3話【魔法のスマートフォン】
魔女。龍神が発したその言葉に、真奈は戸惑いを隠せなかった。
「え、えと、あの…魔女って、一体何の事…?」
あたふたしながらも何とか誤魔化そうとするが、状況が状況なだけに今更それは不可能というものであった。
「あんだけ恐魔のこと語っておいて、しかもその上魔法まで使う。これで魔女じゃない、っていう方がおかしいだろ。」
龍神の言う通り、先程から真奈は一般人が到底知る筈もない恐魔という単語を口にし、あまつさえ魔法という非現実的なものまで披露してしまった。それでも尚シラを切るというのも無理な話であろう。
しかし、ここで真奈の方にも疑問が浮かんだ。
「先輩…魔女の事、ご存知なんですか?」
「知ってるよ。」
彼女の質問に龍神は隠すこともなく、さも当然といった様子で答える。
「遥か昔からヨーロッパの歴史を裏で操ってきたと言われている種族で、政治、経済、戦争、様々な史実に関与してきた存在、それが魔女だ。」
龍神の説明を、真奈は黙ったまま聞いていた。彼の語った内容に一切の間違いが無かったからだ。そんな彼女を見ながら、龍神は説明を続ける。
「中世ヨーロッパで行われた魔女狩りによって大半が処刑されてしまったが、僅かに生き延びた魔女達は各地へ散らばり、今なおその血は続いている、と言われている。勿論、この日本でもな。」
龍神は最後に一呼吸置くと、最後に核心をつく一言を彼女に向けて発する。
「お前はその魔女の血を引いている、そうだろ?」
どうやら完全にお見通しのようだ。これ以上誤魔化すことは到底無理であると判断した真奈は、先程の質問を素直に肯定する。
「…はい、そうです。私は魔女です。」
認めてしまったが、彼女は懇願するかのように弱々しい声で言葉を続ける。
「でも!わ、私、本当はお母さんに、絶対に魔女だって誰かに言っちゃいけない、って言われてたんです…。」
「そりゃそうだろ。そもそも今の時代に自分が魔女だなんて言い出すヤツ、普通だったら頭がおかしいか、何かの宗教としか思われないからな。」
相変わらず龍神の方は真奈の話をさも当たり前の事であるかのように聞いている。ただ、先程から彼は真奈の事を敵視しているような態度ではなく、単純に魔女であると確認していただけのようだった。
だが、真奈にはまだ疑問が残っていた。それは何故この男がこんなにも魔女や恐魔について詳しいのか、ということである。気になった彼女は、思い切って聞いてみることにした。
「えっと、もしかして先輩も…魔女、なんですか?」
何となく間違っているような気もするが、恐る恐る聞いてみた。だが、呆れた様子の龍神から返ってきたのも、彼女にとってはある意味予想通りの答えではあった。
「俺が女に見えるか?」
「ですよねー…。」
真奈は苦笑いする。しかしそれは当然の話であった。
魔女はその名の通り、女性しかいない。真奈の場合も母親が魔女であったが、父親は普通の人間なのだ。目の前にいる先輩だって、体格や声からして全く女性には見えない。
的外れな質問をしてしまった真奈は少し恥ずかしそうにしているが、そんな彼女に龍神は意味深な言葉を投げかける。
「まぁ、確かに俺は魔女ではないけど、無関係だとも言えないな。」
「それって、どういう事ですか?」
「それに関しては秘密だ。」
肝心なところを教えて貰えず、真奈は少しムッとした。だが、そんな彼女の事はおかまいなしに、龍神は話を切り上げようとする。
「さて、これ以上話す事はもうないな。悪いが、俺はこれで失礼するぞ。」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!まだ聞きたいことが!」
引き止めようとする真奈を無視し、龍神は校舎へと続く扉に手をかける。だが扉を開ける前に、彼女に背を向けたまま龍神は口を開いた。
「1つ忠告しておくぞ。」
龍神は先程とは打って変わり、急に冷たい口調になった。
「中途半端な覚悟で恐魔と戦おうとするのはやめとけ。いくら自分が魔女だからって、恐魔と戦わなきゃいけないって理由にはならないからな。」
そう言い残し、龍神は屋上から立ち去る。真奈はその様子をただ黙って見つめていただけだった。
結局重要な事は何一つ聞くことはできず、肝心の龍神もそのまま下校してしまったが、真奈はまだ諦めたわけではなかった。
「先輩って、歩いて通学してるんだ…。」
横断歩道を渡っている龍神のことを、真奈は1つ離れた道路からじっくりと観察するように見ていた。
あの後、大胆にも彼女は下校する龍神の事のあとをつけて秘密を探ろうと考えたのだ。側から見れば馬鹿馬鹿しいとしか思えないが、今の彼女にとってはこれが唯一の手段であったのだ。
「月華先輩は否定してたけど、昨日のあの先輩の腕は恐魔に取り憑かれて変化したに違いないんだから!」
先程の会話の中では、龍神自身は自分が恐魔である事を否定していた。だが真奈は昨日、彼の腕が異形の物に変形していたのをこの目でしかと見ていたので、どうしてもその事実を確かめたいと思っていたのだ。
一方で前を歩く龍神は、自分のポケットの中のスマホの振動に気付く。スマホを取り出すと、それを耳に当てて話し始めた。
「どうした?」
『この後、駅前広場に来るよ。多分、昨日のヤツよりも大物。』
「わかった、行こう。」
電話の声は、昨日龍神が真奈と美影の前で話していた声と同じであった。もっとも少し離れた位置にいる真奈には、龍神が誰かと通話しているのが見えてもその声までは聞き取ることができなかった。
『それとさ、龍神。』
「何だ?」
『さっきの女の子、龍神のあとをつけてきてるみたいなんだけど。』
声の主は、何故か真奈が龍神を尾行している事を知っているようだった。だが、それに関して龍神は全く驚いた様子を見せない。
「あんなバレバレの尾行、とっくに気付いてるに決まってんだろ。」
『いいの?放っておいて。』
「いや、ワザと泳がせてんだよ。アイツには少し見せたいものもあるしな。」
どうやら龍神は尾行自体には気付いていたようだが、何かの目的があってワザと気付かないフリをしているらしい。その事に関しては、声の主は深くは追求しなかった。
『ふーん。まぁ、何か考えがあるんだっらボクは別に構わないけど。』
「あぁ、近くに来たらまた教えてくれ。」
そう言ってスマホをポケットにしまう。龍神はそのまま駅前広場へと向かうことにした。当然だが、あとをつけている真奈も龍神を追って同じ方角へと向かう。
駅前広場に着いた頃には時刻はもう午後の6時を回り、辺りも暗くなっていた。普通であれば、駅に近いこの広場にも人がチラホラ見られる筈なのだが、今日は何故かほとんど人がいない。
だがそれだけではなく、まるでこの広場全体を異様な空気が包み込んでいるようだった。
「何だろう、空気が重い…?」
電柱に隠れながら、真奈もその違和感を感じ取っていた。上手く言葉では言い表せないのだが、とにかく嫌な感じがしたのだ。
一方龍神は、周囲を警戒しながらポケットからスマホを取り出す。だが、今度は彼が手を触れる前に画面が勝手に光り出し、大きな声が聞こえてきた。
『龍神、正面だよ!』
その言葉を聞いた龍神が正面を向くと、突然何も無い筈の宙空に亀裂が入った。そこから不気味な唸り声が聞こえたかと思うと、今度はその亀裂を引き裂くようにして中から2メートル以上の大きさはあるであろう、巨大なカマキリのような化け物が現れた。
その光景を遠くで見ていた真奈は言葉を失ってしまったが、対して真正面で対峙している龍神はかなり冷静だった。彼のスマホからは、先程と同じ声で若干ガッカリしたような声が聞こえてくる。
『昨日のよりは大物だけど、探してるヤツじゃなかったね。』
口振りからすると、どうやら探してる化け物とは違う個体だったらしい。それでも目の前の化け物はこちらを見逃してくれるような雰囲気ではないし、龍神自身も戦う気満々であった。
「恐魔には変わりないけどな。やるぞ、アル。」
『オッケー。』
龍神はスマホの画面に手を伸ばす。ホーム画面に表示されているアイコンの1つをタッチすると、スマホから音声が聞こえてきた。
『アプリケーション起動。使用する項目を選んで下さい。』
「レイジングソード。」
龍神がそう口にすると、スマホの画面が強く光り出した。それと同時に彼のスマホに付けられていたストラップの、先端の剣型のアクセサリーが光の粒子となって消えてしまった。
龍神がスマホをポケットにしまい、そのまま右手を前にかざすと、今度は彼の手の中に赤く輝く刀身を持った剣が現れた。その様子を遠くから見ていた真奈は、ある事に気付く。
「今の、もしかして魔法…?」
龍神から発せられる殺気を感じたのか、カマキリの恐魔は唸り声を上げると彼に向かって勢いよく鎌を振り下ろした。
「危ない!」
見ていた真奈は思わず声を出してしまう。だが龍神は恐魔の動きを完全に見切っていたようで、鎌をかわすとそのまま横に回り込み、手にした剣を振り抜く。
「遅え。」
一瞬で恐魔の左手の鎌が切り落とされた。怒り狂った恐魔は右の鎌で再び龍神に襲いかかるが、今度はその鎌を剣で受け止められてしまう。
そのまま鍔迫り合いになるかと思いきや、龍神は大声で新たな魔法を唱えた。
「ドラゴンフォース!!」
龍神の言葉に呼応するかのように、ポケットに入れていたスマホの画面が光り出した。その直後、突然龍神の左腕が鉤爪の付いた巨大な龍の腕のように変化する。その様子を見た真奈は、思い出したように呟く。
「あれって、昨日の夜と同じ…!」
手の大きさこそ昨日と比較してかなりの大きさになっていたが、それでも形状はあの時見せた異形の腕と非常によく似ていた。
「これで終わりだ。」
龍神はその左腕で恐魔の頭部を掴むと、唸りを上げながら力任せにそのまま握り潰した。
頭部を失った恐魔は断末魔なのかわからない耳障りな音を立て、霧散するかのように消えてしまった。
それと同時に、周囲を包み込んでいた嫌な空気が急に消え去った。龍神は安全になった事を確認すると、広場の隅にある電柱に向かって呼びかける。
「出てこい。」
その声にら電柱の後ろに隠れていた真奈はビクッと反応する。どうやら完全に気付かれているようなので、諦めて姿を現わすことにした。
「いつから気付いてたんですか?」
龍神の方へと近付きながら、真奈は質問する。それに対して龍神はやや呆れたような様子で返事をした。
「校門出た時。周りの人間も、何人かお前のこと変な目で見てたしな。」
要するに、最初から気付かれていたということだ。その上周囲にも変な目で見られていたという、あまりの恥ずかしさに真奈は顔を真っ赤にする。
「さて、何か聞きたいことはあるか?」
そんな彼女の様子など気にせず、龍神は尋ねた。真奈にとっては聞きたい事など山のようにあったが、まずは目の前で起こった、一番気になっている事を質問することにした。
「さっき先輩が使ってたのって、魔法ですよね?」
「ご名答、魔法だ。」
彼女が思った通り、先程龍神が使っていたのは紛れもなく魔女にのみ使える力、魔法であった。その答えを聞き、真奈はある1つの結論に辿り着いた。
「じゃあ、先輩のスマホは…!」
その言葉にニヤリと笑いながら、龍神は答える。
「そうだ、お前が持ってるのと同じ【マジックフォン】だ。」
そう言ってポケットからスマホを取り出し、彼女に見せるように掲げる。一見何の変哲も無いスマホだが、実はとてつもない力が秘められているという事を、真奈は知っていた。