クリスマスの魔法
このお話は『君に贈るラブソング』の続編ですが、読んでなくても分かるようになっております。
良かったら『君に贈るラブソング』の方も読んでみて下さい。
パタパタと家の中を駆けずり回る音がする。……ミワだな。
枕元に置いてあるスマホを取り時間を確認すると、AM7:00と表示された。
「めーずらし。休みの日に、私より早く起きてるなんて」
思わず呟いてしまった。妹のミワは、休みの日はいつもなら、昼まで起きて来ないのだ。
そのパタパタと駆ける音が近付いて来て、ノックをされずにドアが開けられる。
「お姉ちゃん! ピンチ!!」
「…………脚下」
「なんでよーーっ!!」
反応が面白いからと面倒臭いのが半々だからだ、とは言わない。それこそ面倒なことになる。
「今日、今日ね、友達がバイト休みだから、何処か行こうって言うのよ!」
むくりと起き上がり、カレンダーを見る。ふむ、12月23日。……デートか。
「……で?」
「髪の毛が纏まらないのっ! どうすれば良い!?」
やれやれ、である。
ミワが小学校低学年の頃から、母がパートを始め、私がいつも彼女の髪を結んであげてたのだった。
「えー、いつも自分でやってるじゃん」
私はむっつりと言った。あの頃と違って今は、彼女は毎朝自分で髪を整えて学校へ行っている。
「そう。そうなんだけど、何だか纏まんないの!!」
はは~ん、ラブ度マックスでド緊張してるな? ミワの手を見ると指先が青白くなり、ちょっと震えている。
口調に反して可愛いやっちゃ。しゃーない、お姉ちゃんが頑張ってあげますか。
「服は決まってんの? ってか、髪伸ばしかけ? その長さはかえって毛先が跳ねやすいんだよ」
ベッドの上で胡座をかき、妹の髪をまじまじと見る。
「ちょっとコーヒー入れといて、スタイリング剤持って行くから。あっ、イメージ湧かす為に、着る予定の服もキッチンに持ってといて」
ミワは生真面目にコクコク頷くと、部屋から駆け出した。さーて、美容学校のお姉ちゃんの、腕の見せどころですかね?
コーヒーを飲みながら、妹が本日着る予定であろう服をじっと見る。
「なんで初デートでジーパン?」
「えっ? だって、寒いから。……てか、初デートって!!」
「何処行くの?」
「映画とデパート。……だから、初デートなんかじゃっ!!」
初デートとしちゃあ無難だけど……。
「屋内ならあったかいでしょ! スカート履きなさい、スカートを!!」
「えーーっ」
なんか真っ赤になってる。ふふふっ、面白い。
「この間買った膝くらいの長さのスカート、あれが良いよ。ストッキングある? 無ければ買い置きあるからあげる。それに、デートにモッズコートなんて野暮ったいでしょーが! ハーフコート貸してあげる」
ミワが顔を真っ赤にしたまま、「えーっ」を連呼してるが放っておく。私は自室から持ってきた、ティーン向けのファッション雑誌をテーブルに並べ、その内の1冊を手に取りパラパラとめくった。
うん、これが良い!
「はい、先に着替えてきて。そんなに大袈裟な髪型にはしないけど、髪作ってから着替えたら、崩れちゃうと嫌じゃん」
「う、うん」
ミワが着替えに行くと、コーヒーのお代わりをした。
「ミワがデートかぁ」
小さい頃はいつでも、私の後をくっついて回ってたっけ。私が何処へ行こうとも、「お姉ちゃん、何処に行くの~」だの、「お姉ちゃん、ミワも行くー」だのって……。
正直、鬱陶しいときもあったけど、お母さんに「兄弟や姉妹の下の子ってね、お兄さんやお姉さんのことが、大好きな物なのよ。母親よりも大事なんじゃないかしら? って、思うときもあるくらいよ」と言われてからは、大切な妹だと思ってきた。
だから知ってる、ミワが恋をした頃を。
それはほんの些細なきっかけだったと思う。確か消しゴムだか、教科書だかを貸して貰ったとか、そんなもんだったと思う。でもそれが、当人にとっては大切なことだったりする。
「貸して」と言われた相手がどんな態度を取るか、そういった些細なことに、その人らしさって結構出るものだと思う。貸してはくれるけど、嫌そうだったとか。「忘れ物したのか~」なんて、からかわれたりとか。
…………あー、ミワって忘れ物多い子だったわ。学校から帰ってきてからお母さんがパートから帰ってくるまでに、逐一報告されたっけ。
「名前、確かユウヤだっけ?」
ボソリと呟くと、いつの間に戻って来たのかミワが慌てた。
「な、なんで!? 何! なんな……」
「あー、はいはい。初カレおめでとー。はい、座った、座ったー」
とりあえずイスに座らせる。その後ろに立つと首までピンクになってるのが分かる。
「ちょっと、濡らすからねー」
先ずスプレーボトルを持って毛先を濡らしていく。
「ヘアカタログのその左側のページ、真ん中の段の、右側の写真の髪型にしようと思ってるんだけど、いい?」
説明しながらロットの小さめのカーラーに髪を内巻きに巻いていく。ちょっとだけ、毛束をねじって前から後へと。
写真は参考にしつつ、頭の中で仕上がりを計算しながら……。
「お姉ちゃん、何で初デートって分かったの? しかも相手がユウヤだって」
「ふふふ、何年ミワのお姉ちゃんやってると思ってんのよ、それくらい分からない訳ないでしょ?」
「そっかぁ。……お姉ちゃん、私、可愛いかなぁ……」
ありゃ? 自分に自信がなくなっちゃってんのかいな。
私はくるっとミワの顔の前に回り込み、言いきった。
「あのねー、女の子には魔法が使えるんだよ」
ミワがきょとんとした。
「『ハニー、フラッシュ!』とか『月に代わって……』とかってことじゃないよ? あのね、それは恋する魔法なの。好きな人に振り向いて貰いたい。綺麗だなとか、可愛いなって思われたいって思うでしょ? その気持ちが心の中からにじみ出てくるの。ほら、お母さんが帰ってきて、疲れてそうなときって何も言わなくても分かるじゃない? その逆バージョンだよ。ミワがユウヤ君のことを大好きって思ったら、その気持ちがミワをどんどん可愛くさせるんだよ」
白いさらっとした頬が、みるみるピンク色に染まっていく。瞳が潤んできらきらと光る。
「……ねえお姉ちゃん。私、お化粧した方がいい?」
「いらない、いらない。お化粧なんかしないと、ミワの魅力が分からない子なの?」
「たぶん、違うけど……」
「じゃあ、いらない! リップだけでドキドキの筈よ? 自信持ちなさい!!」
「はいっ!」
巻き終わった髪に軽くスプレーをし、ドライヤーで乾かす。ロットをそっと外して軽く髪をほぐし、ジェルを薄く馴染ませる。
「はい、見てみて」
鏡をミワに渡した。
「…………お姉ちゃん」
そっと、ささやくようなミワの声に、私は後片付けをしていた手を止めた。
「んーっ?」
「……ありがとう」
鏡から上げたミワの顔は、輝く様な笑顔だった。
頑張れ、頑張れ、女の子。恋する魔法があなたを後押ししてくれる。輝くときを大切にね……。
おしまい