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93 ここで会ったが百年目


 質屋の店主は丁寧にも道案内までしてくれた。

 やってきたのは大通りから外れて数本路地に入った3階建の細い建物だった。建物は全体的に古いけど、路地裏とはいえまだ中心部寄り住宅街なので治安も悪くはなさそう。

 大家の女性に紹介状を見せ、質屋も後ろめたさがあるからか口添えをしてくれた。


「育ててくれたおじさんを亡くされて、職を求めて王都に来たらしいんだ。でも頼るつもりの相手がどうやら辞めてしまっていたようでね。帰る家もないと言うし、不憫な子なんだよ。マリーさんのところには、確か一人で暮らしてる女の子がいただろう? 若い娘同士、話も合うんじゃないかと思ってね」


 私が口を挟む間もなかった。

 どうやら私の適当な言い訳から、彼は勝手に生い立ちを想像して同情したようだ。とても熱く語ってくれた。ただのがめついだけの人ではなかったっぽい。

 そんな人を騙した罪悪感はあれど、ここは神妙にかしこまっておく。


「それは大変だったわね。心細かったでしょう? 彼の紹介なら私も安心だし、ここで良ければ部屋を提供するわ」


 マリーさんと呼ばれた人のよさそうな年配の女性も、その話を聞いて同情する顔になった。二つ返事で了承してくれる。

 話を聞いていると、どうやら質屋の店主とマリーさんの亡き夫は友人だったようだ。マリーさんを気に掛けて、部屋が空くと害のなさそうな人をよく彼が斡旋してくれるらしい。

 それにありつけた私は本当に運が良かったと言える。宿屋だとすぐ足がつきそうだったから、住む家がみつかって一安心。

 とんとん拍子に進み過ぎて怖いぐらい……

 いや、下手に考えると変なフラグが立ちかねない。ここは素直に幸運を噛み締めたい。



 ギシギシと軋む螺旋階段を上がる間に、大家のマリーさんが建物の説明をしてくれた。

 貸している部屋は全部で3部屋。

 台所と風呂は1階にあり、共有。マリーさんは1階で一人で暮らし。「何かあれば気軽に言ってね」と微笑まれる。

 2階は小さな子が二人いる夫婦。奥さんが出てきて、それまで走り回っていた子達が私に気づいて恥ずかしそうに窺う姿は最高に可愛かった。

 私が住む3階には納戸と部屋が二つ。一つは同じ年の少女が住んでいるという。といっても私は年齢を誤魔化して1歳加算して告げているので、実際には1歳上ということになる。

 私が住む部屋は出稼ぎに来ていた女性が一人で暮らしていたけど、この春に田舎に帰って結婚したそう。


「ここがあなたの部屋よ。家具は前の人が残していったものだけど、よければ使って」

「ありがとうございます!」


 案内された部屋は狭い1ルームだった。

 今まで暮らしていた部屋から考えると、広さは雲泥の差。でも前の私が一人暮らししていた部屋も1DKだった。欲しいものにすぐ手が届く1ルーム上等。むしろ落ち着く。

 東向きだけどやや南寄りでもあるのか、窓からはまだ光が差し込んでいた。ベッドと小さな丸テーブルとイス1脚、タンスと女性らしいカーテンも残っていて、ちょっと掃除すればすぐに暮らせる状態。

 なんという好物件。そして家賃も安い。相場がわからないけど、想定していたより安く済んだ。

 こんなにもとんとん拍子にことが進むなんて。自然と気持ちが弾む。


「マリーさん、新しい人が入るの?」


 その時、廊下から声を掛けられた。

 少女らしい高めの声。たぶん隣室に住んでいるという子だ。


「あら、リズ。まだ仕事に行ってなかったのね。ちょうどよかったわ。そう、新しく入る子よ」


 マリーさんに促され、部屋を出るとそこには私と似た年頃の少女が立っていた。


「王都に来たばかりだから色々教えてあげてね。あなたと同じ年だというから、きっと話も合うんじゃないかしら」

「本当!? 嬉しい!」


 歓声を上げて歓迎してくれる。

 癖のない黒髪は胸下まであり、けぶるような睫毛に彩られた蜂蜜に似たアンバーの瞳が私を見つめる。凛とした雰囲気のある、文句なしの美少女。

 なんとなく、その姿に既視感を覚えた。


(でもアンバーの目で黒髪の人なんて、周りにいなかったけど)


 ここまで見事な黒髪も珍しい。前の生が黒髪黒目ばかりだったから親近感が湧いたのかも。

 そう思いながら笑顔を向ける。


「よろしくお願いします、アルトリアといいます。アルと呼んでください」


 本名を名乗るわけにはいかないので、偽名を名乗った。

 この国の、特に私ぐらいの年代にはよくある名前である。母と韻が被るから迷ったものの、全く違う名前にしたら馴染めないと思ってこれにしてしまった。呼ばれる時は愛称だろうから、この辺は目を瞑る。


「はじめまして、アル。私はエリザベス。リズって呼んでね」


 リズが目を細めてにこりと微笑むと、凛とした雰囲気が緩んで愛らしくなる。

 可愛い。

 思わず私も更に笑みを深めたけど、ふと名乗られた名前に覚えがあった。唐突に思い至ったそれに、差し出された手に伸ばしかけた手が固まる。


(黒髪。アンバーの目。私より1歳上の……リズ?)


 よくある名前だけど、エリザベスならいろんな愛称があるはず。エリーとかベスとかリジーとか。リズも珍しくはないけど。でも。

 頭の中で符号が噛み合っていく。嫌な予感がじわじわと胸に広がり、ジワリと首筋に嫌な汗が滲んだ。

 そんな馬鹿な。ちょっと待ってほしい。思い違いだと言いたい。

 そんな偶然、あるわけがない!


(この子、ヒロインじゃない!?)


 恋愛シミュレーション系の主人公って、だいたいパケ絵に出てくるだけ。スチルでは感情移入しやすいようにか、微妙に顔が見えないようになっているから顔はうろ覚え。

 だけど特徴は一致している。それに私はデフォルト名でプレイ派なので、ヒロインの愛称にも覚えがあった。

 運がいいとか思ってる場合じゃなかった。もはや運命に悪意しか感じない。

 本来、ヒロインが現れるのは2年弱後……王宮で開催される舞踏会でのはず。


(それがなんでここで会うかな!?)


 私が運命を捻じ曲げて現状を著しく変えたせいか、ここでゲームの修正力が働いたの? そこはバグったままでいいのだけど!


「遠慮しないで、わからないことがあれば何でも聞いて」


 私の動揺を単に不安がっていると思ったのか、リズがぎゅっと私の手を握った。引き攣りそうになるのを堪えて頷けば、「今から仕事に行かないといけないから、また夜にね」と言って名残惜しそうに降りていく。

 その背を半ば呆然と見送ってしまった。

 でもまだヒロインと確定したわけじゃない。そう言い聞かせる私の隣で、リズを見送ったマリーさんが口を開いた。


「いい子でしょう? 小さい頃からここに住んでいるのだけど、一緒に暮らしていたお母さんを冬に病で亡くされたばかりでね」


 沈痛な表情で教えられた境遇もヒロインに一致していて、絶望が深まる。

 さっきから思っていたけど、みんな個人情報を軽率にバラしすぎる。もっと配慮を、と叫びたいけどこの時代はこれが普通っぽい。なんて恐ろしい世界。

 仲良くしてあげてね、と締めくくってマリーさんは降りていった。


「……冗談でしょう?」


 一人残された部屋で思わず頭を抱えて呻いた。

 道理でうまくいきすぎると思った! 考えないようにしていたけど、薄々嫌な予感はしていた。大抵、私には碌でもないフラグしか立たない。

 これまでは自分のことで精一杯だったし、何よりもっと先のことだと思っていたから完全に油断してた。まさかのヒロイン(仮)登場とか、心の準備なんてしてない。

 とはいえ、ここを出ていくと言う選択肢はなかった。ヒロイン(仮)がいることを除けば、好物件。

 以前パン屋で住み込みも考えたけど、売れ残りを安価で譲ってもらえて食いっぱぐれないことが目的だっただけなので、絶対パン屋がいいわけじゃない。小腹を空かせた騎士が店に来ないとも限らないので、よく考えたら飲食系は危険でもある。ここでこの家を手放すのは惜しい。


(とりあえず落ち着こう。そうだ、掃除。掃除しよう)


 呆然と突っ立っていたところでどうにもならない。考え事は掃除をしながらでも出来る。

 納戸に入っている掃除道具は使っていいと言われているので、それを借りて掃除に取り掛かった。


(何が何でもこの世界は私をゲームに巻き込みたいようだけど)


 床を箒で掃きつつ、への字に曲がる口を直す気力もなく必死に記憶をさらう。

 彼女を見たことが切っ掛けになったのか、思い出した限りでは攻略対象は5名。

 小悪魔ショタ担当の第二皇子である私。

 ツンデレ俺様の王道、第一皇子の兄。

 尽くし系わんこ(に見せかけた皆のトラウマ)騎士のクライブ。

 ここまでは出揃ってる。あとはフェロモン系の年上教育係と、一途な平民の幼馴染。

 現状に照らし合わせると個々の性格には首を傾げるけど、一人を除いて定番を押さえたラインナップと言える。私の生死に関わってくるのは私を含む前者3名で、以下2名は関係ない。


(彼女が本当にヒロインなら、花屋の幼馴染がいるはず)


 私が一番好きだったのも、身分違いの幼馴染ルートだった。応援したくなる一途な純愛。

 だけど現実的に考えれば、彼女の相手は年上の教育係になると思われる。

 平民育ちのヒロインは貴族の父親に引き取られた先で、年上の教育係が付けられる。教育係という名目で一緒に住むぐらいだから、ゆくゆくはヒロインの婿として傍系貴族から引っ張ってきた人だと考えた方が自然。

 それが私の推しだった。

 付き合いで始めたゲームだけど、「好みだと思うインテリ眼鏡がいるよ。声優も推し」という友の誘い文句につられて「よし、やろう」となったのだ。でもシナリオはうろ覚え。会いたいかと言われると、声は聞いてみたいかな、と思う程度。

 なんにしろ教育係は引き取られてからしか出てこないから、今は除外。


(兄様とクライブは、私のことが解決したからどうなるんだろう)


 ヒロインが兄やクライブと接近するのは、最初に出会う舞踏会で王位争いのいざこざに巻き込まれるから。私とも本来はそこで出会うはずだった。でもいざこざが無くなった今、接点が希薄になる。

 それを補うために、兄達と彼女を引き合わせる伝手として私がここに引き寄せられた?


(もしくは、このまま突き進んだら百合ルートに突入……!?)


 待って。落ち着いて。

 元々の第二皇子ルートを攻略していないからわからないけど、もしかして友情エンドだった可能性もある。

 オネショタには興味がなかったから完全にスルーしていたことが今になって悔やまれる。もっと全スチルを集めるぐらい熱中しておけばよかった。

 とはいえここまでゲームの世界から逸れた状況を考えれば、今となってはあまり意味がない。それにこうやって考えると、今更ヒロインの存在が私の生死に掛かってくるとは思えない。

 それなら別に、現状でも問題ないのでは?

 兄の邪魔にならないよう、これでも覚悟を持って平民として生きていこうとしている私からしてみれば、問題が全くないわけではないけど。むしろ問題しかないけど。

 でも死ぬことはなさそうだから、今は傍観するしかない。まだ一応ヒロイン疑惑があるだけなのだし。

 それより自分で乗り越えないといけないことの方が、今は重要。ヒロインどころではない、というのが正直なところ。


(でも彼女にはあまり関わらない方がいいんだろうな)


 万が一、ということがある。どう転ぶかわからない危険案件には極力近づきたくない。彼女はまったく悪くないけど、あまり近づかないようにしよう。


 でもこう考えて、うまくいった試しがなかった。



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