魔炎殺。
マリーは鋭い視線を前方へと向けた。
眼力で空間を制圧するかのように。
すっと息を吸う。
そして、一気に吐き出すと同時……。
シュッ。
マリーの腕が前方で交差した。
手裏剣が的へ殺到する。
一度に六本。
全てが円の内側を抉った。
そのうちの一本は見事に的の中央を射抜いていた。
「完璧だ。もはや教えることは無い」
マリーの隣に立つ才蔵は感無量だった。
頬は上気し、緩む表情を隠そうともしない。
「そう……」
嬉しくないわけでも無い。
それでもマリーはそっけない。
「明日、魔術祭なのだけど」
マリースチュアートは頭を抱えた。
翌朝。
「エントリーを済ませてきたわ」
「うむ」
マリーと才蔵は学園の運動場に居た。
蛍火とリンカーンも同じ場所に立っている。
普段はフットボールのゴールくらいしか無い、殺風景な場所。
今日は魔法で飾り立てられ、様々な置物や陣が展開されていた。
学園全体が光に包まれて見える。
魔術祭は外部解放されており、学外の人間の姿も見られた。
ロンドームに住んでいれば、魔術祭を知らない者は居ない。
「俺は蛍火ちゃんと出るぞ」
リンカーンが言った。
「え?」
蛍火が、初耳だといった具合に眼を細めた。
「良いよな。蛍火ちゃん」
「仕方ないですね」
あえて断る理由も無かったのか、蛍火は承諾した。
「そうか。手加減はせんぞ」
才蔵が言った。
「はい。私が才蔵どのに負けるということは、ありえませんから」
蛍火はいつもの無表情。
「では、受付にいきましょうか」
「ああ」
蛍火とリンカーンが才蔵から離れていく。
「蛍火ちゃんは、あなたにライバル意識が有るみたいね」
マリー。
「ふむ、あいつは、俺には忍者として足りないものが有ると言っていた」
「そのことが、気に食わんのかもしれん」
「彼女、強いの? 忍者として」
「昔は、か弱いくノ一の一人だった」
「だが……ある日を境に変わった」
「変わったって?」
「ある日、あいつがくノ一としての教育を受ける日がやってきた」
「くノ一として? どういうこと?」
「女としての教育だ」
「それって……!」
才蔵が淡々と言った言葉に、マリーは衝撃を受けた。
イーグルランドとは違う、別の世界が垣間見えた気がした。
「俺はそれが嫌だった」
才蔵は顔を伏せた。
声色は淡々としているが、明らかに落ち込んだ顔をしていた。
「……うん」
そんな才蔵の態度に、マリーは安心感を覚えた。
「当時の俺には、それがとても気持ち悪いことに思えたのだ」
「蛍火は年の近しい、俺の一番の友達だった。だから……」
「そんなことは止めてくれと、俺は御爺々様に泣きついた。そして……」
「蛍火は俺の妻となったのだ」
「妻……?」
有り得ない言葉が聞こえたような気がして、マリーは聞き返した。
才蔵は依然淡々と言葉を紡いでいく。
「形式上のものだ」
「ただのくノ一を特別扱いは出来ない」
「次期当主の妻ならば、ということだ。だが……」
「それからあいつは変わった。笑わなくなった」
「結局俺は、俺の甘さをあいつに押しつけただけだ」
「あいつは、そんな俺の甘さが気に食わないのかもしれない」
「だけど」
マリーが言った。
「私は甘いニンジャの方が良いと思うけどなあ」
才蔵がただの冷徹な忍者なら、私は彼を嫌いになっただろう。
マリーはそう思っていた。
「かたじけない」
才蔵が苦笑した。
「行こう」
「うむ」
魔術祭が始まる。
「さて、始まりました。我が学園の一大イベント」
「実況は俺、ガイと……」
「解説の、まことです」
校舎に沿った実況席。
魔導拡声器に向かって話す、二人の学生。
短めに刈った、くせ毛の男子はガイ。
本校の三年生。
おかっぱ頭の女子、まことは二年生。
共に眼鏡をしている。
二人は放送部の先輩と後輩だった。
ガイは饒舌で陽気だが、勉学は達者ではない。
一方で、まことは大人しいが勉強家であり、その知識を買われて解説係になった。
「さあ、それでは言ってみましょう。一回戦第一試合」
「赤コーナー! 魔法忍者炎魔才蔵アンド~! 二年生主席、マリースチュアートペアー!」
「対するは青コーナー! 二年生の仲良しコンビ、ジニーアンドマーガレット!」
選手たちが居る試合場の八方に教師が立っている。
教師たちの力によって、直径二十メートルほどの緑色の魔法陣が展開されていた。
「いきなりマリーとか~」
試合場の中央。
魔法陣の上でジニーが心配そうに言った。
学年主席。
マリーの手強さを誰より知っているのはクラスメイトの彼女たちだった。
「まあ、三年と当たるよりは良いでしょ」
マーガレットには気負いが無い。
「そだね」
堂々としたマーガレットに、ジニーも励まされたようだ。
きりっとした表情で杖を構えた。
相対するマリーと才蔵も、既に構えを終えている。
向かい合う二組の中央に、審判のタイニーファングが立っていた。
失った給料を、取り戻さねばならなかった。
「試合開始!」
審判が大声で言った。
気が引き締まる太い声だった。
即座。
才蔵の手元が煌めいた。
手裏剣が低空を這うように飛ぶ。
ジニーの足元へ。
だが……。
ガンと鈍い音がして、手裏剣は叩き落された。
防御陣が展開されていた。
「む……」
才蔵が呻く。
「お~っと! さすが忍者! いきなり手裏剣を繰り出したぁ!」
噂に聞く手裏剣の実物を見て、ガイが超エキサイティンする。
「物理攻撃は魔法陣に無効化されるので、全くの無意味でふね。……ですね」
冷静に解説しようとしたまことだったが、噛んでしまった。
全校三十四人の熱狂的昼休みラジオファンの表情筋がにへらと緩んだ。
「……バカ」
マリーが才蔵をなじった。
「バカだった~!」
実況が叫んだ。
観客たちがくすくすと笑った。
「え? それ、効くと思って投げたの?」
ジニーが一歩後ずさった。
少し青ざめている。
「……」
才蔵は無言。
ジニーは三歩後ずさった。
「ちょ、ちょっとジニー、戦う気有るの?」
マーガレットに呼び止められ、ジニーは前進した。
半歩。
「魔法で戦いなさい」
呆れ声でマリーが言った。
「俺の魔法の威力は知っているだろう?」
「……だったら、なんとか一人足止めして」
「む……」
「一対一なら負けないから」
(足止め……)
才蔵は考える。
それは可能か。
(可能だ)
(俺にはそれが出来る。だが……)
(炎魔の秘術を、こんなお遊びで……)
そこまで考えて、ふと気がついた。
(お遊び……?)
才蔵の目に、自分と並び立つ女の横顔が映った。。
真剣に、前の敵を見据えていた。
(……)
ぐっと、才蔵の右手が握りこまれた。
軋む音がした。
「ジニー」
才蔵は、己の敵に目を向けた。
才蔵の目の色が変わった。
赤い。
その色はゆらめき続け、一つに留まる事が無い。
どんな赤でも無い赤色。
「俺の眼を見ろ」
(火遁……魔炎殺)
名を呼ばれ、ジニーは見てしまった。
才蔵の瞳を。
「ICEBOLT!」
「MAGICSHIELD!」
マリーが放った氷の矢が、マーガレットに向かった。
対してマーガレットは魔法障壁を形成。
矢は正面から盾に衝突する。
氷の矢は盾によりかき消えたが、マーガレットは圧力に押され、後退りした。
「この威力、さすが……」
マーガレットの横顔を冷や汗が伝った。
押されたということは、障壁の威力が十分ではないということ。
ICEBOLTは初等魔法だ。
ほんの小手調べにすぎない。
彼女が本格的に魔法を繰り出してきた場合、マーガレットにしのぐ術は無かった。
装備は全く同じ。
魔法の威力を決めるのは、呪文の正確さと魔力回路の太さだ。
二人の魔力回路にそこまでの優劣は無い。
呪文の精度が違うのだ。
マーガレットはそう確信した。
「ジニー!」
一対一では勝てない。
そう判断したマーガレットはジニーに助力を仰いだ。
「ジニー……?」
ジニーは答えなかった。
彼女の瞳を才蔵の赤い瞳が貫いていた。
ジニーの瞳には、燃え上がる炎が映っていた。
自分の脚が焼かれている。
急に体を燃やされて、平気でいられる人間はいない。
「火……あ……」
泣きそうな顔でジニーは呻いた。
杖を脚に向ける。
「WATERSTORM!」
水の呪文を唱えた。
脚の火を消すために。
激しい水の流れはジニーの脚に少しの怪我を与えた。
「消えない……どうして消えないの……っ」
魔法で痛めた足を押さえながらジニーが言う。
「ジニー!? 何をやっているの!?」
マーガレットには状況が理解出来なかった。
ジニーの奇行。
自爆したようにしか見えない。
マーガレットには、才蔵が創り出した炎が見えていなかった。
炎は幻だった。
「THUNDERBURST!」
呪文に気がついた時には遅かった。
弾ける雷がマーガレットを襲った。
マリーの攻撃魔法だった。
「キャアアアア!」
強烈な雷に襲われ、マーガレットの体がびくびくと震えた。
相手の油断に躊躇するほど、マリーは優しくなかった。
才蔵に足止めをしてと頼んだ。
だから、才蔵はそうしたのだろう。
そう思った。
「う……」
マーガレットが倒れる。
才蔵もそれを確認した。
瞳の色が戻る。
黒へ。
「あ、消えた……」
ジニーが安堵の表情を浮かべた。
こつりと、ジニーの頭に何かが押し当てられた。
マリーの杖だった。
気がつけば相方は倒れ、自分一人。
「あ~、降参します」
ジニーは杖を落とし、両腕を上げた。
お手上げだった。




