忍法筋トレ。
「で」
波打ち際。
7月の末の太陽が眩しい。
リンカーンが口を開いた。
「何やってんだ? 海にまで来て」
「……」
問われたのはマリー。
彼女の体には大量の重りが巻きつけられていた。
一応は水着を着ているのだが、これでは色気もクソもない。
「修業だ」
平然と才蔵が言った。
「修業?」
「実はだな……」
時は6月に遡る。
マリーの2つ目のお願いが告げられたその日。
「魔術祭?」
「ええ。10月にある学校のお祭りで、二人一組で魔法戦をするの」
「そこで優勝すると、女王陛下主催の大魔導祭の出場権が得られる」
「大魔導祭で優勝すると、女王陛下によって願いを叶えられ機会を得る」
「私と一緒に魔術祭に出て、優勝を目指して欲しいの」
再び、今。
「で、重り?」
リンカーンは釈然としない様子。
「戦いは体力だ。本番まであと三ヶ月足らず。一日の猶予も無い」
「体を徹底的に作りなおすのだ」
才蔵の体はたくましい。
どちらかと言えば細身では有るが、しっかりと鍛えられて引き締まっている。
素人目に見ても相当の鍛え方をしているということは想像出来た。
「腹筋が割れたらどうするのよ」
あくまでも真面目な才蔵を、マリーがジト目で睨んだ。
「適度に鍛えられた筋肉は、美しいと思うがな」
「え?」
「ブヨブヨと贅肉ばかりの体より、俺は好きだ」
「そう……」
「蛍火を見ろ」
才蔵は蛍火へと目線を動かした。
波打ち際がら陸へ五メートルほど。
彼女の手にはボールが抱えられていた。
他の班の女子達とビーチバレーなる球技をしているのだ。
魔法で作られた障壁を境に、二つのグループが向かい合っていた。
「一切の無駄が無い体のライン。だがしかし、女性的な柔らかさも失ってはいない」
「くノ一とはかくあるべしだな」
腕組みをし、才蔵はうんうんと頷いた。
「……」
「ニンジャって、貧乳が好きなの?」
マリーが自分の胸を見ながら言った。
どちらかと言えば巨乳に分類される胸だった。
「いや。(巨乳は巨乳で良い物だが)それより特訓を始めるぞ」
「鬼~」
マリーは文句を言うが、才蔵はとりあわない。
「海の家まで三十二往復だ」
「は~い」
マリーが走る。
全身に重りをつけているにも関わらず、足取りは軽やかだった。
「お~い」
走るマリーの後ろから、リンカーンが声をかけた。
「何? リンカーン」
「重りつけて走りこみって、嫌にならないのか?」
フットボールクラブでもここまでの事はやらない。
まして、マリーは女性だった。
「わかったから……」
「わかった? 何が?」
「一見無茶みたいでも、アイツ、私に出来ることしか言わないの」
「それって、私を見てくれているって事でしょう?」
マリーは笑い、それから照れて言った。
「友達が、出来てしまったみたい」
「良かったな」
「だけど……あいつはニンジャだし……」
「私は今、ちょっとした難題を抱えているみたい」
(難題ねえ……)
(もう、答え出てるんじゃね~の?)
この瞬間、マリーの表情をリンカーンだけが見ていた。
リンカーンが足を止めた。
マリーとの距離が離れていく。
「なぁ!」
リンカーンはマリーを強く呼んだ。
「何?」
マリーはランニング状態で足を……いや、駆け足の状態でそこに留まった。
「9月のアレ、俺じゃないから」
真剣な顔つきでリンカーンは言った。
「……」
マリーはしばらくの間、黙ってリンカーンの方を見た。
「うん、信じる」
笑顔。
「あっさりと、信じてくれるんだな」
「あっさりじゃない」
「え?」
「出会って一年でしょう?」
マリーはリンカーンの前でぐるぐると走り回ると、また元の道筋に戻っていった。
(一年……か)
リンカーンは立ち尽くす。
やがて、マリーは走りこみを終えた。
「三十二往復、走り終わったわ」
才蔵に告げた。
重労働のはずが、まだ余裕が有るように見える。
「良し、それじゃあ……」
「うん」
「今日からは、手裏剣術の訓練を始める」
「嫌」
マリーは即答した。
海の家。
机の上に、書物がどさどさと積み重ねられた。
「む?」
才蔵は疑問の声を上げた。
「三年までの学習魔法一式、10月までに覚えなさい」
本を積み上げたマリーが言った。
才蔵達は一年生だった。
9月からは二年生になる。
「冷静に考えると、頑張らなきゃいけないのは、私よりあなたの方じゃないの」
4月から編入してきた才蔵は、他の生徒に半年の遅れが有る。
おまけに、超がつくほどに才能が無い。
「一理あるな」
才蔵は素直にそう思った。
「一理じゃなくて、五理も十理も有ります」
「ゴリ」
「ゴリです」
「出来るだけの事はしよう」
才蔵は現実主義者だ。
根拠もなく出来るとは言わなかった。
「結果を出しましょう」
「む……」
善処しよう。
才蔵は心中でそう答えた。
「私は、学校で習うレベルの魔法なら、全部使いこなせるわよ」
「凄いな」
素直な称賛に、マリーは少し照れる。
「それくらいじゃないと、大魔導祭になんて、とても出場出来ないもの」
「だったら……俺ではとても通用しないな」
「今からでも遅くはない。相方を変えたらどうだ?」
尻込みしたのでは無く、淡々と推測して才蔵は言った。
「それはダメよ」
「だって私……」
「友達居ないもの」
何故か誇らしげな表情だった。
「実力を見せれば良いと思うがな。三年生を誘った方が勝ちの目が出やすい」
「どうせ、相手にされないわよ」
マリーは困った顔をした。
「ものは試しだ」
「そう?」
「そうだとも」
「そうかしら?」
「ああ。そうだ」
「本当に?」
「そうに違いない」
そういうことになった。




