生徒会メンバーが生暖かい眼差しを翔太に向けた。



「そう言えば、校内でテレビ局の人を見掛けたのですが……」

 翔太が昼食を取りながら、同じく昼食を取っている紗苗を窺う。

 紗苗は箸を止めると、思い出した様に声を上げた。

「そうだった。今日のグラビア撮影の様子をテレビ局が撮るらしいです」

「テレビに映るんですかぁ?」

 麗美の悲鳴に近い声が生徒会室に響く。

「さあ? 放送するのかどうかは分からないわ」

「放送されたら、凄い反響になりますね? 嗚呼、会長が益々遠い存在に――」

 一人盛り上がっている麗美を横目に、紗苗はため息を漏らす。

「か、会長……」

「吉村くん、どうしたの?」

 紗苗が青ざめている翔太に声を掛ける。

「ほ、本当に僕が男子の代表でいいのでしょうか? テレビに映ると思うと自信が……」

「副会長の代わりなら、いつでも私が引き受けますけどぉ?」

 麗美が胸を叩く。

「吉村くん、代わりは居ないのよ? 自信を持って」

 紗苗の励ましに翔太の表情が引き締まる。

「あのぉ……私が代わりに……」

 そう言う麗美を無視して、紗苗は翔太に微笑んだ。

 その笑みで、麗美の刺す様な視線が蚊に刺された程度と感じる程、翔太が天に昇る様な気持ちになったのは言うまでもない。




 紗苗は午後からの撮影を考え軽めの食事を終えると、翔太に声を掛けた。

「そろそろ行きましょうか」

「は、はい」

 翔太が緊張した面持ちで返事をする。

 紗苗たちが撮影場所の教室へ向かうと、教室の前に人だかりが出来ていた。

「来たぞ!」

 生徒たちが騒つき始める。

「はーい、道を開けて下さーい」

 麗美が先頭に立ち、生徒たちを掻き分けて進む。

 しかし、凄い数の生徒たちである。ある程度の人数は想定していたが、紗苗の予想を遥かに超えていた。

 当校は休日であっても、登校する場合は学生服着用が義務付けられている。ところが、その中に私服や他校の制服がチラホラ混じっていた。

「何故、他校の生徒が……」

「会長、ご存知無かったのですかぁ? ネットで撮影の告知されてますよぉ」

 眉を寄せている紗苗に向かって、麗美が説明する。

「なんですって?」

 紗苗は苑子の『後で分かるわよ』の意味を理解し、眉間に皺を寄せた。



 教室の中にも生徒が所狭しと溢れ返っている。紗苗たちが人混みを掻き分けて中に入って行くと、苑子と写真撮影のスタッフ、それにテレビ局のスタッフが待っていた。

「来たわね」

 苑子が小悪魔的な笑みを溢す。

 紗苗は一瞬眉を寄せるが、いつもの凛とした表情に戻した。

 テレビ局のビデオカメラを一瞥した後、自分の視界から外す。意識しない様に努めれば、どうと言うこともない。

 紗苗をビデオカメラで撮っていたテレビ局の男は、「これは……」と思わず呟いて口許を緩めた。

 これまで数多(あまた)の俳優やモデル、アイドルを見慣れている業界の人間をも魅了する。凛々しさと可愛さが共存する紗苗は、見る者全てを魅了する存在と言って良いだろう。


「そうね、先ずは窓際の席に座って外を眺めている構図はどうかしら?」

 苑子の提案に軽く頷くと、紗苗は窓際の席に腰掛けて窓の方へ視線を向ける。

 教室の窓から見える景色は生憎の梅雨空であるが、雨は降っていない。

 土砂降りにでもなれば撮影は中止になっただろうか? いや、雨が降っていたところで、苑子はグラビア撮影を中止にしないだろう。

 嬉々としている苑子を一瞥すると、紗苗は短く息を吐いた。

 一瞬見せたアンニュイな表情に、紗苗の様子を眺めていた生徒たちから吐息が漏れる。

 幾つかのポーズや目線の指示を受け、紗苗がそれに従う。カメラマンがシャッターを切る度にストロボの発光する眩い光が紗苗を包み込んで行く。

 仮にカメラマンのテクニックが無くとも、写真の出来上がりの素晴らしさが容易に想像できるほど、モデルとしての紗苗の存在は際立っていた。



「それじゃ、次は君の番ね」

 苑子にそう告げられて、「は、はいっ」と翔太は声をうわずらせた。

 こんな大勢の前での撮影、緊張しない方がおかしい。改めて紗苗の凄さを感じ取っている翔太に、すれ違いさま紗苗が耳打ちする。

「吉村くん、頑張って。貴方なら大丈夫」

 翔太はその天使の様な囁きで、緊張と言う呪縛から解放された。翔太の内に自信が溢れ出す。

 それまでの翔太とは別人の様な立ち振る舞いに、撮影を見学していた女子生徒からどよめきが起こる。

「へぇ……」

 苑子が翔太の変貌振りに驚嘆する。

 紗苗は翔太の撮影を眺めながら、口許を緩めていた。




 一通り教室での撮影を終えると、場所を変えて撮ることになった。

 次の撮影場所へ大勢の生徒たちを引き連れて歩いて行く。

「ここで撮りましょう」

 苑子が体育館に入るなり両手を広げた。

 体育館で練習をしている運動部の生徒たちが、何事かと顔を向けている。

「ここで?」

 紗苗が苑子に向かって首を傾げる。

「紗苗ちゃん、運動得意よね? バスケットボールは出来る?」

「人並みには――」

「このボールをあそこのリングに入れてみて」

 苑子は床に転がっていたバスケットボールを紗苗にパスした。そして、カメラマンに撮影の合図をする。

 紗苗はボールを両手で受け取ると、数回ボールを床に叩きつけ、リングに狙いを定める。

 紗苗は深呼吸をすると、身体を少し屈めてからシュートを打った。無駄のない綺麗なシュートフォーム、眺めていた生徒たちから吐息が漏れる。

 放たれたボールが弧を描き、リングに吸い込まれると、周囲から歓声が上がった。

「流石ね」

「マグレですよ」

 目を丸くしている苑子に、紗苗が謙遜して答える。

 謙遜しているが、紗苗の運動神経を以てすれば当然の結果とも言えるだろう。

「会長、凄いです!」

 翔太が興奮した面持ちで、紗苗の元へ駆け寄る。

「そうだ、君と紗苗ちゃんでワンオンワンしてみて」

「えっ?」

 苑子の提案に翔太が瞳を丸くする。

「仲の良い男女が休み時間に(たわむ)れている、そんなシーンをお願い」

「仲の良い男女が戯れている……」

 翔太が顔を赤くする。

「君、なに赤くなってるの?」

 苑子が目を細めると、翔太が両手を突き出し掌を激しく振る。

「な、なんでもないです!」

「紗苗ちゃんも良いかしら?」

 苑子がそう言いながら、翔太にボールを渡す。

「私は構いませんけど」

「では、始め!」

 苑子の合図で、翔太がボールを構える。翔太も運動は苦手ではない。球技はどちらかと言うと得意な方である。

 目の前の紗苗の右か左、どちらからすり抜けようかとドリブルしながら考えていると、いつの間にか紗苗にボールを奪われていた。

 紗苗は翔太の一瞬の隙をついてボールを奪うと、そのままランニングシュートを決める。

 周囲から歓声が上がった。翔太は呆然と紗苗を眺めていた。



「今度は負けませんよ」

 翔太にも男としての面子があるのだろう。真剣な眼差しを紗苗に向ける。

 寧ろ、好きな子の前で格好悪いところは見せられない、と言う気持ちの方が強いかも知れない。

「本気出してもいいわよ?」

 紗苗は口許を緩めた。

「では本気で行きます」

「もし私に勝てたら、吉村くんの言うことを一つ聞いてあげるわ」

「え?」

 紗苗の言葉に翔太が顔を赤らめる。翔太が動揺している間に、紗苗はボールを再び奪うと華麗にシュートを決めた。

「嗚呼……」

 翔太が頭を抱えるのを見て、紗苗が口許を綻ばせる。

 そんな二人の様子を麗美は悔しそうに眺めていた。




 結局、翔太は紗苗から一点も取れず、肩を落としていた。

 撮影が程なく終えた頃、撮影を取り巻いていた生徒たちの間に騒めきが起こる。

「おい、あれ……大波静音(しずね)じゃないか?」

「本当だ大波静音だ」

 撮影現場に静音が姿を見せた。

「おや? 静音ちゃん、どうしたの? それに何でトレーニングウェア姿なの?」

 苑子が静音に気が付いて声を掛ける。静音は高級スポーツブランドのトレーニングウェアを着ていた。首にはタオルを巻いている。

「山吹さん、こんにちは。ロードワークですよ。俳優業は体力も必要ですからね」

 静音はテレビ局のカメラを一瞥してから、「た、偶々近くを通り掛かっただけですから」と視線を逸らす。

「ふーん、偶々ねぇ……」

 静音は苑子のにやけた笑みを無視して、紗苗に顔を向けた。

「こんにちは、山川さん」

「えっと、どちら様でしたっけ?」

 紗苗が首を傾げると、静音が転けそうに身体をグラつかせる。

「大波静音、大波静音ですわ」

「冗談ですよ。こんにちは、大波さん」

 紗苗は凛とした表情のまま返す。

「うちの会長は、大波静音と面識あるのか――」

 二人を見つめる生徒たちが騒めく。

「山川さんは、スポーツ得意なのかしら?」

「嫌いではないですね」

「ねぇ、私が相手してあげましょうか? そこの男子では物足りないでしょうから」

 静音が翔太を指差しながら笑みをみせる。

「こらこら、勝手に話を進めないの」

 苑子が静音を軽く睨む。

「いいじゃないですか。美少女同士が競い合う姿は絵になりますよ?」

「自分で言うかね」

 静音の自信に満ちた表情を見て、苑子がため息を漏らす。

「バスケもいいですけど、次はソフトボールなんてどうかしら?」

「ソフトボールですか……」

 静音の提案に紗苗は思案顔をした。

「馴染みがないのでしたら、私が教えてあげますわ。私の所属しているチーム、これでも昨年の中体連の都大会で準優勝してますのよ」

 そう言うと、静音が高らかに笑う。

「それで、どうやって勝負するのです?」

 紗苗は、バスケットボールを指先の上でコマの様に回しながら尋ねた。

「ピッチャーとバッター対決は如何? 外野まで飛ばしたらバッターの勝ち、それ以外はピッチャーの勝ちで」

 静音の提案に紗苗は「それでいいですよ」と頷いた。



 紗苗と静音たちはソフトボール部の練習場まで、大勢の生徒たちを引き連れて移動した。先ほどよりも観衆が増えている。

「貴方、審判をしていただけるかしら?」

 静音が翔太に向かって言った。

「いいですよ」

 翔太はそう答えると、審判用のプロテクターを生服の上に装備する。

 静音は部員からグローブを貸して貰い、ソフトボール部のキャッチャー相手に投球練習を始めた。

 静音の投げたボールが、良い音を立ててキャッチャーミットに収まると、見学している生徒たちから大きな歓声が上がる。

 静音は得意げな表情を見せると、紗苗に視線を移す。

 紗苗はヘルメットを被って、軽く素振りをしている。バットを振る度にスカートの裾が翻り、男子生徒の視線を釘付けにしていた。

「私も制服で来るんだったわ」

 静音がぎゅっと唇を噛み締める。



「準備は良いかしら?」

 静音が肩を回しながら紗苗に尋ねる。

「はい、いつでもどうぞ」

 紗苗はそう答えると、バッターボックスに入って構えた。

「では、プレイボール」

 翔太が右手を挙げる。

 静音がソフトボール独特のモーションで、第一球を放った。

 ボールが紗苗の胸元を目掛けて飛んで来る。紗苗が僅かに上体を起こすと、ボールはミットに収まった。

 翔太は紗苗を一瞥し、当たっていない事が分かると安堵の息をつく。

「ボール」

「ごめんなさいね、少し手が滑ってしまったわ」

「いいえ、問題ありません」

 紗苗が凛とした表情で、バットを再び構える。

 静音が二球目を投げた。ボールは外角低めギリギリのコース。紗苗がバットを強振する。しかし、ボールはホームベースの手前で沈み、紗苗のバットは空を切った。

「ス、ストライク!」

 見学していた生徒たちから、歓声が沸き起こる。

 それは、静音の投球に対してでもあるが、半分は空振りした紗苗に向けてのものであった。紗苗が空振りしたことで、スカートが勢いよく翻ったからだ。

 ギリギリ下着は見えていないのであるが、それが却って男子生徒の興奮を誘った。

「惜しい――」

 そんな残念がる声が、あちらこちらで漏れ聞こえる。

「全く、これだから男子は!」

 そう貶む女子生徒の声も聞こえた。


 紗苗はバットの先端で軽くホームベースを叩くと、ゆっくり息を吐いてからバットを構える。

「ワンエンドワン」

 翔太が指で示しながら、カウントを叫ぶ。

 静音が振りかぶって、三球目を投じた。インハイに速いボールである。

 紗苗はバットを出すが、若干タイミングが合わず、振り遅れてファールになった。

「ファールボール!」

 翔太が両手を大きく広げる。

「大波静音、良い球投げるなぁ……」

「うちの会長も良いスイングしてるよ」

 生徒たちの応援に熱が入る。観ている者も熱くなるのは、スポーツの醍醐味であろうか。

「あんなに気合い入れて……あの子たち、撮影が目的だと言うのを忘れているのかしら?」

 苑子がため息混じりに苦笑した。


「ワンボール、ツーストライク」

 翔太はそう叫んでから紗苗の横顔を眺める。紗苗はいつもと変わらず、凛とした雰囲気を醸し出している。

 翔太から見ても、静音は自慢するだけあって良いピッチャーであるのは間違いない。俳優業をしながら、ソフトボールの練習もしっかりやっているのだろう。

 それよりも驚きなのは、紗苗のスイングだ。スイングスピードが尋常じゃない。この学校の生徒であれば、紗苗の運動能力が優れていることは知っているが、この華奢な身体の何処にそんなパワーがあるのだろうか。

 翔太がそんな事を考えていると、静音が四球目を投げた。二球目と同じアウトローのボール。

 紗苗が早めに踏み込み、沈む前にボールを捉えた。

「あっ……」

 静音が思わず声を漏らす。

 ボールはセンター方向に綺麗な放物線を描き、フェンスに直撃する。

 一瞬間を置いて、もの凄い歓声が上がった。


「やられたわ」

 静音は悔しがっているが、爽やかに微笑んでいるのはカメラを意識してのことだろう。

「次は、私がバッターで貴方がピッチャーね」

 そう言いながら、静音はグローブを紗苗に渡した。

 紗苗はグローブとボールを受け取ると、ピッチャーマウンドで肩をぐるぐると回す。

 そして、投球練習を始めるのだが、観衆が息を呑む程のもの凄い音と共にボールがミットに収まった。

「な、なんだあのボール……」

「あれが、女子の……それも美少女の投げるボールだと?」

 どよめきが起こる。

 ただ、紗苗の投げるボールのスピードは尋常ではないが、コントロールはイマイチのようだ。それでも、あのボールを外野まで打ち返すのは男子でも厳しいだろう。

 紗苗の投球を見た静音が、茫然自失のさまであるのも頷ける。

「ファーボールは勝敗に関係ないですよね?」

 紗苗の満面の笑みに静音は「そ、そうね……」とただ頷くだけだった。


挿絵(By みてみん)




 校舎の屋上は、いつもなら立ち入り禁止になっている。ただ、今日は生徒会の用事で許可を貰っていた。

 翔太が既に用事を終えている頃だろう、紗苗はその確認の為に屋上にやって来たのだ。

 屋上へ繋がる扉を開けると、生温い風が紗苗の身体を包み込む。紗苗は、ふわりと翻るスカートの裾を押さえながら屋上に立ち入る。

 柵の所で佇んでいる翔太を見つけると、紗苗は声を掛けた。

「吉村くん、終わった?」

「あ、会長」

 翔太は紗苗を見て、頬を緩ませる。

「ええ、終わりました」

 翔太は上半身を柵から乗り出し、垂れ幕を指差した。

 垂れ幕には、『祝 ソフトボール部 全国中学校女子大会出場』と記されている。

「これも会長のお陰ですね」

「私は何もしてませんよ」

「そうですか? ソフトボール部の臨時コーチを請け負ってるじゃないですか」

「あれは、成り行きで……」

 静音との試合を見て、ソフトボール部から勧誘があったのだ。選手での参加は出来ないが臨時コーチとして協力することになった。

「会長、ソフトボールは何処かでやっていたのですか?」

「ええ、まあ……付き合いで少しね」

「そうでしたか。運動神経が良いのは分かっていましたが、あれほどまでとは……」

 翔太の驚いている表情を見て、紗苗が小さく笑う。

「小学生の時、姉のチームの練習に付き合わされたの。姉は中学二年までソフトボールをやっていて、二年のキャプテンの時に中体連で全国優勝しているわ」

「会長のお姉さん、そんな凄い人だったのですね。そんなお姉さんのチーム練習に参加していたのであれば、あの動きも納得です」

 何度も頷く翔太を眺めて、紗苗は再び小さく笑った。

「会長、笑うとお姉さんに似てますね」

「私が……姉に似てる?」

 紗苗が瞳を丸くする。

「ええ、似てますよ。前に雑誌の表紙で会長を見た時にもそう感じました。僕たちが一年生の時、お姉さんは三年生でしたけど、有名人だったので顔は覚えています」

 そもそも雑誌の表紙を飾った時の表情は、姉の笑顔を模倣したものである。

「あ、あれは姉を真似た表情であって……」

「でも、とても可愛かったですよ」

 紗苗の頬が熱を帯びていく。

「な、何を言っているの――本当の私は冷たい……」

 紗苗が目を伏せる。

「冷たい女――ですか?」

「ええ、私が何て呼ばれているか知っているでしょう?」

「翠川中のクールビューティーですね。でも、それは冷たいからではなく、凛々しく見えるからです」

 翔太の堂々とした物言いに紗苗がたじろぐ。今日の翔太は、これまで見たことないほどの自信を漲らせている。

 その理由を考えた紗苗は「なるほど、そう言うことね……」と呟く。

 翔太は例のネット上の投票において、男子生徒部門で一番票を集めていたことが先日分かったのだ。勿論、女子生徒部門は紗苗の圧勝であったのは言うまでもない。

 自信と言うのは人を変える。過度な自惚れは良くないが、自信が持てるかどうかで人生が変わることもあるのだ。

「会長、聞きたいことがあります」

 翔太が改まって紗苗と向き合う。

「何かしら?」

「会長の志望校を教えて下さい!」

 それは前にも聞かれた質問だった。紗苗はその時と同じ問いを返す。

「それを聞いてどうするの?」

 翔太が視線を逸らさずに紗苗を見ている。良い表情だと紗苗は思った。

「会長と同じ高校に行きたいのです」

 以前の翔太からは考えられないほど堂々としている。紗苗の頬が再び熱を帯びた。

 彼は『同じ高校に行きたい』と述べたに過ぎない。それ以上の意味は無いのかも知れない。

 それでも清孝以外の男性に鼓動が速まるのは、紗苗にとって初めてのことだった。

「私の志望校は――」

 紗苗は口許を綻ばせると、志望校の名を翔太に告げた。



 最後までお読み頂き、ありがとうございます。

 


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