火遁、初等攻撃魔法FIREBOLT。
「大丈夫か? 炎魔君」
才蔵に、タイニーファングが心配そうに声をかけた。
約束の一週間が経過していた。
実習室。
A組の生徒たちによってざわめいている。
「ば、ばっちりです」
答えた才蔵は満身創痍。
全身に傷を負い、包帯がぐるぐると巻かれている。
まるでミイラのようだった。
この一週間、才蔵は授業に顔を出さなかった。
ひたすらに魔法の練習だけしていたらしい。
「そ、そうか。それじゃあやってみなさい。FIREBOLTの魔法」
「はい!」
才蔵が元気よく答えた。
「いてて……」
直後、肋骨を押さえて座り込む。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫です」
才蔵は杖を構える。
(ニンジャ……)
(あいつ、大丈夫かしら)
遠目で見守るマリーははらはらと落ち着かない様子だった。
「いざ」
ぐっと、杖を握る手に力がはいる。
「FIREBOLT!」
(やった……!)
マリーは心の中でガッツポーズをする。
完璧とまではいかないが、見事なイーグリッシュの発音だった。
ボン!
「え……?」
マリーは驚いて杖を落とした。
変わらない爆発。
一週間前と同じく、才蔵は爆風に倒れた。
「こんなはずは……」
呆然と座り込む才蔵。
「炎魔君」
見下ろすタイニーファングの声がかかった。
「学園長のお達しだ。残念だけど……」
「待ってください!」
遠巻きに見ていたマリーが二人に近づいていく。
「スチュアートさん?」
タイニーファングがマリーを見た。
「おかしいです。彼の発音は、それほど間違ってはいなかった」
「だけど、爆発した」
「発音が正しくて爆発したのなら、そっちの方が問題じゃないのかい?」
「それは……」
確かに。
マリーは言い返せなかった。
原因のわかる失敗は直せるが、原因のわからない失敗はどうしようもない。
退学。
それが才蔵に下された決定なのか。
「お待ちなさい」
ふと、入口の方から女性の声がした。
「学園長……」
タイニーファングは学園長の登場に驚く。
周囲の驚きをよそに、学園長は淡々と才蔵に歩み寄った。
学園長の手には、一本の杖が握られていた。
金属の柄の先端に、黄金に輝く宝石が乗せられている。
その杖を、学園長は才蔵に差し出した。
「もう一度やってみなさい。この杖を使って」
「学園長どのの、杖?」
才蔵は意図が掴めずぼーっとしている。
「赤雷の杖……!」
生徒たちがざわめいた。
「あの杖が何か?」
近くで才蔵を見ていた蛍火は、隣のリンカーンに話しかけた。
リンカーンが答える。
「魔法使いの杖には階級が有る。位が高いほど魔法の力を強めてくれる」
「赤雷の杖は、雷竜眼で創られた、位階第七位の杖」
「つまり、イーグルランドで七番目に優れた杖ということさ」
リンカーンの返答に蛍火は頷く。
「なるほど。杖が良ければヘボでも強力な魔法が使えるということですか」
「案外キツいこと言うのな。まあ、そうだけどさ」
「けど……大丈夫かな?」
「何がですか?」
「魔法が強化されるっていうことは……」
「爆発の威力も」
蛍火は跳んだ。
「蛍火ちゃん!」
背中からリンカーンの声がした。
気にせず、前を見た。
才蔵が居た。
(子音……F……B……L……T)
才蔵は脳内で子音の発音のイメージをする。
そして、放たれた。
「FIREBOLT」
蛍火の目が見開かれた。
蛍火の手が才蔵に届く瞬間、詠唱は終わっていた。
ボッ……。
小さな、気の抜けた音がした。
同時に、才蔵は蛍火に押し倒される。
二人して倒れる。
倒れ行く才蔵の目に、へろへろと飛ぶ炎が見えた。
脆い。
だが、確かにFIREBOLTの魔法だった。
「ハハハッ」「何だそりゃ」
「赤雷の杖を使ってその程度かよ」「プッ」「ハハハッ」
男子の一部が才蔵の魔法を見て笑った。
その笑いが、マリーには気に食わなかった。
(頑張ったじゃない)
何も、笑わなくて良いのに。
そう思った。
才蔵には、笑い声は気にならなかった。
一歩進んだのだ。
そう思っていた。
タイニーファングは事情がわからずに学園長に尋ねた。
「学園長、これはいったい……」
学園長は才蔵の杖を右手で持ち、答えた。
「良く見なさい」
「この杖、壊れていますよ」
「あっ!」
言われてタイニーファングも気がついた。
位階の高い杖はちょっとやそっとで壊れる事は無い。
だが、才蔵の杖は学生用の安物だ。
度重なる訓練によって損傷したらしかった。
「監督不行届。減給」
「えっ……」
タイニーファングの月収が一割減少した。
学園長は壊れた杖を見ながら思案する。
(一週間で杖を使い潰すか。どれだけの訓練をしたのやら)
(魔法の才能が無いあなたが、死ぬほどの訓練の末にどうなるのか)
(楽しみにさせてもらいますよ。炎魔才蔵君)
壊れた杖を片手に、学園長は出口へ向かう。
「学園長どの、杖!」
蛍火にしがみつかれながら、才蔵は学園長を呼び止めた。
体の右側はふさがっている。
空いた左手で、国宝級の杖をぶんぶんと振り回す。
学園長は上体だけ振り返り答えた。
「その杖は差し上げます。あなたには……」
「訓練用の杖では不足のようですから」
優雅に向き直り、学園長は姿を消した。
「凄いじゃねえか。学園長から杖をもらうなんて」
リンカーンが才蔵に話しかけた。
「ふむ。半人前だから、一流の杖を使って、ようやく一人前ということか」
「一人前っていうか、ヘロヘロだったけどな」
「む……。ところで」
「蛍火は何をやっているんだ?」
蛍火は依然として才蔵にしがみついていた。
「ヘロヘロで、無様でしたね」
蛍火は無感情に言った。
「ふむ」
確かにそうだ。
才蔵の中に惨めな気持ちは無かった。
「これから登って行くんだ」
(あいつ、ここに残れるんだ)
才蔵が蛍火やリンカーンと話すのを、マリーは遠くから見ていた。
ちらりと、才蔵がマリーを見た。
マリーはびくりと身構える。
だが、何もなかった。
才蔵の視線が再び蛍火へと戻る。
「蛍火、そろそろ離れろ」
「そうですね」
マリーの存在は再び蚊帳の外となる。
(……)
(お礼とか、言われると思った)
何も無かった。




