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帰還の代償

作者: 桜町雪人

俺は気が狂いそうだった。


もうすでに船内にある全ての時計は破壊しつくしていた。

時計を見るのが恐ろしかった。


あれからもうどれくらいの時間が、そして日が経ったのか?


10年か、いや5年?それともまだ1年だったか?


実際にはまだ1ヶ月しか経っていないというのに、

気持ち的にはもう何十年も経ったような、

そんな絶望感でいっぱいだった。


それは、ほんのささいなミスだった。

しかし、そのミスが命取りになった。


宇宙においては、そんなわずかなミスが、

そして一瞬の判断ミスが、即『生命』に関わってくる。

今回もそうだった。


驕りはなかった、と言えばうそになる。


1300時間という航行実績が、

自身の心に驕りを生んでいたのだ。


その驕りはとても小さかった。

しかし宇宙ではとてつもなく大きかった。


それは致命的だった。

逆噴射の為のエンジンを壊してしまったのだ!


俺は地球に戻れなくなってしまった。


いまこうしている間にも我が故郷『地球』から、

どんどんと遠ざかっているのだ!


1秒、2秒、3秒…。


そう、このわずか数秒の間にも!


限りなく光の速度に近い速さで進むこの宇宙船にとって、

1秒と言う時間はそれだけでとてつもない距離を進む。


ちなみに光は秒速30万キロだ。


30万キロ!!


1秒、2秒、3秒…。


ああ!これでまた100万キロ近くも地球から遠ざかってしまった!!

父、母、友、そして愛する妻と子のいるあの地球から!!


俺は操縦桿に頭を激しく打ち付けた。

それはとても痛かったが逆にその痛さが、

俺のこのつらい気持ちの何分の一、いや何百分の一ほどではあったが、

忘れさせてくれた。


頭を激しく打ち付けたせいか、頭がぼやーっとする。

目の前はかすみ、何やら幻覚までもが見え始めた。


やれやれ今回は少し強く打ち付けすぎたか、などと思っていたが、

やがて俺はとてつもなく驚き、危うく意識がぶっとびそうになった。


幻覚だと思っていたそれは、幻覚ではなかったのである。


我が宇宙船と併走する、巨大な宇宙船!!


「やった!」


俺は叫び、飛び上がった!!


救難信号は出し続けていたが、ここは某星雲の僻地。

まさか本当に来てくれるとは思わなかったのである。


「やった!」


俺は再び叫んだ。


そして嬉しさに震える手で、早速通信の準備を始めた。


「応答願います、こちら太陽系第3惑星地球所属の……、

 ……ということでありまして、どうか船体修理を願います。」


用件から入っても良かったのだが、俺は多少めんどくさいとは思いながらも、

最近ではあまり行われなくなった『系列』から『搭乗員名』まで全てを名乗る、

いわゆる『全星間宇宙法』にのっとった方式で挨拶を行った。


この1ヶ月の漂流の苦労を思えばこそ、

めいっぱいの礼儀を尽くそうと思ったからである。


俺は相手方の返事を待った。


こちらの言葉は自動翻訳システムにより、たちまちのうちに文章化され、

相手艦の通信手のディスプレイに表示されているはずであった。


しばらくののち、相手からの返事が来た。

同じくそれは音声ではなく、

こちらのディスプレイに文字としての返事であった。


『こちらはサロス系第12番惑星サーウィス所属の……』


「サロス系?サーウィス?聞いたことがないな…」


さすが僻地とでもいうべきか、それとも俺の知識不足か。

しかし、その聞いたこともない名前に俺は少し不安になった。


だが、俺の不安とは裏腹に、その後に続く文章は実に好意的だった。

船体の無償修理はもとより、これから太陽系のそばを通る予定なので、

ついでに地球まで送りとどけてくれるとのことであった。

俺はその文章を読み進めていくうちに、

だんだんとニヤケ顔になっていくのが自分でもよく解った。


俺は嬉しくなって、地球までの詳しい航路図や、

さらには地球の詳細なデータを相手艦へと送った。


少し間があったが、返信が来た。

俺はそこに表示された数行を読み進めている時も、

その顔がだんだんと変化していくのがとてもよく解った。


ただ今回はニヤケ顔ではなく、恐怖という顔に変化していくのが。


『あなたは地球という星を、そしてその場所をとても詳しく教えてくださいました。

 ありがとうございます。地球はとてもすばらしい星です。

 協議の結果、急遽次の侵略目標は「地球」に変更となりました。

 しかし安心してください。あなたの生命だけは侵略後も特別に保証します。

 ただし生体研究用としてですが。』


俺は再び操縦桿に頭を打ち付けた。


しかし、ディスプレイの文字は消えなかったし、

横付けされた巨大軍用艦の姿も消えなかった。


ただ目がチカチカするだけで、額には大きなたんこぶができていた―。


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