火遁、ほむら隠れ。
「魔術祭? 良いよ~」
一人目だった。
髪をボサボサと伸ばした温厚そうな男。
背は才蔵より少し低いくらいで、体は華奢。
青い瞳が色鮮やかで、指が妙に細長く、美しかった。
「良いそうだ」
才蔵が言った。
「あ……マリースチュアートです」
マリーが頭を下げた。
「僕はジョンワシントン。よろしく」
「よろしくお願いします」
ジョンは才蔵が探してきた男だった。
魔術祭の相方が決まっておらず、優秀な三年生。
一番に名が上がったのがジョンだった。
才蔵は物怖じしない態度でジョンに話しかけ、廊下へと連れ出した。
そこでマリーが魔術祭に出るように頼んだのだ。
「ジョンどのは、昨年の魔術祭の優勝者だ」
予想外の大物が首を縦に振ったらしい。
「すごい……これなら……」
「本当に大魔導祭に出場できるかも」
「大魔導祭?」
ジョンがまとっていた穏やかな空気が揺らいだ。
目を細め、窺うようにマリーを見る。
「君たち、大魔導祭に出たいのかい?」
「はい! 狙うは優勝です!」
マリーははっきりと意気込みを述べた。
やる気を見せなければ認められないと思ったのだ。
だが、ジョンは冷めた声で言った。
「止めたほうが良い」
先程までとは別人のようだった。
「……え?」
「次元が違う」
「僕は、一回戦の相手に手も足も出なかった。何より、昨年の優勝者……」
「アレは人間じゃない」
「人間じゃない?」
「文字通りの意味さ」
「フレイバーンは人間じゃない。ドラゴンだ。そしておそらく、女王とつながっている」
「女王陛下と?」
「優勝賞品をうやむやにするためさ」
「そんな……」
「とにかく、そういうことなら他を当たって欲しい」
「わかりました」
マリーはあっさりと引き下がった。
ジョンが教室へと戻る。
マリーが才蔵の隣に立ち、言った。
「振られちゃったわ」
「笑っている場合か? 他を探さないと」
「良いの」
「む?」
「魔術祭優勝者が無理って言うのなら、他の誰でも無理なのよ」
「だったら、私達で頑張りましょう」
「……そうだな」
「うん」
相棒探しは結局は徒労に終わった。
「よっ!」
学校の裏庭。
いくつもの木が林立し、小さな林となっている。
マリーの投げた手裏剣が、木にかけた的に突き刺さった。
「あ、当たった」
中央では無いが、三重円の内側に突き立っている。
「うむ。スチュアートどのは、忍者の才能が有るやもしれんな」
才蔵が魔導書を読みながら言った。
「魔法使いの才能をください」
マリーは口をへの字にしてみせる。
「あっ。そうだ。忍者といえば、ああいうのはいつ教えてくれるの?」
「ああいうの?」
「口から火を吹いたり、ドロンとガマガエルを出したり」
「火は簡単だぞ」
「じゃあ教えて」
「わかった。少し待て」
才蔵は姿を消す。
マリーはわくわくしながら才蔵が現れるのを待った。
しばらくして、才蔵が現れた。
手に瓶と松明を持って。
「瓶?」
「油だ。見ていろ。火遁、ほむら隠れ」
才蔵は油を松明にかけ、火打石で火をつけた。
続けて瓶に口をつけると、ぐびっぐびっと口に含んだ。
松明を顔の前にかざして……。
ブォッと、一気に油を吹き出した。
油は火によって一瞬で燃え上がる。
まるで、才蔵の口から炎が吐き出されたようだった。
「どうだ」
才蔵の口の端から油が垂れていた。
「何やっとんの。ただの大道芸やん」
マリーは白け顔でつっこんだ。
「水穂言葉?」
マリーが話したのは、水穂のある地方の言葉のようだった。
「……これが忍術?」
才蔵の疑問には答えず、マリーは聞き返した。
「忍術のほとんどは、忍具を使った技術だ。魔法とは違う」
「え~? ガマガエルは?」
マリーが不平不満を漏らす。
「忍者は嫌いなのに、忍術は好きなのか?」
「手裏剣の練習までさせられて、今さら嫌いも何も無いわよ」
マリーは少し困った様子だったが、それでもはっきりと言った。
「ふむ」
「それに、お母様が、忍術には大きな蛙を出したりする凄い忍術が有るって言ってたのに……」
「なんか、しょぼい」
「お母様?」
才蔵はマリーの家族について全く知らなかった。
ただなんとなく、髪の美しい人なのだろうと思った。
「私のお母様は、水穂人なの」
「そうか……」
才蔵は合点がいった。
彼女と会った時に感じた懐かしさはそういうことなのか。
しかし……。
「だったら、どうして忍者を嫌う?」
「それは……」
マリーが涙ぐんだ。
失言か。
「悪かった」
すぐに才蔵は詫びた。
「あなたでも、そんな顔するんだ」
マリーに言われても、才蔵には自分の顔はわからない。
「良いの」
「む?」
「ずっと黙ってるのも、悪いなって思ってたし。聞いて」
「わかった」
「私のお母様は、忍者に殺されたの」
「ある日、中庭でお母様が死んでいるのが見つかった」
「そして、隣には忍者の死体が有った」
「外傷は無かったけど、忍者と刺し違えたんだろうって」
「そうか」
「俺は、父上を魔法使いに殺された。そう聞かされている」
「そう……私達、お互い様なのね」
「……」
気まずい沈黙が二人を覆った。
やがて、マリーの方から口を開いた。
「特訓の続きをしましょうか」
「そうだな」
「てやっ」
マリーの投げた手裏剣が舞う。
的に吸い込まれた。
さくりと、心地の良い音がした。
これが実戦なら、間違いなく相手の急所をえぐるだろう。
「また当たった。私、才能有るんじゃない?」
「かもしれん」
「でしょう?」
才蔵は何故か晴れやかな気分になった。
「ねぇ」
「む?」
「忍術はほとんどが忍具を使った技術だってことは、例外も有るってこと?」
「残りの例外は、血筋によるものだ」
「血筋?」
「ああ」
「忍とはそれぞれが戦士の一族」
「だから忍者には、それぞれの肉体に、代々伝わる秘術が刻み込まれているのだ」
「ガマガエルの術もそうなの?」
「ああ。蝦蟇蛙の口寄せは、父上の……」
「父上の術を、どうして知っている?」
どくん。
才蔵は急に動悸が早くなるのを感じた。
「お父さんの? お母様とニンジャのお父さんは、お友達だったのかしら?」
マリーはのんびりと語る。
二人の間には明確な温度差が生じていた。
「けど、つまり、私が修業をしても、すごい技は使えないってことね」
「ああ。忍の家系でなくてはな」
「ニンジャは、どんな必殺技を使えるの?」
「それは話せない決まりだ」
「え~?」
「忍者は決して……」
「一族以外のものに秘術を教えてはいけないんだ」




