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青山晴太と船

作者: 穂高独歩

青山晴太は船旅が嫌いだった。

生まれつき三半規管が弱いとか、酔い止めが効かない体質だとかそんなのではない。むしろ、人一倍どころか二倍三倍と丈夫な体を自分唯一の自慢にしていた。クラスのほぼ全員がインフルエンザになったが、俺はならなかったというのは酔っぱらった晴太のいつもの語り草だった。それでも晴太は船旅を嫌う。船以外の経路があるなら、料金がどうであれ間違いなくそちらに飛びついたし、やむを得ず船に乗ることになれば日中は絶対に甲板に出なかった。そのくせ、深夜に客室を一人抜け出して、甲板で星を眺めているのだから、晴太の友人は大いに奇妙に思った。奇妙に思われるだけですんでいたのは、晴太が昔から友達に恵まれていたからかもしれない。そのことも、大いに酔っぱらった晴太のいつもの語り草だった。

友人に船について尋ねられた青山晴太は船を「別れの悲しさを形にした乗り物だ」と、わかってもらえることを半ば諦めた顔でいった。この話、今まで誰にも理解してもらえたことがないんだ、とも付け加えた。船の話をする晴太に、普段の快活な様子はなく、塩をかけられたナメクジのように小さくなるのがいつものことだった。

青山晴太は、舩の別れが嫌で嫌でたまらないらしかった。飛行機は離陸すればおしまいだし、新幹線は、東京大阪を2時間30でつなぐスピードで、後ろを振り返る間もなく離れていく。それに比べて船は非常にゆっくりと出港する。走れば追いつける速度で港を離れる船、火の灯ったロウソクのように少しずつ小さくなる灯台、海に落ちるすんでのところで大きく手を振る人たち。甲板から港が見えるうちはいつまでたっても別れられない。港の人々と船の乗客をつなぐ色テープが、晴太にとっては重く錆びついた鎖ほどに重みをもった。まるで、この港での思い出を振り返れ、と誰かに言われているような気分になる。

そんな晴太の友人が、今年の夏は伊豆諸島に行こうといい始めた。パッと塩をかけられた晴太は小さく縮こまって、誘われないように気配を押し殺すだけである。


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