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図書館にて 〜カモミールの恋愛事情〜

 カモミールはうんざりしながら王宮の廊下を歩いていた。

 その腕に抱えるのは大量の書類。それに関する資料を探しに、図書館へ行くところなのだ。


 そもそも書類仕事ってめんどくさいから嫌いなのに。あ〜あ、今日はツイてない。


 アルカネットもアンゼリカもたまたま非番で、今日に限って分担してくれる人が見つからなかったので、仕方なく一人で処理することにしたのだが。

 王宮図書館は王宮敷地内にあり、その蔵書は国内国外問わず膨大な量を誇っている。そんな中からお目当ての資料を探すのも一苦労だ。


 とりあえず受け付けに行って、『これとこれとこの資料はどこにありますか』って聞こう。大まかな場所だけでも聞いとかなくちゃ、何日あっても探し当てられないわ。


 そう考えたカモミールは、図書館に着くとすぐに受け付けに向かった。




「すみません。これとこれとこれの資料が欲しいんですけど、どこにありますか?」


 抱えていた書類を一旦受け付けカウンターに置き、そこにいた係員に聞いた。

 それまで静かに分厚い本を読んでいたメガネの司書がカモミールの声に応じて顔を上げ、それから置かれた資料をちらっと一瞥すると、

「ああ、それでしたら○○番書架の○○段目にありますよ」

 と教えてくれた。

 メガネをかけたおとなしそうな男性司書。整った顔立ちなので、神経質なインテリに見える。

「かなり重たいので、お手伝いしましょうか?」

 読んでいた本にしおりを挟み立ち上がった司書は、カモミールと同じか少し低いくらいの身長。男性にしたら小柄な方だ。線が細く、どう考えても重たい本を何冊も持てるようには見えない。


 これ、絶対私の方が力あるわ。


 素早く司書を値踏みしたカモミールはそう思った。

「あ、大丈夫です。ありがとうございました」

 お礼を言って、カモミールは目当ての書架へと向かった。


 その場に行って初めてわかったが、目的の本はかなり上の場所にあった。

「読まれる頻度低そうだもんねぇ。脚立じゃないと届かないわ」

 近くにあったはしごを取ってくると、おもむろに書架に引っ掛け登っていく。


 そこまではよかった。


 ただ、必要な本が予想外に大きくて重かったのと、何冊もあったことが誤算だった。大きさと重さと、一度に持って降りるのは、さすがのカモミールにも不可能だった。

「何往復もするとか、超面倒!!」

 小さな声で毒吐きながらも、一冊づつ下ろすことにした。何しろ貴重な本。落っことして破損なんてしたら大事だ。

 一冊を抱え、ギシギシとはしごをしならせ降りようとしていたら、

「ああ、僕が下で受け取りますよ。渡してください」

 そう言ってしなやかな手が伸びてきた。

「え?」

 足を止め下を見ると、さっきの司書の男の人がこちらに手を伸ばしていた。

「重いでしょ、ほら」

「あ、ありがとうございます」

 催促されるままに本を手渡すと、カモミールは次の本を取りに登った。

 大丈夫かな、本の重さに腕が折れてないかなと心配になったカモミールがはしごの上からチラリと司書の様子を見たが、案外平気そうに立っている。

 

 見かけによらず力はあるの……かしら?


 ホッとして、また作業に戻った。


 何往復かで必要な本は全部揃った。


「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫、ですよ。いつもこれくらい持ってますからね、っと」

「私の方が鍛えてると思うんですけど……」

「いえいえ、女性にこんな重たい物を持たせられません、よ」


 大きくて重たい本を何冊も、司書は閲覧スペースまで運んでくれた。

 よろよろしている姿が面白いが、カモミールに持たせまいと頑張る男のプライド(?)に好感が持て、カモミールはありがたく享受することにした。

 ……たまによろけた司書をさりげなく支えながら。




 それから何度か図書館に足を運んでいるうちに、司書とはすっかり顔なじみになった。


 本を読んでいるときは小難しい顔をしているのだが、いったん話をしだすと穏やかな、耳に心地よい柔らかな声音で話す司書に、


 この人、落ち着くなぁ。騎士団(しょくば)にはいないタイプだからかしら。

 

 いつの間にか馴染んでいるカモミールだった。



 

 司書が、いつ行っても本を読んでる『本の虫』状態なのは知っていた。

「下手すると寝食忘れちゃう」

 と、自分で言って照れていた。『今日はまだ一食もご飯食べてないなぁ』とか言うので、カモミールが無理やり食堂に引っ張って行ったこともしばしば。

 自分のことにも無頓着で、服がほつれていたり寝癖がついていたりするのもしょっちゅう。その度にカモミールは繕ってやったりしてやった。寝癖は『イケメン台無し〜!』と指差して笑っただけだが。


 けど。


「一週間も読書に没頭してたって、ありえないでしょ!!」

「わ〜、ごめんて! ごめんなさいって! だから降ろしてもらえるかな?」

「いいえ、ダメです! 今あなたはヒョロヒョロのヘナヘナでしょうが!」

「うわ〜!」


 カモミールは今、王宮の廊下をほぼ駆け足で医務室に向かっていた。


 ——腕には司書(何度も言うけど男)を『お姫様抱っこ』して……。


 なぜそんなことになっているのか。

 

 特務師団の仕事でひと月ほど王都を留守にしていたカモミールが帰ってきて早々に見つけたのが、受け付けカウンターの後ろの床に倒れている司書の姿だったのだ。

 久しぶりに司書の顔を見に図書館に行ったらそうなっていた。

「司書さん、死んでる!? ……きゃっ!?」

 慌てて駆け寄り脈を確認しようとする手を掴まれ驚いていると、

「……勝手に殺さないで……。生きてますから……。久しぶりですね」

 司書が弱々しい声で、弱々しく微笑んだ。


 何事だと王宮の使用人や職員が見守る中、司書を横抱きにして颯爽と廊下を駆け抜けていくカモミール。司書は恥ずかしさのあまり手で顔を覆っていたが。


 医務室に駆け込み、常駐の医師に診てもらったら、

「単なる寝不足と栄養失調ですね」

 と笑われた。

 いきなり固形物を摂取するのは胃がびっくりするからと、滋養たっぷりの薬湯を飲ませてもらって何とか落ち着いた。


 医務室のベッドで横になる司書のそばで、カモミールは頬杖をついて彼の様子を見守っていた。

「はぁ〜。びっくりした。司書さん、死んじゃったのかと思った」

「ははははは、ごめんごめん。この間、外国の珍しい本が届いたんだ。ずっと読みたいと思っていた本だったからついうれしくって読みふけってしまったよ。まさか七日も経ってたなんてね」

「どんな本なんですか。司書さんがそんなに夢中になる本て」

「え〜と…………」

 司書が説明してくれたが、とりあえずカモミールが興味のない、全く知らない分野の本のようで、盛大に耳を滑っていった。

 覚えているのは全五十巻にもなる、分厚い本だという事だけ。

「ふうん」

「君が来てくれなかったから、時間の感覚忘れちゃってたみたいだ」

「あ……、その、ちょっと出張で」

 仕事の事は他言無用な特務師団。カモミールも歯切れが悪くなる。

「うん、言えないのはわかってるよ。だってその制服だもん」

 そう言ってカモミールの紺色の騎士服を指す司書。

「はい……まあ、そういう事です」

「君が来てくれなくて寂しかったのも、本に没頭しちゃった理由の一つかな」

 カモミールの手を取り、柔らかく微笑む司書。

「ええ〜。私のせいですか?」

「うん、そう」

「私のせいって言われても……」

 微笑みながらもじっとカモミールの瞳を見つめてくる司書にドキドキしながら、でもその視線から目をそらす事ができずに見つめ返していると、


 ちゅ。


 唇に柔らかいものが触れた。


「僕は本があるとついつい夢中になってしまうので、止めてくれる人が欲しいなぁと思うのです」

「はあ…………って、ええっ?! 今、今っ!!」

「し〜っ。医師様に怒られますよ」

「あ、ごめんなさい……って、そうじゃなくて」

「僕は本以外に興味ってあんまりないんだけど、君は特別みたい。一緒にいたいなぁって、本以外で初めて思ったんですよ」

「いや、本と一緒にされるのはちょっとどうかと思います。……いったい何が言いたいんですか?」


「う〜ん、僕なりに一生懸命口説いてるんですが」

「はあ?!」









「ロマンスです〜〜〜!!」


 カモミールの話を聞いて、指を組み目を輝かせるヴィオラ。

「いや、そんな、たいしたことないですけど」

 自分と夫の馴れ初めを披露して疲労しているカモミールを、

「やあねぇ、私たちのいないところで恋を育んで」

「図書館なんて滅多に足を運ばないもんねぇ」

 ニヤニヤしながら冷やかすアンゼリカとアルカネット。

「素敵です、カモミール様! そんなロマンスだったら、私もしてみたいかもです! ……って、あ、そもそも私枯れ子だったわ」

 そんなヴィオラの発言に、


「だ〜れ〜と、ロマンスするつもりですか?」


 いつの間にかいたサーシスが鋭くつっこんだ。


「ははっ、ははははっ! 旦那様とに決まってるじゃないですか〜やだ〜」

「当たり前です。僕以外との恋愛は禁止ですからね」

「そうでしたそうでした」

 

 目の前でイチャつく上司夫妻に、


 あんたらの方がよっぽど波乱万丈のロマンスだよ。


 カモミールは心の中でつっこんだのだった。

ありがとうございました(*^ー^*)

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