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ハル #1

先輩の組んだ学生チーム「大ゆっこ帝国」をもとに作者の妄想で爆発した架空歴史小説です。幾つかの同カテゴリの作家に影響を受けてます。

一匹の牡鹿が、木々の間を駆けていた。小川を渡り、倒木を飛び越えたその鹿は、しかし向こう岸へ辿り着くことを許されなかった。なぜなら、超音速で飛来した鉛の塊が彼の前脚の付け根を貫いたから。


「また当たった……」

双眼鏡を持った青年は上の空で呟いた。すぐ横でライフルを構えていた女性が、安全装置を掛けつつ応える。

「当たるよ、狙ったんだから」

「そうは言っても、ハルさん今日一発も外してませんよ?しかも全部3カレート(約120m)以上離れてるじゃないですか。ちょっとそこらのハンターの腕じゃないですよ」

「しょうがないよ、だってただのハンターじゃないもん」

そう言い、銃を背負って獲物の様子を見に行く後ろ姿に、狩人の1人、リュート・ロングマンはその大胆さに半ば飽きれていた。あの弾薬と銃に見合わぬ長距離狙撃を決めた友人ことハル・シューグリオンにとっては士官学校での後輩となる。

ともに大ユッコ帝国の軍人である二人は、ライフル射撃での狩猟を趣味とする同好の朋でもあった。しかも、ハルは狙撃を専攻していただけあり、狩猟に関しても百発百中と言ってもいい凄腕なのである。

「ハルさんが真面目に狩を始めたら、この山の鹿は5日で全滅しますよ。賭けてもいいです」

獲物の始末に取り掛かっているハルに、リュートはぼやく。

「そうかな?それは大変だ。でも大丈夫だよ、撃つのは日に3発までと決めてるから」

それならいいです、と適当に流す。なんというか、多分、この若き女性狙撃手は自分の腕が群を抜いていることはあまり意識していないようだ。


"ハル少将、こちら統合司令部。応答願う"

ハルのポケットに入っている小型無線機に、通信が入った。

「リュート、ちょっと鹿頼むよ」

そう言い置いて無線機を取り出す。

「はい、こちらハル」

"休暇中済まない。しかし緊急時だ、今、どこにいる。すぐ司令部に来れるか"

しまった。ハルは焦った。

「えっと、北部郊外の山の中なんですよ……直行しても2リリエル(約3時間)はかかりますし、あと、……鹿がいるんですが」

"……また狩りか。まあいい、なんとかしてこちらまで来い。鹿はなんとか始末をしてな。間違っても基地に持ち込むなよ"

「了解でっす」

通信が切れる。ハルは大きく溜息をつくと、「つーわけで、リュート。呼び出しかかっちったから、その鹿あげるよ。じゃーね」と声を投げかけ麓の駐車場に向かって走り出した。

「えっ、ちょっ」

あとに残されたリュートはぽかんとしていたが、やがて自分が鹿をハンター組合まで届けなければいけないことに気づき絶望した。


「ーーで、何があったんですか」

ハルは、ハイウェイを疾走しながら、モーターサイクルに載せた無線機で、統合司令官のアーメルから呼び出しの詳細を聞いていた。

"簡単に言えば、公国が国境付近でなにやら怪しい動きを始めている。攻められてからでは遅い、今から領土侵犯に備えておきたい"

イトイガワ公国、かつてこの大ユッコ帝国の大公であったアヴュール・イトイガワが独立を宣言した国である。大陸のほとんどを統一した大ユッコ帝国にとってはほぼ唯一の敵国と言ってもいい。

ある意味、一般の兵であればこれほど早く動く必要はなかったのかもしれないが、帝国史上最若といわれる歳で統合司令部参謀という地位に就任した身ではそんなわけにもいかない。

「他の人たちはもういるんですか?」

"モーリィ君とイディア君は既に到着している。ガウル君が今、陛下をお迎えに向かっているところだ。悪いが、君以外が揃い次第先に始めさせてもらう"

「わかりました。できるだけ急ぎます、では」

中央部の本部基地に向かって、ハルはスロットルをさらに深く入れ、モーターサイクルを加速させた。


そのころ、王宮にて。

「なるほど。では公国が国境付近に兵を集めている、と」

大ユッコ帝国の元首、若干22歳のオワラ・ユッコ2世は、憲兵師団司令官ガウル・イーティからの報告を受けていた。

「は。情報部の諜報兵からの連絡ですので、まずは間違いないと思われます。つきましては、畏れ多くも女帝陛下には、軍議へお出まし賜りたく」

「承知しました。すぐにまいりましょう」

若き女帝は椅子の手摺に手をかけ、その体を持ち上げた。


統合司令部では、既に諜報部隊からもたらされた資料の整理が始まっている。

「モーリィ君、すぐに動かせる防衛兵はどれほどに」

アーメル・サンディ司令官の問いに、

「それほど多くありません。1週間かけても3個連隊、南部の兵を集めるのが精一杯でしょう」

そう答えるのはモーリィ・レスカ、防衛軍の司令官である。ハルと同い年で統合司令部への入幕はハルより1年遅い。

「おそらく、こちらの動きも公国に伝わるでしょう。その時あちらがどう出るでしょうか」

進攻軍司令官、イディア・ステラが尋ねる。

「そこのところがハル君の得意分野なのだが、彼女はあと1リリエル半ほどしないとこちらに到着しないそうだ」

「こんな時に何をやってるんだよ、ハルは」

モーリィが苛立たしく呟く。

「まあまあ、彼女は休暇中なのだからそう咎めることもあるまい。それよりも」

アーメルがこの会議の主題を切り出す。同じ頃、ハイウェイを走り続けるハル、そして司令部へ向かう自動車の後部座席に座るオワラも、同じことを考えていた。


ーー数十年も沈黙を守り続けた公国が、なぜ今 再び帝国への侵攻の意思をちらつかせるのか。ーー





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