冒険者ギルドのお役所仕事 〜レモベリの実とスタンプボー〜
冒険者ギルドのお役所仕事、四話目となります。
待っていてくださった方々、お待たせしました!
初見の方ははじめまして!
シリーズの形は取っていますが、話は全て独立していますので、ここから読んでも、他の話を読んでからでも大丈夫です。
今回は依頼料が足りない依頼。規則を決して破らない冒険者ギルドの受付職員プリムは、果たしてどうするのか?
お楽しみください。
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
「お願いします!」
「お受けしかねます」
「村の危機なのです!」
「申し訳ありません」
「どうか、どうか……!」
「ご依頼の変更をお勧めいたします」
受付では、依頼人の老人と、眼鏡のギルド職員が押し問答していた。
「プリム先輩、どうしたんですか?」
「コリグ、この方は」
「あぁ! 若いあんたなら分かってくれるかい!? 儂はボッカ村の村長ヘドマンじゃ!」
プリムでは埒があかないと見たヘドマンは、若いコリグに標的を移す。
「村がもうすぐレモベリの実の収穫なんじゃが、最近スタンプボーの群れが近くに来ていて、このままじゃ収穫出来なくなってしまう!」
レモベリの実。
背の低い木になる木の実。
その実は収穫時期によって味と色を変える。
早摘みをすれば、酸味の効いた爽やかな味の黄色い実。
熟すまで待てば、芳醇な香りと濃厚な甘さの赤い実。
熟した実の香りは多くの動物を惹きつけ、獣害が後を絶たない。
スタンプボー。
成長すると大人五人分の重量にもなる四足動物。
草食性だが気性が荒く、縄張り意識も強い。
鼻をぶつけ合って縄張りを主張するため、鼻が肥大し硬質化した。
その巨体と頑丈な鼻から繰り出される突進は、民家の壁もぶち抜く。
肉は食用になるが独特のクセがあり、好みは分かれる。
「スタンプボーだと実どころか木の方まで食べちゃいますし、柵も役に立ちませんね。それで駆除依頼を……」
「そうなんじゃ! 村の数少ない収入源が……!」
頷くコリグにヘドマンは必死にすがる。しかし受付に出された、かき集めたであろう小銭ばかりの金は、到底必要額には届かない。
「プリム先輩、何とかなりません?」
「コリグ。ギルド法第十一条第一項」
「分かってますよ! 『依頼の報酬は一般的な市価や費やした労苦を大きく下回ってはならない』ですよね!」
コリグは不満げにそう答える。
「スタンプボーの駆除依頼であれば、最低でもこの倍額は必要になります。駆除には危険が伴いますので」
「そ、そんな金、村には……」
「ですので依頼の変更をご提案いたします。レモベリの実がスタンプボーに嗅ぎ付けられる前に、人を雇って早摘みすれば良いのです」
「そんな事をしたら、実の価値が……!」
「食い荒らされて木すら失うよりは良いのではないでしょうか」
「……くっ……」
ヘドマンは渋々承諾し、依頼書を書き直し、手続きを待つ。椅子に腰掛けた身体が重い。
(村の者よ、すまん……)
スタンプボーが村近くを縄張りとしてしまえば、今後もレモベリの実は完熟を待てない。
唯一と言っても過言ではない村の特産品。その収入が下がれば村は今以上に困窮する。
(それでも木を食い尽くされ、取れなくなるよりはマシか……)
「なぁじーさん」
「!?」
顔を上げると、そこには筋骨逞しい赤毛の女が立っていた。
「プリムの旦那から聞いたぜ! レモベリの実がスタンプボーに食われないように収穫を手伝うって依頼、じーさんからので間違いないかい?」
「あ、あぁ、そうじゃが、あんたは……?」
「アタシはベリアド! その依頼、受けたから! よろしく!」
「……あ、あぁ、こちらこそ、頼む……」
早くも依頼が通ってしまった。
仕方ないと分かっていても、早摘みをしなければならない現実が突きつけられたようで、ヘドマンは複雑な気持ちになる。
「でもさ、村に行く前にちょいと確認」
「な、何じゃ?」
「別に全部狩っても構わないんだろう?」
「えっ」
半月後。
「プリムの旦那! お土産だよっと!」
どさりと受付に置かれる皮袋。
「スタンプボーの肉だ! 血抜きも下処理も済ませてあるから、食べておくれ!」
「ベリアドさん、お疲れ様です。依頼達成書はお持ちですか?」
「あぁ、そっちが先だったね」
ベリアドはぺらりと紙を差し出した。
「お預かりします。今報酬を計算いたしますのでお待ちください。スタンプボーの肉はあまり値は付きませんがよろしいですか?」
「んにゃ。そいつは買取希望じゃなくて旦那へのお礼さ。スタンプボー食い放題なんて最高の依頼、回してくれたからねぇ」
ベリアドは上機嫌だ。彼女は第五階位の冒険者だが、冒険者としての実力はそこに留まらない。
一般人では十人がかりでようやく抑えられるかどうかのスタンプボーを、食材と言い切ってはばからないのだから。
彼女には昇格への興味は薄い。彼女の行動原理は『狩って食う』の一言に尽きる。
「ギルド職員が個人的に金銭や物品を受け取る事は禁じられております」
「つれないねぇ。じゃ、ギルドの酒場に回してもらってもいいや」
「承りました。ではこちら、報酬となります」
プリムはヘドマンから預かった僅かな報酬を手渡す。
「今後もうまそうな依頼が来たら優先的に回しておくれよ!」
「承りました」
ベリアドが去った後、プリムは依頼達成書に目を落とす。
その余白には業務には関係ない文字が並んでいた。
『無事に完熟のレモベリの実を収穫できました。
素晴らしい冒険者をありがとうございます。
ボッカ村村長 ヘドマン』
「嬉しそうですねプリム先輩」
後ろから書類を覗き見て、にやにやするコリグ。
しかしプリムの表情は崩れない、
「余白とはいえ、公的な用紙に必要事項以外の記載は困ると思っていただけです」
そう言って眼鏡を軽く押し上げた。
読了ありがとうございます!
実はこの話がシリーズで最初に思いついた話でした。
とは言え初期の段階では、某ゴブリン絶対殺すマンに話が似てしまっていたので、寝かしておいて良かったと思います。
グルメ細胞? 知らない子ですね……(震え声)。
この作品は、単話完結なので、ネタが思い付いたら書き、思い付かなかくても読み手の方に気を揉ませない親切仕様でとても気楽に書けます。
気まぐれ投稿になるかと思いますが、よろしくお願いいたします。