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小林的運命的出会

少女は金魚柄の浴衣についた泥を払うと、忙しく私に頭を下げた。

「ごめんなさい、ちょっと前を見てなくて、その、急いでたもので」

 ほのかに漂ってきた柑橘系の香りは私の怒りを一瞬のうちに冷ましてしまった。少し茶色がかった長い長髪と何とも言えぬ神々しい肌の白さ、柔らかな瞳から放たれる宇宙の英知ともいえるまなざしを私は直視することができなかった。

「べ、別に大丈夫です」

 奇跡的ともいえる少女は一礼すると人ごみへと再び入っていった。

「彼女、最近ここに来たらしくてさ、可愛いって有名らしいよ」

 山口は俺の顔を見てにやついた。

「へ、へぇ」

 ここで余談に入らせてもらうが私含む「ぼくにち」メンバーの唯一の弱点、それは「美女」である。「ぼくにち」はカップルを日々憎み、欲望に負けんと女と喋ることを禁制としているが決して女が嫌いなわけではない。むしろ大好きな者しかいない。いくらこと素晴らしい信念を持とうともわれらは絶賛思春期真っ只中なのである。現実において女子と接することができないため、人間を一から創造すると同様の想像力をふんだんに使い、理想の女とあれやこれやと妄想を広げ、色あせた一日の大半を妄想によって色づかせる努力をしているのだ。そのようなむさい男が美女と、しかも間近で目を合わせ会話をしようものなら、茹蛸のように赤面しその衝撃さゆえに、体内を覆い尽くすあらゆるむさい気というむさい気が放出されることだろう。

 つまり何を言いたいのかと言えば、私はまだましなほうなのである。

「どうせすぐ忘れる。それより、もうすぐ集合だ」

 私は祭りの外れに位置する薄曇る堤防を見た。

 堤防際には黒々とした塊がまるで華やかな祭りから避難するように固まっていた。たまにもぞもぞと蠢くため、一般人はその物体から目を背き、祭りへと向かった。

 その黒い塊は「ぼくにち」メンバーである。

 私は彼らに向かい歩いていくと、モーセが海を割ったように黒い塊は道を開いた。

 私は真ん中に立つと周りを一瞥した。

「諸君、時はきたれり。憎き邪悪なる祭りを打壊す時が来た。今宵は教師陣も加わった三つ巴となるだろう。だが、われらは負けない」

 男たちはしきりに雄叫びをあげた。

 土手ではさらなる騒がしさを増していた。真ん中に建てられた塔を中心とし人々は何層かの円状になっていた。

 その中にはカップルできた若き愚か者含め、森田も気怠そうに太鼓のリズムに合わせ踊っていた。

 キュィィィィン

 唐突に響く高音に皆は耳を塞いだ。

 私は土手を隔てる丘の上からミステリーサークルのように形作る人々を見下ろした。

「盆踊りに精を出すみなの者、こんばんは」

 土手にいる全てのものがこちらへと目線を向けた。

 私であることに気づくと、大半が耳打ちしあったり荒々しく声を上げたり指を軽快に鳴らす者もいた。

 森田は「あのあほ!」と言い、丘に向かい走った。その後ろをほかの教師や祭りに来た愚か者が連なり長い列をつくった。

「私は今宵、この賑やかなる土手で聖歌を披露する。みなの者、耳をかっぽじってきくがよい」

 ギターの高音が再び土手に響き渡るとぼくにちメンバーはそそくさと私たちのまえにあらわれ、巨大な壁を造った。メンバーの両手にはサイリュームが握られている。

「アーイアームァ、アンチクライスタッ」

 私の歌に合わせ男たちが造った壁はむさい掛け声とともにリズムよく揺れた。

 揺れるむさい掛け声をする壁を前に蛇のような列はなす術もなく、もれなくせき止められ森田は説得と怒りを含んだ声を上げた。

「小林、いい加減やめろ」

 私は内に秘められたたぐい稀なる才能が自らの声に秘められていると信じ、一心不乱に歌い続けた。

 私の歌声は暑苦しく明るい土手を波紋し、周りの住宅街まで響き渡った。

 揺れる男壁に群がる人々の数は瞬く間に膨張し、ついに壁は破壊され土手は怒号と叫びが混じった戦場へと化した。丘に生えた草は所々で蹴られ、踏みつけられ、吹き飛ばされ多数の禿をつくり、近くに置かれた屋台は轟音とともに崩れ去っていった。

 のちに河原から打ちあがった花火は熾烈なる醜い争いをてらし、対岸から見ていたある者は言った。

「まるで地獄絵図じゃん」

 

 翌日の昼過ぎ、私は学校の屋上にいた。

 昨夜の事件の首謀者として学校に呼び出され教師らによる叱責によって絞りに絞りだされ最早乾ききっているのにさらに絞られたような感覚である。私は絞られきった心を癒すため、この屋上に来たのである。

 夏というのに今日はなかなかに涼しく、私は灰色の空を無心で見つめた。

 上のほうで鳥の群れが鳴きながら飛んでいくのが目についた。

 ふと、誰かが私の背中を小突いた。

 私は振り返ると昨日見た少女が私の目の前にいた。

 両手には何やら膨れた紙袋を持っている。

「あ、あの。ホントに昨日はすみませんでした」

 私は少女の顔を一瞬眺めていたがその時、内なる理性が告げた。

 これはまずい!

「それで、そのお詫びに持ってきたんですけど、大丈夫ですか?」

 思えばこれまで女から喋りかけられたことがあっただろうか。しかもこのご時世、私は地獄の底に君臨している魔王と言われてもおかしくない。昨日ですら、魑魅魍魎百鬼夜行のぬらりひょんのごとき大それた悪行をしたのだ。

 私の頭の中で幾重にもなる疑問が駆け抜けた。何重ともなる疑問の中で導き出した答えは「この子はいい子」だった。

 差し出された紙袋を私は丁寧にいただいた。

「あ、ありがとうございます」

「ごめんなさい、昨日は早く帰っちゃって。だけど今日講習で、たまたま見つけたから家から取ってきたんです。それで、あの」

 少女はまだ何か言いたそうである。白い肌に赤らめた顔は何とも言えぬ可愛らしさを出していた。内なる理性は「まずい、早く去れ」「お前の崇高なる信念はどこへ行った」「もう引き返せなくなる」などと言っていたが私にはもはや届かなかった。

 私は彼女の一動作一動作に関心が湧いていた。もはや乗馬のごとくこの空間を楽しんでさえいるのだ。

 少女は私の目を見ると口を小さく開けた

「その、友達になってくれませんか」

 



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