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94 私と彼女と恋模様

※虫注意


 城から脱走して早1週間が経っていた。

 本格的に外に出るのは不安があったけど、いつまでも引き籠っているわけにもいかない。それとさりげなく大家のマリーさん達から街の様子を聞いていたけど、いつまで経っても「街の様子がおかしい」と口にすることはなかった。

 つまり王都は衛兵が増員されているわけでもなく、平常通りということ。


(追手が少なさそうなら一度出歩いてみるべき?)


 そう思っていたところで、今朝マリーさんに買い物の荷物持ちを頼まれた。

 金髪のマリーさんとなら年の離れた親子に見えないこともない。その申し出はむしろ有り難かった。追手も私が誰かと一緒にいることは想定していないと思う。

 それでも警戒しつつ朝市に赴いたけれど、驚くほど街に変わった様子はなかった。衛兵が駆け回っていることもなく、ピリピリと緊迫した空気もない。警邏隊の制服が目につくとひやっとしたものの、こちらを気に掛けることなく素通りしていく。それには拍子抜けした。

 でもよく考えれば、彼らは私の顔を知らなかった。写真もこの世界には無く、姿絵も成人前だから出回ってない。だいたいそれらは皇子の姿なので参考にならない。今も変装用の化粧も継続しているから、余計に。

 とはいえ、ここまで追手の姿が無いことには首を傾げた。


(兄様は私の意志を尊重すると言ってくれたけど、本当に尊重されたの?)


 しかし、私が死んだという噂も流れてきていない。

 ならば密かに探されているのか。

 でも陛下から見れば、私が死んだことにした方が断然簡単なはず。私の手紙を読んで、それならそれでいいと考えそうな気がしなくもない。

 兄はどう思っただろう。

 その胸の内は想像つかない。怒っているか、呆れているか。私に甘いところがあるので、まさか本当に私の意志を尊重して探していない可能性も脳裏を過る。そんな馬鹿な、と思う気持ちもあるけど、ありえなくもない気がしてきた。

 悩んだところで答えは出ないので、内心で首を捻りつつ街を見て回った。

 荷物持ちという名目だったけど、マリーさんは街の案内をしてくれていたのだと思う。2着しか服のない私を見かねてか、安くて綺麗な古着屋に連れて行ってくれたりした。


(こんなに親切にしてもらって、騙してるのが心苦しいぐらい)


 時々、チクリと罪悪感が胸を刺す。

 大家のマリーさんは親切で、2階の夫婦も気さくに接してくれる。走り回っては叱られているちびっこ達が足元に逃げてくるのも可愛い。

 そして隣室のリズに至っては、当初の予定を大きく裏切って真逆の方向に突き進んでいたりする。



   *


「どうしてこんなことに……っ」


 悶々とする頭を切り替えたくて料理に挑戦してみたというのに、目の前には惨状が広がっていた。

 フライパンの上で黒焦げとなった卵を前に、動揺が止まらない。

 窓を開けているのに台所には焦げ臭い匂いが鼻を突き、煙が宙を漂っている。この世界の料理は美味しいと思っていたけど、どうやらそれは勘違いだった。料理人の腕が良いだけだった。私が作ると炭が出来上がる。なぜこんなことに。

 いや、理由はわかっている。

 原始的なコンロは火力調整が出来ず、卵はあっという間に無残な姿になった。前にオムライス専門店でバイトをした経験があったから、卵料理だけは自信があったのに。今やその自信も灰と化した。

 あれは文明の利器があってこそ出来たことなのだ。この有様では飲食店に勤めることはおろか、日々の食事すら不安しかない。


(コンビニと電子レンジが恋しい……せめてスイッチで火力調整できるコンロ)


 失って初めて、大切な存在だったのだと気づかされるなんて。

 遠い目になっていたところで、慌ただしい足音が近づいてきた。仕事から帰ってきたばかりのリズが血相を変えて飛び込んでくる。


「すごく焦げ臭いけど! 火事!?」

「申し訳ありません! 料理に失敗しました!」


 凄まじい剣幕だったので、反射的に謝ってしまった。原因のフライパンを視界に認めたリズが安堵の息を吐いた。


「無事ならいいけど。あと、そんなにかしこまって謝ってもらわなくてもいいんだよ」

「申しわ……ごめん」


 口調は普通でいいと言われていたので、出来るだけ普通っぽく話している。

 といっても、私の普通は丁寧語。意識しないで年相応に話そうとすると、メリッサやセインを相手にしていた時のようになってしまうのは仕方がない。

 咄嗟に出た口調を改めれば、リズが怪訝な顔をした。卵焼き一つまともに作れない私を見て思うところがあったのか、アンバーの瞳が窺うように細められる。


「言いたくないならいいんだけど……アルって、もしかしてお嬢様だった?」

「おじょうさま!?」


 鋭い指摘に心臓が飛び跳ねた。しかし慌てて首を横に振る。

 嘘ではない。お嬢ではなく、皇女でしたし。先日までは皇子をやってましたし。


「そうだよね。お嬢様なら日が暮れそうな時間に一人で買い物に行こうとは思わないよね。あのときは本当に驚いたんだから」

「……」


 苦笑いされたけど、ここはノーコメントを貫く。

 ここに来た初日。夕刻過ぎに食べ忘れていた食事を買いに外に出ようとしたら、ちょうど帰ってきたリズに止められた。日が暮れてから女が一人で街に出るなんてありえないことだったらしい。王都とはいえ、夜になるとそれなりに危険なようだ。

 おかげで『のどかなド田舎から出てきた世間知らず』のレッテルを貼られたっぽい。

 その一件以来、リズがとても気に掛けてくれる。


「ところで何を作りたかったの?」

「マリーさんから卵を貰ったから、オムレツを作ってリズを驚かせたかったんだよ」


 嘆息混じりに肩を落として答える。

 これは荷物持ちをした駄賃代わりに貰った卵だった。

 平民の食事はメインがパンで、おかずはスープか野菜炒めが1品付く程度。私はこれまで前の路地を抜けてすぐの場所で買えるパンだけで済ませていた。ちなみに卵は値が張るので、ここではオムレツはごちそう。

 そんな貴重な卵を1個駄目にしてしまったことがショックで仕方がない。


「そうだったの……えっと、すごく驚いたから、驚かせることは大成功だね!」

 

 悲壮な顔をしている私に追い打ちはかけられないと思ったらしい。リズがものすごく苦しまぎれにフォローをしてくれる。優しすぎる。天使なの?


(本当にいい子なんだよね)


 ここで暮らし始めてから、ことあるごとに世話になってしまっている。

 前に一人暮らしをしていた経験があったから余裕だと思っていたけど、ちょっと甘く見すぎてた。

 電子レンジどころか冷蔵庫も、全自動洗濯機もない生活。お風呂だって、自分で井戸から水を汲んで火を起こして沸かさなければならない。

 城にいる時みたいに黙っていてもご飯が出てきたり、洗濯された服や風呂が用意されるわけじゃないのだ。かつてのようにお腹が空いたらコンビニで調達し、スイッチひとつで洗濯乾燥が出来て、いつでも熱いシャワーを浴びられるわけでもない。

 わかっていたつもりだったけど、全然わかってなかった。

 思った以上に何もできない。自分の情けなさに歯噛みした。そんな時に、リズはいつも手を差し出してくれた。ひとつひとつ、呆れることなく丁寧に教えてくれる。


『私もお母さんに甘えてばかりだったから、一人になったとき最初は戸惑ったなぁ。きっとみんな初めはそうだよ』


 そう言う割には、リズの手つきは慣れていた。華奢な手の掌はかさついていて指先は固く、幼い頃から家事を手伝っていたのは一目瞭然。

 だからそれは私を勇気づける優しい嘘だった。

 そのとき、自分が恥ずかしくなった。彼女はゲームのヒロインかもしれないから、なんて一時でも警戒して線引こうとした自分の愚かさを恥じた。

 彼女も私と同じ、普通の人間なのだ。一生懸命ここで生きてきた女の子だった。困っている人がいたら寄り添える、優しい女の子だった。


(どうしたって好きになるでしょう)


 恋愛的な意味ではないけど。人として尊敬してる。こんな風にさりげなく優しさを与えられる人になれたら素敵だと思う。ちょっとお人よし過ぎるところは、悪い人に騙されないかと心配になるけど。

 騙している私が言えることじゃないのだけど。

 自業自得とはいえ、またしても胸がチクリと痛む。


「余計なことしないで、普通に渡していればよかったね」


 胸の痛みから目を背けて、眉尻を下げて笑いかけた。無事だったもう一つの卵をリズに差し出す。

 これぐらいしか今はお返し出来ない。


「気持ちは本当に嬉しかったよ。って、くれるの? せっかくだからアルが食べればいいのに」

「いつもスープのお裾分けもらっているし、受け取ってほしい」

「わかった。じゃあ半分ずつね」


 そう言いながら、私と場所を変わったリズがフライパンを手に取った。

 同じフライパンを使っているのに焦がすことなく、くるくると巻いてあっという間にオムレツが出来上がる。手際の良さと卵の美しさに思わず拍手を送ってしまう。

 それに照れて笑う顔がこれまた可愛い。

 用意していた木の皿の上にほんのりきつね色になったオムレツが半分乗せられた。鼻先を擽る匂いは先程とは打って変わって胃袋を刺激する。隅のテーブルに二人分の皿とパンを並べて一緒に座り、さっそく頬張った卵焼きは優しい味がする。幸せを噛み締めていたところで、リズが話しかけてきた。


「そういえばアルに頼まれてた件だけど、ヘレンさんがぜひお願いしたいって言ってたわ。よければ明日にでも来てほしいって」

「本当!?」

「ちょうど人が欲しいと思ってたみたいなの。すごく喜んでた」


 満面の笑みで言われて、私も頬を綻ばせた。


(やった! 就職先決まった!)


 ヘレンさんというのは、リズの勤め先の洋裁工房の主だ。

 私とて、追手を警戒して部屋に引き籠って悶々としていたばかりではない。

 初日は疲れて切って早々に休んでしまったけど、2日目はマリーさんに裁縫道具を借りた。道具箱の中の糸を一部買い取り、侍女服改造に勤しんだ。

 料理は惨敗だったけど、裁縫はミシンがない以外は前とさほど道具が変わらないから助かった。手縫いでもなんとかやれないことはない。

 まさかコスプレ衣装制作の経験がこんなところで活かされるなんて。衣装さえ作ればコスしてくれた付き合いのいいレイヤーの友人がいたことに感謝したい。

 萌えと努力は無駄じゃなかった!

 昔をちょっと懐かしみながら、侍女服のラインが目立つ折り返しの袖を切って詰めた。踝丈だったスカートは街娘仕様の脹脛丈に直し、裾を切ってできた布はハンカチに作り替えた。

 その内の一枚に刺繍を施したのだ。

 それを洋裁工房で働いているというリズに預け、そこで雇ってもらえないか聞いてもらっていた。伯爵夫人の紹介状があるというコネも役立ったのだろうけど、その結果が今回の朗報。


「おばさまが多いから、同じ年の子が入ってくれるのは嬉しいな」

「私もリズが一緒で嬉しい」


 元々リズが母親と一緒に勤めていた老舗の工房だと聞いている。おばさまが多いとはいえ、平民はリズ同様に未成年の内から働く者がほとんどなので、私でも浮くことはないっぽい。

 この先どう転ぶか自分でも見えてないけど、先立つ物は必要となる。働けるなら働きたい。それに質屋に宝飾品を持ち込むのも限界がある。下手なものに持ち込んだら足がつきそう。極力あれらに手はつけたくない。

 とりあえず一旦は先の見通しも付いたところで、一安心。


(完全に安心できるわけじゃないけど)


 後回しにしていることは多々ある。でもここ1週間は日々を生きるのに忙しくて、色々考えている余裕がまったくなかった。考えたくなくて色々を根詰めてしまっているとも言えるけど。

 とりあえず今夜は栄養も取ったし、お腹も膨れた。ひとまず明日から頑張らないと。

 そうリズと声を掛け合いながら、3階の自室へと戻る。扉の前で別れ、自分の部屋に入って一息ついた。


 しかし、それもほんの一時だった。


「アル、助けて!」


 椅子に腰かけてメモ帳に日記を書こうとしたところで、扉を叩かれた。先ほどご機嫌で別れたばかりのリズの切羽詰まった声に全身に緊張が走る。


「どうした!?」


 勢いよく扉を開ければ、リズが驚きに目を瞠った。

 自分でも口から出た鋭い声に焦ったけど、リズはそれを深く気にしている場合じゃなかったらしい。すぐに青ざめた顔に悲壮感を漂わせて、アンバーの瞳が縋るように私を見つめる。


「お願い。今晩アルの部屋に泊めて」

「え?」


 さっき明るい話題で別れたばかりの相手にか細い声で訴えられて、一瞬耳を疑った。


(泊めてって……隣の部屋なのに?)


 ベッドは一つしかない。女二人ならなんとかなるけど、いったいなぜ。


「部屋にあいつがいたの!」

「あいつって誰!?」


 咄嗟に腕を掴んで部屋に引き込み、慌てて扉を閉めて問い返した。


「もう現れないと思ってたのに……っ」


 そんな悲壮感を漂わせてまで恐れる相手って、だから誰!?

 変質者? でも「あいつ」呼ばわりするってことは知り合いのはず。借金取り? それともまさか元彼的な存在? もしかしてリズのお父さんの可能性も!?

 どれもが私の手に負える相手じゃないかもしれない。どうしよう。

 心臓がバックンバックンとうるさい。相手の正体が掴めずどうすべきかと戸惑う私の前で、小さく震えるリズが声を絞り出す。


「夏になると出てくる素早く動く悪魔よっ。お願いだから言わせないで!」


(……。これは、なんとなくわかった)


 ここまで人を怯えさせる存在はアレしか思いつかない。リズが言うように、秋になっても現れるのはちょっと珍しい。

 正体が判明して胸を撫で下ろした。いや、落ち着いてる場合じゃない。早急に悪魔祓いをしなければ。部屋を見渡し、前の人が置いていったくたびれたスリッパを手に取る。


「退治してくるからここで待ってて」

「退治するの!? やめて、そんなの危険よ!」


 まるで命を張りに行くのを止めんばかりに縋られたけど、スリッパ片手に部屋を出る。そんな私の後を涙目になったリズが付いてきた。部屋で待っていればいいのに、一人で行かせられないと思っているっぽい。

 こういうところが、やっぱりいい子だなって胸にじわりときた。少し心強い。私だって怖くないわけじゃない。一人暮らししていた時は嫌でも戦ってきた経験はあるけど、心臓はバクバク鳴っていて、緊張で嫌な汗も滲む。

 でもここで見逃す方が眠れないでしょう!?


 意を決して対峙した悪魔との戦いは、一秒で勝敗は決した。

 スリッパは尊い犠牲となったのだ……。


「すごい! アルありがとう、大好き!」


 無事生還した私を見て、リズが興奮気味に目を輝かせた。私も今更ちょっと手が震えてしまったことはそっと隠しておく。

 それにしても、初めて尊敬の眼差しを向けられたのが害虫……否、悪魔駆除。とても皇女とは思われないだろうことをしてしまった。私は一体何をしているの。

 でもいつも世話になっているわけだから、これぐらいの恩返しが出来てよかった。


「部屋にミント系のハーブを置くといいっていうよ」


 精油じゃないと忌避剤として効果がなかった気もするけど、ここまで取り乱すほど嫌いなら気休めにはなるかもしれない。

 なんとなく思い出したことを告げれば、リズが目を瞬かせた。


「そうなの? じゃあ、今度ロイに訊いてみるね」


 不意打ちで出てきた名前に内心、ギクリとしてしまった。

 ロイというのは、リズの幼馴染。同じ年の花屋の少年の名だ。

 まだ顔は見たことはないけど、言われてみればそんな名前だった気がする。数日に一度、売れ残りだと言う花をリズが持って帰ってくる。よく彼から押し付けられるのだと教えてもらった。

 ゲームとは切り離して考えるつもりでいるけど、覚えのある存在が現れたことは複雑ではある。リズは確かにここで生きてきた人でゲームと重ねるのは申し訳ない気持ちもあるけど、微妙に未来の分岐を知っているだけに落ち着かない。


(私みたいな場合もあるから、その通りに行くとは限らないけど)


 この先、リズが選ぶ選択に私から口を出す気はない。彼女は自分の足で道を歩み、自らの手で未来を掴み取るだろう。


「本当にありがとう。アルがいてくれてよかった」


 私に向かって、安堵の滲む柔らかな笑顔を向けられる。その眼差しには信頼が増した気がして嬉しかった。

 しかし、だ。


「役に立てて良かった。それで……これで私に恋に落ちたり、しないよね?」


 ゲームとは切り離したいけど、選択に口を出す気もないけど、でも私自身にも関係する場合は少し言わせてほしい。だって万が一ってことがある!

 念の為に恐る恐る伺えば、アンバーの瞳が細まって『なに言ってるの、この子』と目で語られた。全身からも呆れが滲み出ている。


「冗談だよ!?」


 咄嗟に取り繕えば、小さく苦笑された。ごめん。変なこと言って、本当にごめん。


(だって報われない想いをしたら、辛いでしょう?)


 だからお互いの為に、念の為に確認しておいた方が安心かと思って。今は皇子じゃないから大丈夫だとは思っていたけど、この調子なら恋には発展しなさそう……!

 いろんな意味で一騒動に区切りがついたので、今度こそ本当に「おやすみ」と告げて自室へ戻った。

 部屋に入ると、思った以上に緊張していたらしい。椅子に腰を下ろしたら一気に疲労感が押し寄せてきた。日記を書こうとしてテーブルの上に置いたままだったペンを何気なく手に取る。

 結局持ってきてしまったペン。

 琥珀色のそれは、気づくとよく触れてしまっていたせいか手にしっくり馴染むようになっていた。

 でも見た目より重く感じるのは、そこに私の手離せない想いが宿っているせいか。


(やっぱり置いてくるべきだったんだろうな)


 肺の中の空気を長い嘆息に変えて吐きだす。

 目につくと、どうしても脳裏を過る。まだ1週間だからと思う反面、早く忘れないとと気持ちばかりが焦る。

 それなのに、まだ捨てる勇気も持てない。

 兄との婚姻に躊躇した理由のひとつに、間違いなくこの感情も関係している。

 兄の妻となった傍らにクライブがいるのを想像しただけで、胸が締め付けられて息が出来なくなるほどだった――なんて。

 でもそんなことはさすがに言えるわけがない。手紙に書いた理由が最も重要なのは、嘘ではないのだから。


(駄目だと思っても好きになるなんて)


 言葉の制止で止まれるものなら、とっくに止まっていたのに。自分の気持ちなのに、持て余してままならない。抱えていても苦しいだけなのに、「いらない」と投げ捨てても勝手に戻ってきている。

 手放せない荷物が重すぎて、私はまだどこにも向かえそうにない。




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